第33話 スコルのけじめ
エリスとカロンの戦いの場に急ぐ
僕は小屋に来た時と同じ要領で、飛行の術を使ってスコルも一緒に連れていく。二人ぐらいならまだ大丈夫。でも、うっかりするとスコルを木にぶつけてしまいそうになるから気を付けて、かつなるべく早く飛んでいく。
「お前さん、エリスと二人でいたところを襲われたのか?」
宙を飛びながらスコルが口を開く。僕の魔術を信頼してくれているみたいで、リラックスしたものだ。
「いいえ、最初は一人で川原に行ったんですよ。そしたらカロンが現れて、攻撃されました。あいつの攻撃を凌いでたら、しばらくしてエリスが助けに来てくれたんです。で、あなたを連れてこいって言われました」
僕が自分がどれだけ頑張って攻撃に耐えたのか、師匠であるスコルには事細かに説明したいところだったけど、そこは省略した。結局エリスに助けてもらったんだから、あまり自慢するような事じゃない。
「カロンの攻撃に耐えたのか。なかなかやるな、ぼうず」
思いもよらずスコルが僕を評価してくれた。たまに褒められるとなんだか照れるな。
「あなたが教えてくれた防壁の術のおかげですよ」
僕は謙虚に言った。防壁の術がなければ、僕はやられていたか、逃げだしていたか。教えてもらった術のおかげで無傷で済んだのは事実だ。
「言った通り役に立っただろ?」
スコルは得意そうに言った。彼には謙虚さのかけらもない。
「えぇ、まぁ、時間稼ぎにはなりました」
防壁の術は身を守るのには役に立ったけど、やっぱり攻撃の為の術も教えてほしかったな。そうすれば、あんなに一方的にはやられなかったかもしれない。今さら言っても遅いんだけどね。それに僕がやられなかったのは、カロンを怒らせる程の攻撃ができなかったからかもしれない。
「もうすぐ着きますよ」
目的の川原が近づいてきたので、思考を切り替えてスコルに声をかける。見えたのはカロンとあいつに纏わりつく霧だった。カロンは霧を払う為に風を巻き起こしている。彼女達から少し離れた場所に僕の幻影が残ったままだったけど、幻影の術を使う必要もなかったみたいだ。カロンはエリスの相手に夢中で僕の事は眼中にない。到着した僕は幻影を消しておく。一方スコルは風の音に負けないように大声を出していた。
「おーい!そこまでだ!」
「スコル、遅いじゃない」
その声に気付いたエリスが元の姿に戻る。彼女はまだまだ余裕がありそうだ。僕達に手まで振ってみせている。
「これはこれは。お師匠さまのおでましか」
一方、カロンは少し息が上がっている。エリスにいいように遊ばれたんだろう。僕としてはあいつに同情する義理はない。いい気味だ。
「何だ、もうへとへとだな。魔術の腕が落ちてるんじゃないか」
息の上がったカロンを見て、スコルが言った。元弟子でも関係なく馬鹿にするらしい。それを聞いてイラついたカロンは、僕とスコルを睨みつけた。
「うるさい!この吸血鬼を片付けたら、その小僧の番だ。小僧の次はあんただ!待ってろよ!」
「お前は口だけはでかい事を言うな。エリスに負けそうなくせにそんな事を言っていいのか?」
挑発するようなスコルの言葉だけど、エリスに負けそうだって事は図星だったらしい。カロンは黙りこんでしまった。
「……」
「どうする?逃げる気か?」
口を閉ざしたカロンにスコルが問いかける。スコルは何を考えているのか。このままじゃ本当に逃げちゃうんじゃないかな。せっかく捕まえるチャンスなのに、逃がしちゃ僕が囮になった甲斐がないってものだ。
「でも、そういうわけにもいかないんだよなぁ。な、エリス」
と口を開いたスコルは、いつの間に手にしていたのか小さな壜を握っている。スコルの言葉でエリスの方を振り向いたカロンに向かって壜を投げる。それに気付いたカロンは壜を空中で止めようとしたけど、エリスが腕を振る。術を邪魔したんだろう。壜はそのままカロンに当たって割れた。入っていた赤い粉が飛び散って、あいつに降りかかる。
「うわ!何しやがる!」
カロンは咄嗟に風を起こして粉を吹き飛ばそうとしたんだろうか。腕を振ったけど、何も起きない。何度か同じ動作をして後、愕然としてスコルを怒鳴りつけた。
「なんだこりゃ。俺に何をしやがった?!」
「あれは何なんです?」
僕もカロンと同じ疑問を抱いてスコルに聞いてみた。あの壜の中身は何だったんだろう。
「魔力を阻害する薬さ。あれを被っちまったら、もう魔術は使えない」
そんな薬があるのか。持ってるなら何で今まで使わなかったのか。
「そんな物を持ってるのなら、早く使ってくださいよ」
僕はスコルを非難するように言った。以前カロンが来た時に使っていればよかったのに。
「あれを手に入れるのに時間がかかったんだから仕方ないだろう。希少な薬だし、いい値段なんだ。前にカロンに会った時はまだ持ってなかったんだよ」
おっと、そうだったのか。カロンを捕まえる為の準備って言うのは、この薬の事だったんだ。準備をしていると言っていたけど、具体的に何をしていたのか教えてくれなかった。僕が余計な事を喋るとでも思われていたんだろうか。
「これでカロンはもう魔術が使えないって事ですか?」
僕の言葉にスコルは首を捻った。
「うーん、一生ってわけじゃないだろうな。そのうち薬の効果が切れるさ。でも、何年かは使えないだろう」
その言葉を聞いてカロンの顔色が変わる。緑色が濃くなった。あれは怒っているって事かな。
「どうするの?魔術が使えなくても、あたしとまだやり合いたい?」
カロンの背後に立つエリスが言った。
「お前はもういい!よくも俺をこんな目に遭わせやがって!」
カロンは怒りの声を上げて、スコルと僕を睨みつけた。
「三対一、しかもお前は魔術が使えないのに、まだおとなしくする気はないのか?」
スコルの問いかけにカロンが答える。
「こうなったら素手でその小僧を八つ裂きにしてやる!」
ひぇ~、魔術を使えなくしたスコルならともかく、まだ僕を狙ってくるなんて。まったくもって八つ当たりもいいところだ。僕はカロンの怒りに押されたように一歩下がってしまった。
「そこまで言うんなら仕方ないな。ぼうずに手を出すなら俺が一人で相手をしてやる」
スコルの発言にびっくり。僕を守ってくれるのは嬉しいけど、彼が相手をする必要はないじゃないか。
「スコル、何言ってるんですか?あなただって魔術が使えないじゃないですか」
一体何を考えているのやら。魔術の使えないカロンなら僕でも何とかできそうなのに。
「いいから。ここは俺に任せてくれ。エリスも手を出すなよ」
スコルはそう言って譲らない。
「わかったわ」
エリスが素直に返事をする。僕は彼女を見たけど、肩を竦めるだけで、もう何も言わない。
「納得できませんよ。魔術の使えなくなったカロンを捕まえて終りじゃないんですか?」
エリスは何も言わないみたいだけど、僕は黙っていられなかった。でも、そんな僕にスコルは有無を言わせぬ口調で言った。
「黙って見てろよ、イオ。俺が負けると思ってるのか?」
別に勝ち負けの問題じゃないんだけど。ここまで譲らないって事は重要な事なのかもしれない。僕は諦めてさらに一歩下がる。もう好きにすればいい。
「魔術が使えないからってなめるなよ!俺にぶちのめされたいなら、やってやる!」
カロンの方は我慢の限界だったみたいだ。声を荒げるとスコルに向かっていく。
「よーし、その意気だ。かかってこい」
スコルがそう言うと、カロンは右拳で殴りかかった。避けようともせず、まともに頬を殴られる。こりゃ痛そうだ。僕は思わず顔をしかめてしまった。でも、スコルは余裕綽々といった感じにカロンを挑発する。
「どうした?そんなものか?」
「この野郎!」
その挑発に怒り心頭、カロンは何度もスコルに拳を振るう。見た目は平然としているように見えるけど、本当に大丈夫だろうか。口の中が切れたんだろう。スコルの口の端から血が流れる。
「魔術ばっかりで体が鈍ってるんじゃないか?」
そんな言葉と共に殴られっぱなしだったスコルの拳がカロンの腹部にめり込む。
「ぐぇ!」
カロンは体をくの字に折って膝をついた。魔術が使えないからってスコルを怒らせない方が良さそうだ。僕は自分が殴られるのを想像して青くなってしまった。
「同じオークとして情けないぜ」
スコルは膝をついたカロンを見下ろして一言。
「この……」
カロンはそれに対して何か言おうとしていたけど、
「ふん!」
と気合の一声と共にスコルの拳が唸りを上げて、カロンの顎に当たる。強烈な一撃だった。そのままカロンは地面に倒れ伏す。
「これで少しは懲りたろう」
気絶したカロンに言い捨てると、スコルは僕の方に歩いてきた。
「おー、いてて。ぼうず、治癒の術で治してくれ」
自分の頬をさすりつつスコルが言った。やっぱりやせ我慢だったみたい。僕は慌てて彼に治癒の術をかける。
「なんでこんな事したんです?」
オークの殴り合いを間近で見るという経験はできたものの、僕にはさっぱり理由がわからない。
「なんでだろうな。魔術師協会に引き渡した後じゃ、あいつを殴れないからかな。それに、自分のけじめとしてやっておきたかったんだ」
「オーク流のけじめのつけ方って事ですか」
スコルの言葉を聞いてもまだよく理解できない。あんな事をしてけじめってつくものだろうか。
「オーク流というか、俺流だな。馬鹿な事をしたもんだ」
照れくさそうに頭を掻いているスコル。多分彼にしかわからない事なんだろう。
「オーク同士の素手の喧嘩なんて、面白い物を見れたわね。迫力満点だったわ」
エリスはおかしそうに笑っている。
「吸血鬼が何を言ってるんだか。こいつらの喧嘩はオークの比じゃないんだぜ」
エリスに言い返すスコル。吸血鬼同士の戦いか。見たいような見たくないような。
「あたしはオルクスを呼んでくるわ」
そう言うとエリスはボワン!と消えてしまった。
「これで一件落着ですね?」
まだ倒れているカロンを見てからスコルに聞いてみた。
「まぁな」
というのがスコルの返事。
一件落着




