第13話 体裁
スコルの言い分
スコルは魔術師としての沽券とやらを大事にしているんだろうか。熱心に話している。
「ここで逃げ出しちまったら俺達だけの問題じゃない。魔術師全体が臆病者だと思われかねない。それは一魔術師としてまずいだろ?俺達が逃げたせいで魔術が嘘っぱちのこけおどしだと思われるんだぞ?魔術を扱う者として、他の奴らにそんな風に思われてもいいって言うのか?」
「それは……よくないですね」
彼の言う事ももっともな気がする。僕も見習いとは言え魔術師の端くれだ。一生懸命修行している魔術が軽んじられるのは面白くない。僕達のせいで魔術師全体が悪く見られるっていうのもよろしくない。そんな事になったら他の魔術師からも冷たい視線を浴びる事になるじゃないだろうか。
「だったら、俺達にできる事をやるしかないだろう?」
スコルは真剣な顔で僕に言った。本当に戦に加勢するしかないんだろうか。できれば逃げてしまいたいけど、彼は逃げる気がないらしい。師匠がやると言っているのに弟子だけ逃げるわけにもいかない。それにオークの次元に来てしまっているから、人間の次元に戻りたくても自力では戻れない。こんな事になるんなら、スコルをオークの次元に行かせようとするんじゃなかったな。僕は石でできた床を見つめながら、公開の念にかられていた。
「なかなかうまい事言うわね。本当は金貨が惜しいだけなんじゃないの?」
エリスがスコルに話しかけた。もしかして沽券の話はうわべだけで、本当は金貨に目がくらんだとかいう話なのかな。
「……そんなわけないだろう。あくまで魔術師としての体裁を保つためだ」
一瞬返事が遅れたのが怪しい気がするけど、スコルはそう答えた。ここで『本当は金貨が目当てなんだ』なんて言うわけないか。それに本当に金貨だけが目当てなら、もうもらっているんだから金貨を持って逃げると言い出すはずだ。本当にスコルは魔術師として逃げるわけにはいかないと考えているんだろう。
「はぁ……」
僕は先行きが不安になってため息をついた。戦に加勢して何とか生き残るしか道はなさそうだ。
「別に戦って死ねってわけじゃないんだ。そう落ち込むなよ」
スコルは僕を励ますように言った。でも、そんなくらいでは僕の気分は明るくならない。
「オークの戦がどんなものか知りませんけど、子供の喧嘩とはわけが違うんでしょう?」
「そりゃな、拳一つでぽかぽか殴り合ったりするわけじゃない。中にはそういうのもないわけじゃないが、武器や防具を使うのが当たり前だな」
やっぱりそうなるよね。人間の間で起こる戦争とそう変わらないんだろうな。
「でも、憎み合って殺し合いになるってわけでもないんだよな」
スコルが言った。
「どういう事ですか?」
「まぁ、オークのストレスを発散させる為の、一種のお祭りとでも思ってくれ」
「お祭りですか?」
僕は意味がわからずにスコルに尋ねる。
「そうだ。お前さんだって豊作を祈ったり、一年の終りと始まりを祝ったり、祝い事くらいはするだろう?」
「村ではそういう事をしていましたね」
村では季節の移り変わる時期に、その時期の豊作を祈願して催し物が行われたりしていた。僕はあまり興味がなかったから積極的に参加した事はなかったけど、存在自体は知っている。
「そういった事と似たようなもんだ。オークの間じゃ、戦ははめをはずして騒げるお祭りみたいなもんなんだ。危険な事には変わりはないけどな」
要するに殺し合いをするわけじゃないけど、武器を使って戦い合うわけだ。オークにとってはお祭り気分なのかもしれないけど、巻き込まれた僕にしてみれば自分の身の安全を守らないと命すら危ないだろう。
「お祭りだなんて楽しそうじゃない。わくわくしちゃう」
エリスは楽しそうだ。僕も彼女みたいに楽しめばいいと思われそうだけど、とてもそんな気分にはなれそうにない。だって、あのオークが襲いかかってくると考えただけで、心臓が締め付けられるようになるんだから。
「なんにせよ、戦に加勢するんだから体調は整えておけよ。寝不足でフラフラしてたらガツンとやられちまうかもしれないからな」
「わかりました。今日はもう休みますよ」
スコルの助言に従って僕はもう休む事にした。
「じゃあね」
エリスがそう言って部屋から出て行く。二階にはいくつか部屋があったので、僕達は別々の部屋で休む事ができる。
「ゆっくり休めよ。……逃げるなよ」
スコルは僕にそう言葉をかけてから部屋を出て行く。逃げるだなんて、僕一人じゃオークの次元から逃げようもない事はわかっているくせに。もしかしたら、エリスに頼み込めば人間の次元に戻してくれるかもしれないな。そうは思ったけど、それはあまりに情けない気がする。スコルはお金の為なのか、魔術師としての沽券の為なのか、戦に加勢する気だ。エリスも暇つぶしなのか、話のタネにする為なのか、戦に加勢する気らしい。三人揃って逃げるならともかく、僕だけ逃げるっていうのはあまり格好良くはないだろう。それにひょっとしたら僕は見習いの魔術師って事で、後方支援で済んだりするかもしれない。都合よくそう考えて、僕はベッドに横になって眠る事にした。
翌日、僕は戸を叩く音で目が覚めた。随分ぐっすりと眠っていたらしい。まだぼんやりとしながらも、起き上がる。
「はい」
僕が返事をして部屋の戸を開けると、スコルの母親のアリエルが立っていた。
「スコルの弟子のイオよね?朝食ができてるからついておいで」
彼女はそう言うと手招きをして一階に降りていく。他人に起こされるなんて久しぶりの感覚だ。奇妙な気分を味わいながらも、僕はおとなしくついていく事にした。
一階に降りてから昨日僕達が話しあった部屋とは別の部屋に入ると、そこはなにやらいい匂いが漂っていた。見るとスコルとエリスがテーブルの周りに置かれた椅子に座って食べ物を食べている。
「ごめんなさいね、吸血鬼向けのものはないんだけど」
アリエルがエリスに向かって言った。用意されていたのはパンに温かそうなスープ。
「いえいえ、これで十分ですよ」
パンをかじっていたエリスは言った。次元移動のできるエリスには、別の次元で吸血鬼向けの食べ物がある方が珍しいとわかっているんだろう。
僕も椅子に座る。朝食に変なものが出てこなくて僕は一安心。オークが何を好むのかはわからないけど、以前も思った通り人間とそんなに変わらないものを食べているみたいだ。スープを一口飲むと、懐かしい味がするような気がした。これがお袋の味っていうものだろうか。そんな事を考えていた僕にスコルが話しかけてくる。
「ぼうず、十分休んだか?今日はなかなかハードな一日なると思うから覚悟しておけよ」
スコルはなんだか意地が悪そうに微笑んでいる。
「そんな脅かすような事言わないの」
エリスがスプーンでスープをすくいながら言った。
「僕は自分のできる事を精一杯やりますよ。まずは自分の身が一番ですけど」
「そりゃそうだ。自分の身も守れない奴が戦なんてできないからな。俺くらいになると他の奴の身を案じる余裕もでてくるんだけどな」
僕の言葉を聞いてスコルは偉そうに言った。まったくたいした師匠だよ。
「よく言うわね。そんなに余裕なら何かあっても助けないわよ?」
エリスはからかうように言った。
「みんなやる気いっぱいみたいね。食べ終わったら昨日の部屋へ来て」
そう言ってアリエルは部屋を出て行く。
僕達は朝食をたっぷりと食べてから部屋を移動した。
もうすぐ戦が始まる




