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第1話 師匠との日常

イオとスコルの日常

 今日も一日が始まる。僕は小さな村から少し離れたところにある質素な小屋に住んでいる。今は師匠に魔術を教えてもらって修行中の見習い魔術師だ。見習いだからって馬鹿にしたものじゃない。それなりに魔術が使えるんだから。と言っても、使える魔術は両手の指の数にも満たない。逆に言えば、まだまだ向上の余地があるってことだから、僕は現状にそれなりに満足している。


 魔術の師匠であるスコルは人間じゃない。人間離れしているって意味じゃなくて、文字通り人間じゃないんだ。オークという種族で別の次元に住んでいる種族だ。たくましい体に緑の肌、金色の瞳と口からのぞく牙。二本の足で歩いて二本の腕があり、頭は一つ、という点は人間と一緒。一つ問題があって、とある事情で彼は魔術を封印されている。向こう十年は使えないそうだ。でも、魔術に関しての知識は僕とは比較にならないほど豊富なんだ。以前いろいろとあって、彼の弟子をやめようかとも一時は考えた事もある。ただ、彼に師事した方が自分の為になるんじゃないかと思って、弟子を続けている。彼にはよく馬鹿にされるけど、そんなに悪いオークじゃないと思っている。他人を馬鹿にするのは癖みたいなものだ。


 次元というのは普通では行く事のできない、別の世界の事。高度な魔術か高度なカガクギジュツ(とスコルが言っていたけどカガクギジュツって何なのか、よくわかってないんだ)でしか、次元間の移動はできないそうだ。以前に次元移動の術を教えてほしいと頼んだ事があるけど、危険だからと断られた。見習いの僕にはまだ早いそうだ。確かに僕はエルフ(端麗な容姿と尖った耳が特徴の種族だ)の次元にあるマーケットと呼ばれる場所にしか言った事がない。もっと別の次元に関する見識を深めないと教えてもらう事はできないだろう。エルフやオーク以外にも無数の次元があるそうだから、いつかは次元移動の術を会得してみたいものだ。


 僕は日課になっている食料調達をしている。木の実や果物、魚など、自分で取って日々の食事にしているんだ。少し離れた場所にある村に行けば食料を買う事もできるけど、僕自身の財産はたいしてないからできるだけ出費は抑えるようにしている。スコルは魔術師として報酬をもらっていたんだろう。かなりの蓄えがあるみたいだけど、それを僕に分け与えてくれた事はない。たまに彼の気が向いた時に、村に食事に出かける時があって、その時は彼がお代を払ってくれる。それ以外は彼が財布の紐をゆるめた事はほとんどない。僕だって師匠にたかろうとは思わないけど、かわいい弟子にお小遣いくらいくれてもいいんじゃないかという気がする事もある。


 とにかく魔術の修行がてらに食料を集める。ただ、最近は魔術を使わずに体を動かしておく事も忘れないようにしている。魔術は便利だけど、それだけに頼りきっていると体が鈍ってしまう。いざ、何かあった時に、ひょっとすると魔術が使えないかもしれない。そんな時に頼れるのは自分の体のみだ。体力がないよりも、あるに越した事はない。魔術を封印されていても、スコルはオーク特有の頑丈な体を持っている。彼ほどじゃないにせよ、僕も体力を付けておきたいと思ったから、体力作りもできるだけ欠かさないようにしているんだ。


 僕は川で魚を捕る。浮遊の術を使えば、釣り竿を使うよりも早く捕る事ができるんだ。持ってきた木の桶に魔術を使って数匹のシマアユを入れる。十分捕れたところで桶を持って走って小屋に戻った。


 小屋の戸を開けるとスコルが椅子に座って待っている。たいてい僕は彼よりも早起きをして食料調達に出かける。戻った頃には彼も起き出している事が多い。


「ぼうず。朝飯は何だ?」


 スコルは開口一番、おはよう、とも言わずに声をかけてきた。僕だって慣れたもので、彼に挨拶なんか期待していない。


「おはようございます。今日は魚ですよ。焼きますから、ちょっと待っててください」


 僕は魚に木の枝を通して、火であぶり始める。川の魚はきちんと火を通さないと寄生虫が怖いからね。何でも海(僕はまだ見た事がない。とてつもなく広い湖みたいなものだとスコルは言っていた)で捕った魚は生で食べる事も珍しくないそうだ。以前は火打石を使ったものだけど、今の僕は発火の術で簡単に小さな火を起こす事ができる。


 十分に火が通ったところでスコルに魚を渡す。


「焼けましたよ。どうぞ」


「おう」


 スコルはムシャムシャと骨や内臓も気にせず食べ始めた。食事に関しては、彼はあまり文句は言わない。オークの次元でどんなものが食べられているにせよ、人間とたいして差のない食事なんじゃないかな。それとも別の次元では食事に期待しないのが普通なのかも。何にせよ僕にとっては助かる。僕は自分の分の魚を焼いて、骨を飲み込んでしまわないように気を付けながら食べる。


「まずくはないんだがなぁ。味付けってものがほしくなるな。この辺りは調味料が貴重だから仕方ないが」


 珍しくスコルが食事についてぼやいた。彼の言っている事はよくわかる。エルフの次元に行った時に食べた食事は、実に美味しかった。ああいった物を知ってしまうと、何の味付けもない食事はもの足りなく感じてしまう。素材そのものの味と言えば聞こえはいいんだけど。


「村に行けば、調味料は手に入りますよ。買ってきましょうか?」


 僕は使い走りを買ってでた。スコルの為を思っての事でもあるけど、下心もある。


「その金は誰が出すんだ?」


「えっと、僕はたいして持ってませんから、あなたが……」


 僕の企みは彼にはお見通しだった。スコルにお金を出してもらって、余った分は自分の物にしようと思ってたのに。


「何を考えているんだ。師匠に金を出させるつもりか?」


 スコルはわざとらしく驚いた顔をしている。お金を持ってるんだから、少しくらい使ったっていいじゃないか。僕だって黙っちゃいない。


「あなたが欲しいって言ったんじゃないですか」


「そんな事で浪費してられないな」


 スコルは首を振ってきっぱりと断る。あーぁ、やっぱり駄目か。それでも僕はなんとかして彼の財布からお金を出させようとした。


「村に食事に行った時は出してくれるじゃないですか」


「それはそれ、これはこれだ。俺も口が滑っちまった。こんな田舎で食事に高望みしちゃいけないってわかってたのにな」


 ばっさりと切り捨てられてしまった。スコルがお金を出してくれないなら、僕が稼ぐしかない。気持ちを切り替えて彼に提案してみる。


「お金の問題なら、僕の魔術を使って村で何か簡単な仕事でもしませんか?」


「お前さんみたいな見習いに仕事を頼む奴がいると思ってるのか?それにこの辺りは魔術に対して寛容なのか?」


 スコルは僕を過小評価し過ぎているんじゃないかな。村に行けばきっと何か役に立つ事ができると思う。それとこの辺りで魔術が御法度だって話は聞いた事がない。まぁ、村人の前であからさまに魔術を使った事はないんだけど。僕は自分の経験に基づいて彼に言葉を返した。


「以前に占い師紛いの事をしていた時は、別に魔術を使っているとか非難はされませんでしたよ」


「そりゃお前さんが似非だってばれてたんじゃないか?本物の魔術を使った途端に村人に追い回されるなんて御免だぞ」


 スコルは尚も疑っている。でも、似非だろうが何だろうが、魔術が禁止されているなら僕は彼が来る前から村人に追い出されていたはずだ。


「ここでそんなに魔術が忌み嫌われてるって事はないと思いますけどね。むしろ重宝されるんじゃないですか」


 僕の言葉に説得力があったとは思えないけど、スコルは少し考え込んでから賛同してくれた。


「ふーん、そうか。半人前が仕事しようなんてちょっと気に喰わんが、実践的な修行としてはいいのかもな。俺も少し考えを改めるか」


 師匠のお許しが出たのなら、早速村の掲示板に張り紙でも出して、依頼が来るか待ってみよう。

次回は魔術修行

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