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第4話 呪文について

呪文について質問

僕はその日の食料確保を済ませて、小屋に戻ってきた。


 スコルは食事に文句は言わなかったが、酒はないのかと尋ねてきた。あいにく僕はまだ飲んだこともないし、作り方も知らない。必要なら村で調達するしかない。ただ、お金は残り少ないので、しばらく我慢してもらうことになる。


 食事が終わって、満腹になったところで僕は疑問に思ったことを尋ねてみることにした。


「ねえ、スコル。呪文は教えてくれないんですか?」


「ん、呪文?お前さん呪文が知りたいのか」


 彼は椅子に座ったまま、こちらに顔を向けた。なんだか意外そうだ。


「ええ、だって魔術は呪文を唱えて使うものなんでしょう?」


 僕は自分の浅い知識でそう考えていた。だって子供の頃に、といってもまだ僕は子供だ。もっと小さかった頃に母さんから聞いた昔話では、魔術師は呪文を唱えていたもんだ。来たれ風よ。うんたらかんたら、とかなんとか。そう唱えると、その通りになるのが魔術だと思っていた。ところが彼は、


「呪文を唱えたいなら、適当な呪文を自分で考えるんだ。ただ、俺はあまりおすすめしないな。いざって時にしくじっちまうこともあるからな」


 と言った。なんだかわからない。呪文って適当でいいのだろうか。


「そんな適当でいいんですか?たとえば火を起こすときには決まった呪文が必要になるってことはないんですか?」


 僕は尋ねてみた。彼は今度は体ごと僕の方を向き、こちらを見つめて言った。


「よし、じゃあしっかり答えてやるとしようか。魔術を使う際に呪文は必ずしも必要じゃないんだ。お前さんだって呪文を唱えずに石を浮かせただろう?魔術は呪文を唱えなくても使えるんだ。火を起こしたい時に決まり文句を言う必要もない。ただ、呪文を唱えることに利点もあるんだ。それは自分を無理矢理落ち着かせることができるってことだ。ある魔術を使うときの呪文を決めていたとする。そいつを唱えることで一瞬にして心を落ち着かせることができるようになるんだ。そうすりゃ、どんな時でも呪文さえ唱えりゃ魔力を最大限発揮できるってことさ。ここまではわかったか?」


 彼はここで一旦言葉を切った。僕の理解が追いつかなくなる前で良かった。彼が言うには呪文はどんな言葉でもいいし、唱えることでメリットがあるということだ。ここまではいいことずくしなんだけど、彼はおすすめしないとも言っていた。僕は彼の言葉の先を促した。


「はい、ここまではなんとなくわかりました。でもさっきおすすめしないっておっしゃってましたよね?」


 彼は頷いて続ける。


「そう、利点もあれば欠点もあるって事だ。それは呪文を唱えるのにはどうしても時間がかかるってことだ。のんびりと呪文を唱えられるような状況なら問題ないが、一分一秒を争うような状況で悠長に呪文を唱えていたら、実力を発揮する前に叩きのめされちまうことになる。それにこいつは生物なら致し方ないことだが、呪文を間違っちまったり、忘れちまったりすることもある」


 彼はまた言葉を切った。これが彼がおすすめしない理由なんだろう。一分一秒を争う状況には置かれたくないものだ。魔術師ってそういう状況に置かれることが多いんだろうか。もしそうならあまり嬉しくない。


「わかりました。だからあなたはおすすめしないんですね」


 僕が答えると、彼は言った。


「まあ、そういうことだ。まあ、最後は結局個人の問題になるな。俺が知っている魔術師でも唱える唱えないの比率は半々ってとこだ。お前さんがどうしてもっていうなら止めはしないが、俺はおすすめしない」


「いえ、どうしてもってわけじゃないので、あなたの方針に従いますよ。呪文無しでやってみます」


 師匠がおすすめしないって言ってるんだから、それに従うのが弟子っていうものだろう。僕もどうしてもってわけじゃないし、欠点を聞いて納得したから。


 そう考えていると彼が意地悪そうににやりと笑いながら言った。


「おすすめしないと言ったが、俺だって呪文を唱えることがあるんだぜ」


「え、どういうことですか?だってあなたさっき・・・」


 彼は僕の言葉を手で遮った。


「唱えた方がいい状況ってもんがあるんだ。例えばだな、もしお前さんがどこかのお偉いさんに魔術を披露してくれと頼まれたとしたらどうする?腕を一振りして終りか?」


 彼が尋ねてくる。そんな状況が来るものやら、来たとしてどれくらい先になるものやら。言われてみれば、そんな状況で腕を一振りしてあっさり終りでは、味気ない気もする。


「えっと、そんな状況の場合は呪文を唱えた方がいいってことですよね?」


「そういうことだ。呪文に身振り手振りを交えて、魔術を使っているんだとはっきりと示してやる方がいい場合もある。そうやってみせりゃ、相手も大喜びってもんだ」


 一理あるとは思うんだけど、なんだかすっきりしない。


「それって言い方が悪いかもしれませんが、かなり打算的というか・・・」


 彼は悪びれる様子もなく続けた。


「そう思うのも仕方ないが、そういう演出が効果的な場合もあるってことだ。魔術師になりたいんなら覚えておいて損はないぜ」 


 魔術師って実力が全てと考えていたけど、そういうわけじゃないのかも。それとも、実力が伴ってこその演出なんだろうか。どっちにしろ僕にはまだまだ縁のない状況だろう。頭の片隅にでも置いておくことにしよう。


「なんにせよお前さんはまだ修行中の身だ。あまり気にしなくてもいいさ。もし呪文が必要そうな場面に俺が居合わせたら、一言アドバイスしてやるよ」


 と師匠からのありがたいお言葉。


「わかりました。もしもの時はお願いします」


 そんな状況に置かれたときに師匠が一緒なら心強いだろう。一人だけで大勢の前で魔術を披露するなんて、考えただけでも心臓がどうにかなりそうだ。

 

「とりあえず呪文については、これくらいでいいか?」


 彼が尋ねてきたので僕は答えた。


「はい」


「それよりもお前さん、床で寝るのが嫌ならさっさと自分の寝床を用意した方がいいぜ」


 と彼の一言。すっかり忘れていた。また体中が痛い思いをするのは勘弁してほしい。彼がたった一つの寝床を譲ってくれるはずもないし、僕の分を用意してくれる気もまったくないのがわかった。もう少し早く言ってくれればいいのに。


 僕は慌てて準備の為に席を立った。

次回は修行

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