第8話 幽体離脱の術
魔術の修行
ダイアナと話した後、僕は念の為に村にちょくちょく顔を出すようにスコルに言われた。彼が言うには、僕達との約束を守って彼女が村を出て行くまで、僕達が見張っているんだぞ、という警告の為だそうだ。別れた時の彼女の様子からいって、このまま村に居座る事はないと思うんだけど、師匠の言い付けだから仕方ない。
僕は日に何度か村に行って、狼人間を見たという噂でも立っていないか、村人の話しに耳を傾けてみた。幸い、そんな噂が聞こえる事も無く、ほどなくして宿屋からはダイアナの姿が消えた。約束を守って、村から出て行ったみたいだ。彼女とはもう少し話してみたかった気がするけど、どこに行ったかはわからないから諦めるか。
「ダイアナは約束を守ったみたいですよ。宿屋の女将さんに聞いてみましたけど、今朝早く出て行ったそうです」
僕は小屋に戻って来て、スコルに報告した。
「結構簡単な仕事だったろ?後で依頼してきた奴のところに行って残りの金をもらってきてくれ」
スコルは言った。追い払う事に成功したから、残りの銀貨五枚をもらうんだな。そこに異議はない。だけど、ダイアナを追い払ってしまったという罪悪感は当分消えそうにない。狼人間には違いなかったけど、別に村人を襲ったわけじゃないから、無実の人に罪を着せた気分だ。
「わかりました」
僕は返事をした。
「なんだかあまり元気がないみたいだが、今日は新しい術を教えてやる」
スコルは僕が落ち込んでいるのを感じたんだろう。元気付けるように言った。新しい術か。僕は少し気持ちを切り替えて尋ねる。
「なんの術ですか?」
「幽体離脱の術だ」
また聞いた事のない術だ。僕は聞いてみる。
「ゆうたいりだつって何です?」
「お前さん、自分の意識だけが体を離れていくのを体験した事はないか?」
スコルに尋ねられたけど、そんな体験はした事ないな。
「うーん、ないと思いますけど……」
一体どういう状態なのかわからなかったから、曖昧な返事になった。スコルは僕にそんな経験がある事は期待していなかったのか、説明してくれる。
「そうか。たいていの奴は、自分の体から意識が抜け出して、眠っている自分を外から見たりする事があったりする。そういうのを幽体離脱って言うんだ。何かの拍子に幽体離脱する事はあるが、偶発的なものが多いんだ。そいつを自分の魔力で操るのが幽体離脱の術だ」
そんな事もあるものなのか。自分で自分を見るなんて珍しい経験だな。それにしても魔術を使わずに幽体離脱をするのってどんな時なんだろうか。
「何かの拍子ってどんな事ですか?」
僕はスコルに尋ねてみた。
「そうだな。例えば大怪我をして死にかけた時とか……」
スコルが口を開く。ちょっと待って、死にかけないと幽体離脱できないって事はないよね。僕は驚いて口を挟む。
「えっ!?僕に死にかけろって言うんじゃないですよね?」
僕の言葉を聞いてスコルは呆れたような顔になる。
「例えばって言ったろうが。そういう時に起こる事が多いってだけだ。術を使えば、わざわざ死にかけなくても幽体離脱できるようになるんだよ」
「そうですか、よかった」
僕はスコルの言葉を聞いて、ほっと一安心。スコルもさすがに弟子に大怪我をしろなんて言うわけないか。でも、スコルは、
「まぁ、幽体離脱の術も下手をすると死ぬ事になるかもしれんがな」
とついでのように付け足した。
「そんなの嫌ですよ!」
僕は思わず大声を出す。そんな危険な術なんて覚えたくない。
「落ち着けよ。下手をするって言っても、よっぽどの事なんだから大丈夫だ」
僕を落ち着かせようとしたのかスコルは言った。よっぽどってどんな事だろう。
「どうしたら死ぬかもしれないんですか?」
僕は気になって仕方がないので聞いてみた。
「抜け出した意識が自分の体に戻って来れなくなったら、死んじまうな」
スコルは言ったけど、別によっぽどって程の事じゃない気がする。
「結構簡単に死んじゃうんじゃないですか……」
僕は呟く。
「そう言うな。ちゃんと戻ってくればいいだけなんだから。最初は体から離れ過ぎない事だな。離れる時も自分の体と意識を紐で繋いでおけば、そいつを辿って戻ってこられるから安心しろ」
安心しろと言われても、本当にそんな事で大丈夫なんだろうか。
「まずは横になってみろよ」
スコルが寝床を指差して言った。
「はい」
僕は仕方なく素直に寝床で横になる
「自分の体を魔力で包み込むんだ。そして自分の意識だけが起き上がると想像してみろ」
スコルの言葉に従って僕は導いてきた魔力で自分を包む。そして意識だけが起き上がる、というのを試してみたけど、僕はその場で体を起こすだけ。何度か目をつぶって意識を集中させても、僕の意識は体を離れる事はない。
「うーん、うまくいきませんよ」
何度目になるのか、体を起こして椅子に座って僕を見ているスコルに話しかけた。これじゃあ腹筋が鍛えられるだけで、幽体離脱なんてできそうもない。
「まったく出来の悪い弟子だな、お前さんは。よし、多少荒っぽいが仕方ない。今日はもう動きたくないと思うくらいに体を動かしてこい」
「どうしてです?」
出来の悪い弟子というのは否定できないけど、体を動かしてこいっていうのはどういう事だろう。
「さんざん動いた後に横になると、いい具合に体がくつろぐからな。さっさと行ってこい」
スコルは有無を言わせぬ口調で僕に言った。
「わかりましたよ」
小屋の中でずっと体を寝かせたり起こしたりをするよりは、ましかもしれない。僕はスコルの言う事を聞く事にした。小屋を出てから、小屋の周りを走り回る。最初の内は元気一杯だったけど、時間が経つにつれて息は切れるし、足は重くなるし、体は汗でべとべと。こんなに疲れなきゃ使えないんなら、幽体離脱は諦めた方がいいんじゃないかとさえ思えてきた。とにかく、もう走れないと思ったところで重い体を引きずって小屋に戻る。
「どうだ?十分疲れたか?」
小屋に入ると、のんびりと椅子に座って待っていたスコルが声をかけてくる。
「ハァハァ、もう動けませんよ……」
僕は荒い息をつきながら答える。こんな事をさせた張本人を恨めしく思うのも仕方ないよね。
「よーし、ゆっくり横になってくつろげ」
スコルがまた寝床を指差す。
「はい……」
僕は返事をして寝床で横になる。まだ呼吸が乱れているけど、ゆっくりと横になる事ができて嬉しい限りだ。小屋の中には僕の荒い息だけが聞こえる。しばらくすると、その息も整ってきて静かになった。
「疲れてるからって眠っちまうなよ。魔力で体を包んで……」
僕の呼吸が整ったのを見計らってスコルが口を開く。
「意識だけ起き上がるんですよね」
さっきも聞いた事だ。僕はスコルの言葉を先に言ってしまう。
「そうだ」
スコルはそう言って黙ってしまった。僕はぐったりと横になって魔力で自分の体を包み込む。呼吸は正常だけど、体はまだ疲れていて起こすのも面倒だ。僕は体を動かすことなく、意識だけを起き上がらせた。
「……」
すると、どうやらうまくいったらしい。僕は起き上がったけど、自分の体は寝床に横たえたまま。自分を外から見るなんて実に変な気分だ。僕は意識だけで立ち上がり、眠ったような自分の体を見下ろした。
「……うまくいったみたいだな。俺に触れたり話しかけたりはできないが、聞こえてるだろう?」
僕の様子で術がうまくいった事がわかったのか、スコルがそう言った。僕は声を出して彼の腕に触れようとしたけど、声は出なかった。腕にも触れない。通り抜けてしまう。僕は小屋から出ようと戸を開けようとしたけど、これも腕が通り抜けてしまった。そのまま外に出ようとしたけど、
「調子に乗って遠くに行くなよ」
とスコルの声が聞こえる。見えてはいないみたいだけど、僕の行動はお見通しみたいだ。体に戻れなくなると死んでしまうかもしれないって言ってたっけ。僕は外に出るのは諦めて、横たわっている自分の体に重なるように意識を横たえた。
「スコル、これはすごいですね」
今度は僕はちゃんと自分の体ごと起き上がって声を出す。
「だろ?わざわざ疲れなくてもいいように、今の感覚を覚えておくんだな。それと、離れている間は自分の体は無防備になるからな。防壁の術で守ってから使うのもいいが、できれば周囲が安全な時に使った方がいいぞ」
スコルは僕の驚いた顔を見て、にんまりと笑いながら言った。確かに意識が離れている間は自分の体は動かせなかった。ちゃんと彼の助言を聞いておいた方がよさそうだ。
「わかりました」
僕は返事をした。
次回はエリスの登場




