第4話 依頼
村人が訪ねてきて
昨日はエリスがやって来てマーケットでの噂を聞かせてくれた。スコルのいたオークの次元で戦が始まるんじゃないかって話だったけど、当のスコルは気にしなくていいと言っていた。彼女もそこまで深刻な事態じゃないと思ったんだろう、あの後僕らの間でその話題は持ち出されなかった。
エリスは今朝早くにまた『ボワン!』とどこかに行ってしまった。口には出さないけど、彼女が去る時はいつも寂しくなる。そんな事を考えていると、『コンコン』と小屋の戸を叩く音が聞こえた。誰かが訪ねてきたらしい。とりあえずスコルに幻影の術を施しておいてから、彼に声をかける。
「スコル、ちょっと奥に行っててください」
「はいはい」
返事をするとスコルは小屋の奥に隠れる。幻影の術で人間そっくりにしてはいるけど、威圧感のある彼がいきなり応対したんじゃ、訪問者がおびえるんじゃないかと思う。『コンコン』とまた戸を叩く音が聞こえる。
「今開けます」
僕は返事をして戸を開けた。戸口には男性が一人。多分近くの村に住んでいる人だろう。髪は白髪混じりでそこそこの年齢。彼は不安そうに目が泳いでいる。僕だって魔術師の住処を訪ねるとなったら、同じように不安になるだろうな。僕は男性を安心させようと声をかけて微笑んでみせた。
「どうぞ、こちらへ」
彼は僕が指し示した椅子に座ると尋ねてきた。
「あの、こちらにお住まいの魔術師様は?」
「えっと……僕ですよ」
僕がそう答えると彼は腰を浮かして怪訝そうに言った。
「こんなお若い方が魔術師様?私をからかっているんですか?」
こりゃまずいな。僕みたいな若造が魔術師だなんて信じてもらえないらしい。僕は咄嗟に言い訳を考えて答えた。
「いや、僕も一応魔術師見習いなんですよ。お師匠様がちゃんといますよ」
「そうでしたか。では、そのお師匠様に会わせていただけませんか?」
と訪ねてきた男性が言う。これはスコルに出てきてもらうしかないな。
「えぇ、もちろん。お師匠様、お客様ですよ」
僕は小屋の奥に引っ込んだスコルのところへ行き、小声で彼に話しかけた。
「僕の代わりにあの人の話を聞いてください。僕が魔術師だって信じられないみたいなんです」
「そうか、わかった」
僕と男性のやり取りはわかっていたんだろう、スコルはすぐに男性の応対を始めた。
「よくおいでくださった。魔術師のスコルと言います。今日はどのようなご用件ですかな?」
「村の掲示板の貼り紙を拝見致しまして、魔術師様に依頼したい事があります」
出てきたスコルは体格こそ大きいけど、僕よりも魔術師らしく見えたらしい。男性はすぐに話しだした。
「我が魔術にかかれば、どのような依頼もたちまち解決してみせましょう。その依頼の内容は?」
スコルはまるで自分が魔術を使えるかのように話している。威勢の良い事を言ってるけど大丈夫かな。
「その……最近村に奇妙な怪物を見たという者がおりまして。怪物を探して追い払っていただきたいのです」
「ほう、怪物ですか。どのような?」
男性が依頼を口にする。スコルはさらに話を聞こうとしたけど、僕は驚いてしまった。いつものように彼の名前を呼びかけてしまってから、人前と言う事を思い出して言い直す。
「スコ……お師匠様、ちょっとよろしいですか?」
「どうした?弟子よ」
スコルはいたって平然としている。男性の方は何かあったのかと不安そう。
「少々お待ちください」
僕は男性に一声かけてからスコルと小屋の奥に引っ込んだ。声が聞こえないように押し殺しながらもスコルに訴える。
「怪物なんてまずいですよ!」
「いいから。黙って見てろよ、ぼうず」
そう言うと僕の訴えかけを無視してスコルは男性のところへ戻った。
「あの、何か……?」
男性は不審そうにスコルに尋ねる。
「いえいえ、何でもありません。で、怪物とは?」
とスコルは話を続けさせた。このままじゃ、この依頼を断れなくなりそうだ。
「人間にように二本脚で立って歩く大きな狼に似た怪物です。村の周りをうろついているのを見た者がいるのです。怪物の遠吠えと思しき声を聞いた者も大勢おります。幸いまだ村で被害に遭った者はおりませんが、怪物がうろついていては安心して夜も眠れません。魔術師様、何とか追い払っていただけないでしょうか?」
男性はスコルに泣きつかんばかり。僕はそんなの知った事じゃない。怪物が何なのかはわからないけど、そんなもの相手にしたくないよ。
「よろしい。私に任せてもらえれば、その怪物を何とかしてみせましょう」
側で聞いている僕の内心に反して、スコルは快い返事をした。
「引き受けてくださいますか!ありがたや!」
男性はほっと一安心といった感じ。でも、そこでスコルが手を上げて言った。
「その前に……報酬はいかほどをお考えで?」
「……」
報酬の話をされるとは思っていなかったのか、男性は無言になる。
「依頼となるとこちらもタダでとはいきませんので、そちらが払っていただける金額を教えていただけますかな?」
無言の男性に畳みかけるようにスコルが口を開く。男性はようやく理解したようで金額を口にした。
「えぇと、銀貨五枚でいかかでしょうか?」
「銀貨五枚ですか。ふーむ、こちらも何かと入用でしてな。それだけでは……」
スコルが渋い顔をする。金額に折り合いがつかないという事で、この依頼はなかった事にならないかな。
「先に五枚お渡しするのはどうでしょう?追い払っていただければ、さらに銀貨五枚お渡しいたします」
男性が譲歩する。銀貨十枚が魔術師の依頼として高いのか安いのかわからない。でも初めの倍なんて結構なものじゃないか。
「……わかりました。こちらも法外な金額をせしめるつもりはありません。先に銀貨五枚、終わればさらに五枚。それでお引き受けしましょう」
と、とうとうスコルが受けてしまった。あーぁ、僕は断りたかったんだけどな。僕は心の中で断る理由がないものかと考えたけど、何も浮かんでこなかった。
「ありがとうございます。では、まずこちらの銀貨をどうぞ」
男性はそう言って銀貨をスコルに手渡す。
「銀貨五枚、確かに。村に戻られるといい。吉報をお届けできるように全力を尽くしますよ」
と念入りに銀貨を確認してスコルが言った。男性は椅子から立ち上がって戸を開ける。
「よろしくお願いします」
男性がそう言ってから『バタン』と戸が閉じる。小屋の中には一瞬静寂が漂った。でも、その静寂は僕の焦った声で破られる。
「スコル、まずいですよ!怪物を追い払うだなんて予定外ですよ!」
「落ち着けよ。お前さん、どんな依頼が来ると思ってたんだ?」
焦る僕を落ち着かせようとスコルが尋ねてくる。
「荷物を運ぶとか家畜の世話をするとか、そんな依頼だと思ってたんです!」
そう、貼り紙には簡単な仕事を引き受けると書いていたはずだ。怪物を追い払うのが簡単な仕事なわけないじゃないか。
「そういう依頼もないわけじゃないが、わざわざ魔術師に頼むような事か?」
スコルの冷静な指摘。確かに荷物運びなんてわざわざ魔術師に依頼するような仕事じゃない。だからって怪物相手なんて……。
「でも……」
悪あがきしようと口を開いた僕の言葉を聞かずにスコルが言いきる。
「でもも何もない。もう依頼を受けて金までもらっちまったんだから、やるしかないんだよ」
「それはあなたが勝手に受けたんじゃないですか」
スコルが黙ってろって言うから、うまく断ってくれる事を期待していたのに。あっさり受けてお金までもらってしまうんだから。
「お前さんなら断ってたってか。村の連中があんなに怯えてるのに」
スコルが反論してくる。怯える村人を助けてあげたいっていうのはわかるけど、もうちょっと違う方法で助けてあげる事はできないだろうか。
「村の人達は気の毒だとは思いますけど、怪物が相手だなんてやっぱりまずいですよ」
尚も嫌がる僕にスコルが言う。
「そんなにビビる事はないだろう。こっちには魔術があるんだから」
「魔術って言ったって、あなたは封印されてるじゃないですか」
「そうさ、だから魔術を使うのはお前さんの役目だ」
やっぱりそうなるのか。僕は一気に不安になった。
「僕なんかの魔術で大丈夫ですか?」
そう言う僕の肩に安心させるように手を置いてスコルが口を開いた。
「お前さん、自分を過小評価し過ぎだぜ。俺が教えてやってるんだから怪物の一匹や二匹は相手にできるさ」
師匠にそう言われたら、もうやるしかないみたいだ。ため息をついて僕は返事をした。
「はぁ……わかりましたよ」
「よし、じゃあ早速村に行って怪物の情報収集といこうか」
僕はスコルと一緒に小屋を出る。本当に大丈夫かな。
村で情報収集




