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第3話 オーク

吸血鬼エリスの来訪

 あれから旋風の術はたいして進歩していない。スコルの言った通り洗濯物を乾かすくらいにしか使ってないんだよね。隙を見ては練習をしているけど、あまり大きな風を起こすと手に負えない事になりそうで、もっぱら小さなつむじ風止まり。


 日が暮れて、今日の修行も終わりにして食事を取っていた時だった。『ボワン!』と何かが破裂したような音が小屋の中に響いた。何度も聞いた事のある音だ。次元移動の術を使うとこんな音がするんだ。僕は驚いて一瞬身を固めてしまったけど、スコルはいたって平静だった。音のした方を向くと、一人の女性が立っていた。


「エリス!」


「はぁい!久しぶり」


 彼女は僕達に手を振っている。今現れた女性はエリス。青白い肌に黒い髪、真っ赤な瞳と唇。彼女はいわゆる吸血鬼なんだ。吸血鬼と言えば、人間を襲って血を吸う怪物と思う人もいるかもしれないけど、彼女は何度か僕の窮地を救ってくれている恩人。それに容姿端麗で、僕は見ているだけでうっとりしてしまう。魅了の術を使っているんじゃないかって疑いもあるけど、使っていようがいなかろうが、どっちでもいい。彼女が僕にとって魅力的な女性という事には変わりはない。


「今日はどうしたんです?何かご用ですか?」


 僕は言いながら彼女に椅子を勧める。


「用って程の事じゃないんだけど、エルフのマーケットに行った時に気になる噂を聞いてね。スコルの耳には入れておこうと思って」


 エリスは椅子に座りながら言った。僕に会いに来てくれたんじゃないらしい。


「なんだ、そうなんですね」


 僕は思わず呟いてしまった。


「どうしたの?イオに会いに来たんじゃなくてがっかりした?」


 落胆したような僕の反応がおかしいみたいで、エリスは笑っている。図星なんだけど、それを認めてしまうのは情けない気がして、僕はすぐに否定した。


「いえ、別にそんな事思っていませんよ」


「で、噂って何だ?俺に関係ある事か?」


 スコルがじれったそうに口を挟んできた。エリスと僕の会話に割って入るなんて、と思ったけど師匠にそんな事は言えない。エリスは特に気にした風もなくスコルに向き直って話した。


「そうそう、噂よね。オークの次元の噂を聞いたの。あくまでチラッと耳にした事なんだけど、何でもスコルの部族と別の部族の間で戦が始まるって話なのよ」


 へぇ、それは大変じゃないか。オークの部族同士の戦がどんなものかは知らないけど、子供の喧嘩みたいなものじゃなくて血を見るようなものなんだろうな。でも、スコルの反応は冷たいものだった。


「戦だぁ?オークの部族間で戦なんて珍しい物じゃないだろう」


「そうなんですか?」


 拍子抜けしたと言った感じのスコルの反応に僕は思わず聞き返してしまった。


「こんな呑気な田舎じゃあまりないかもしれんが、人間だってしょっちゅう争ってるだろう。オークは人間よりもちょっと好戦的なところがあるからな。些細な事で戦が起きるなんてよくある事さ」


 そう言ったスコルにエリスが言葉を返す。


「そんな事知ってるわよ。あんたのいた部族が戦をするかもって話だったから、一応伝えておいただけよ」


「わざわざ来てくれてありがたいが、別に気にする程の事じゃないと思うがね」


 そんなものなんだろうか。部族って家族みたいなものだと思うんだけど。その部族が戦をするって知ってもスコルは慌てる事もない。


「放っておいていいんですか?あなたの部族が戦争するかもしれないんでしょう?」


 僕に何ができるというわけでもないけど、放っておくのは無いんじゃないかな。スコルが気にしなくてもいいと言ったのが信じられなくて僕は言った。


「お前さんに心配してもらわなくても大丈夫だよ。今までに何度も戦はあったが、あいつらたいした怪我もしなかったんだから」


 スコルは鬱陶しそうに口を開く。彼がそこまで言うのなら、僕が口を挟む事じゃないのかもしれない。まだ釈然としない気持ちがあるものの、僕は諦めて呟いた。


「そういうものですか……」


「それだけ自分の部族を信頼してるって事よ」


 エリスが納得のいっていない僕にそう言ってくれた。確かに信頼してるって言われれば、そうなんだけど。それだけオークは争い事ばかりなんだろうか。


「オークってそんなに戦争ばかりしているんですか?」


 僕は気になった事を口にした。


「別に戦争ばかりしているわけじゃないが、他の種族に比べたら多いかもな」


「どうしてです?」


 僕の知っているオークはスコルと彼の元弟子だったカロンだけ。カロンは危険なオークだった。スコルは見た目こそいかついけど、それほど好戦的ってわけじゃないと思う。


「うーん、何でだろうな。一つ言えるのはオークは戦士が多いって事だ」


「戦士ですか」


 確かにオークは戦士が似合っている。杖よりも剣を持っている方がしっくりくると思っていたのは僕の偏見じゃなかったようだ。


「生まれながらにして戦いを好む奴ばかりでな。生まれてから泣くよりも早く殴る事を覚えるって、もっぱらの噂だな」


 オークはどうなのか知らないけど、人間の赤ちゃんって生まれてすぐに泣くんじゃなかったっけ。それよりも早く殴るなんて到底無理だと思うんだけど。お腹の中にいる時からすでに好戦的って事なんだろうか。ともかくそういう噂が立つ程の種族だって事か。


「マーケットでもオークはすぐに手を出すから、注意が必要なお客だって有名よ」


 エリスがクスクスと笑いながら付け足した。エルフは友好的な種族だって以前スコルが言っていたけど、そんな彼らからも要注意の種族として見られているのか。


「あなたみたいなオークの魔術師は珍しいんでしょう?」


 スコルもカロンもオークの魔術師だから、かなり珍しい部類なんじゃないかな。


「魔術師もいないわけじゃないぞ。ただ、戦士に比べれば数は少ないな。魔力よりも腕力って奴が多いのも仕方がないな」


「戦士ばかりって事は、魔術師だからって肩身の狭い思いはしなかったんですか?」


 周りが好戦的な戦士ばかりだと、魔術師になるなんて言っているオークは白い目で見られる事にならないんだろうか。


「俺は魔術師としても一流だが、戦士としても一流だったんだ。そんな奴は滅多にいなかったから、重宝がられたな」


 とまったく謙遜なんてしないスコル。


「自慢が始まったわよ」


 エリスは茶化すように口を開いた。


「自慢じゃなくて事実を言ったまでさ。俺は戦士としても魔術師としても才能に溢れていたんだ」


 スコルは肩を竦めて言う。いやぁ、僕もこんな風に自信満々になりたいものだ。嫌味じゃなく。


「それが今は魔術は封印されちまって、こんな田舎で冴えない弟子と暮らしてるなんてな。ひどいもんだぜ」


 おっと、話が変な方向に行きそうだぞ。僕は冴えない弟子かもしれないけど、彼が魔術を封印されたのは僕のせいじゃない。


「あなたが以前どんな暮らしをしてたかは知りませんが、僕みたいな半人前に魔術を教えてくれるなんて感謝してます」


 僕はここぞとばかりにへりくだってみせた。


「俺に魔術を教えてもらえるなんて、どれだけ幸運かわかってるみたいだな」


 スコルは謙虚な僕の態度に溜飲を下げたのか、満足そうに頷いている。


「魔術を封印されたのは自分が原因みたいなものなのに、この偉そうな態度は呆れたものよね。イオも言ってやりなさいよ」


 エリスがそう言ったけど、僕は不満も言わずにまだまだ謙遜してみせる。


「いいんですよ。僕は馬鹿にされても。スコルが魔術を教えてくれるだけで満足です」


「それでこそ弟子ってものだな。謙虚な心を忘れるんじゃないぞ」


 そう言うスコルは謙虚な心がどこかに行ってしまっている。エリスは僕達のやり取りを見て首を横に振って呆れてしまったみたいだ。

見習い魔術師としての初仕事

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