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第30話 カロン再び

カロンは今だ来ず

 それから数日経ってもカロンは来なかった。僕も最初の内は緊張感で張り詰めていたけど、ようやく慣れてきた。実のところ、僕を狙うのを諦めてくれたんじゃないかとさえ思っていた。でも、スコルとしてはそれじゃ困る。カロンを捕まえるのが目的なんだから僕のところに来てほしい。小屋の中で三人でテーブルを囲んでいた時に、とうとうしびれを切らしたスコルが言い出した。


「カロンの奴、俺達がここに戻ってきてるって多分知らないんだろうな。このまま待ってたら、いつまで経っても来ないかもしれない。仕方がないから、またエリスに頼むか」


 うーん、やっぱりそうなるのか。僕としては、ずっと来ないなら来ないでいい気がしてきたところなのに。そうは思ったけど、スコルの手前では口に出せない。


「あたしはいつでもいいわよ」


 エリスは準備万端といった感じに言った。最近ずっと彼女も一緒だったから、どこかに行くのは寂しいな。それに魔術を封印されたスコルより、魔術の使える彼女に側にいてほしいというのが正直な気持ち。スコルだって頼りにならないというわけじゃないけど、この気持ちわかってくれるよね。


「じゃあ、済まんが適当な次元に行ってぼうずの噂を流してくれ。あいつが思わず来たくなっちまうのをな」


 スコルはそう言ったけど、あまりカロンを刺激するような噂は流さないでほしいな。そんな事をして影響を受けるのは僕なんだから。襲われるとしても、できれば怒らせるような事は避けたい。


「まかせといて」


 そう言ってエリスは椅子から立ち上がった。


「あたしが戻ってくる前に、カロンが来るかもしれないから気を付けてね」


 心配そうに彼女が僕に言う。


「わかりました。できるだけ早く戻ってくださいね」


 僕は言ったものの、彼女が何箇所の次元を回るのか見当もつかない。都合よくカロンよりも早く戻ってくる事なんて多分できないだろうな。


「じゃあね」


 エリスは僕とスコルに手を振ると、ボワン!と消えてしまった。彼女が行ってしまって、少し落ち込む僕に、


「カロンがなかなか来ないんで安心してたかもしれないが、これからは注意しろよ」


 スコルがけわしい表情で指摘する。まぁ、確かにちょっとだけ気を抜いていたかもしれない。ここからはそれは許されないって事だ。


「はぁ……、わかってますよ」


 僕はため息をついてから言葉を返した。


 エリスが別の次元に行ってから三日。彼女は戻ってこないし、カロンも来ない。僕は日課の食料調達に一人で出掛ける時は、以前にもまして周囲に気を配っていた。僕の事を聞きつけたあいつがそろそろ来るんじゃないか。


 今日、僕は勇気を出して、以前カロンが現れた川原に行ってみる事にした。ここに来たら、また襲われるんじゃないかと避けていたけど、あいつがいつまでも来ないんじゃ逆に僕の精神が参ってしまうかもしれない。だから、あいつが狙いやすい状況を僕から作った方がいい気がして、一人で川原に立った。


 浮遊の術を使って魚を取る。僕は術を使いつつも、耳は澄ませている。ここは相変わらずのどかな場所だ。水の音に鳥の声。こんな状況じゃなけりゃ、また釣り竿でも使ってのんびりと釣りでもしたいものだ。そう考えていた時だった。僕の耳に、次元移動した際のボワン!という音が届いた。


 その音で一瞬体が固まってしまった。もしかしたらエリスが戻ってきたのかも、と都合の良い方に考えようとしたけど、ようやく振り向いた僕の目に映ったのはオークだった。もちろんスコルじゃない。カロンが本当に現れた。あいつは腕組みをして僕を見つめている。どうもすぐに攻撃してくる気がないみたいだ。


「お前、この次元に戻ってくるなんていい度胸をしてるじゃないか。噂で聞いたが、俺もまさかここにいるとは思わなかったぜ」


 カロンがそう声をかけてきた。スコルの思惑が功を奏したらしい。どこかで噂を聞きつけたんだろう。


「……そりゃどうも」


 僕は思わず声が震えそうになるのを我慢しながら返す。


「それに同じ場所にいるなんてな。灯台もと暗しってやつだな。頭が良いのか、それとも単に馬鹿なだけなのか。その度胸に免じて、少しお話してやるよ」


 褒めているのか嘲っているのか。どっちにしろ人間の次元に戻ってくると決めたのは僕じゃないんだけど。カロンがどういう心境なのかわからないけど、僕と少し話したいらしい。いきなり襲われるよりはましかもしれない。


「いやぁ、別に僕が考えて戻ってきたわけじゃないんですよ」


 僕はそう言ってみた。


「まだスコルとつるんでるんだろう?」


 それだけでスコルの考えだとわかったんだろうか、カロンが尋ねてくる。確かにまだスコルと一緒にいるけど、ちょっと聞いてみたい事があったので、僕は尋ね返した。


「それなんですけど、あなた、彼に事情を聞いた僕が弟子を辞めちゃったとは思わないんですか?」


「お前、弟子を辞めたのか?」


 カロンはさらに尋ね返す。弟子は辞めてないんだけど、もし辞めていたらカロンがどういう反応をするのか知りたかっただけ。


「僕も選択肢の一つとして考えてはみたんですけど……」


 僕の答えを途中で遮ってカロンが話す。


「おおかた、あいつの弟子をやめても、俺が狙わないとは限らないと思ったんだろう?」


 カロンの言う通り。その可能性があるから僕は弟子を辞めてスコル達から離れる事はしなかった。


「えぇ、そうです。でも、本当に辞めてたらどうしてました?」


 カロンは僕の問いに悩む事もなく、あっさりと答える。


「別に。お前があいつの弟子だったって事には変わりはないからな。俺のやる事は変わらない」


「やっぱり、そうなんですね」


 弟子を続けていても辞めていても、カロンは僕を狙う事に変わりはないって事か。なら弟子を辞めなくて正解だったのかもしれない。少なくともスコルとエリスという味方がいるんだから。一人でいるよりずっとましだ。


「もういいか?」


 カロンは話を終えようとしているみたいだけど、まだ聞きたい事があるんだ。僕は慌てて次の質問をしてみた。


「えっと、もう一つ。何でスコルを直接狙わないんですか?」


 スコルに恨みを持っているなら、彼を直接狙うのが普通な気がする。別に僕じゃなくて彼を狙えと言いたいわけじゃないけど、なぜ直接彼を狙わないのか不思議だった。


「あいつに破門にされたとはいえ、俺の師匠だったからな。魔術を教えてもらった恩義があるから、手に掛ける事はできない」


「へぇ」


 なんだか意外な答えにびっくり。弟子を狙ったりする割には結構まともな感覚があるんだな、と思った。ところが、僕の反応を見て、カロンは口をゆがめて笑った。


「何て言うと思ったか?単純に順番の問題だ。まずはあいつの弟子からって決めただけだ」


 あの師匠にして、この弟子あり、というのか。人を馬鹿にするのも師匠の教えなんだろうか。


「あなたも相当いい性格してますね」


 僕は思わず皮肉を口にしていた。


「だろ?もう十分か?聞きたい事は聞いただろ」


 カロンに皮肉は効かなかったみたいだ。そして、もう話は十分と思ったのか、そう言ってきた。実力行使を避ける為に、僕は何とか話を引き延ばそうとした。


「まだ話したい事が……」


「あるのか?」


「えぇと、詳しい事情は知りませんけど、僕を襲わないでもらえませんか?」


 カロンに問われて何も思い付かなかったので適当に言ってみた。言ったからって止めてくれるはずはないけど、言わずにはいられなかった。


「よし」


 僕の言葉を聞いてカロンは頷く。次に僕に腕を向けた。

イオはどうなる

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