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第29話 鬱憤

食事を終えた三人

「また来てくださいよ、お客さん達!」


 勘定を払って店を出ようとした僕達の後ろから、酒場の主人の声が聞こえる。以前に来た時もこんな事言ってなかったっけ。なかなか商売熱心な店だ。


 僕達は食事を終えて、酒場から出る。スコルとエリスはお酒を飲んでいたけど、僕は飲まなかった。もし、無事にカロンの件が片付いたら、その時はお祝いにでも飲む事にしようと思ったからだ。外はもう暗く、村人は家に戻っているんだろうか、ほとんど人通りはなかった。


 小屋に戻ろうと歩きかけた時、酒場の陰から若い男性が一人僕達に近づいてきた。フラフラとした足取りでエリスの前に立つ。


「よぉ、姉ちゃん。いい女だな~、一杯付き合ってくれねぇか」


 声や足取りから察するに、十分できあがっているであろう男性はエリスに声をかける。さっき酒場で僕に声をかけてきた酔っ払いが良い酔っ払いなら、こっちは悪い酔っ払いだろう。こんなのは相手をしないに限る。


「行きましょう」


 僕はスコルとエリスに言って、彼を無視しようとした。


「こんな酔っ払いはどこにでもいるもんなんだよな、まったく」


 スコルもそうぼやきながら歩き出す。エリスも酔っ払いを避けようとしたけど、彼は行かせまいと立ち塞がる。


「冷たくしないでくれよ~」


 酔っ払いは尚もエリスに絡んでいる。せっかく気分転換に食事に来たのに、こんなのに絡まれたんじゃ台無しだ。僕は段々腹が立ってきた。怒鳴りつけてやりたい気分だけど、村であまり目立つ事はしない方がいい気がする。そう思った時、その酔っ払いはエリスに手を伸ばした。


 いやぁ、別に彼女の肩に触れるくらいなら僕はここまで怒ったりしなかっただろう。でも、事もあろうに酔っ払いの手は彼女の胸に向かってたんだ。エリスの豊かな胸に触れようとしているとわかった瞬間、僕は自分でもびっくりするくらいあっさりと我慢の限界が来てしまった。


「彼女に触るな!」


 言い訳させてもらえるなら、カロンに襲われて囮にされて、いろいろあったから僕は鬱憤が溜まっていたんだと思う。普段ならこんな事しないはずだ。僕は気が付いたら、手を差し伸べて酔っ払いを浮遊の術で宙に浮かせていた。


「うわ!な、何だ、これ!」


 酔っ払いは驚いて宙で手足をバタつかせた。そんな彼の様子に構わず、僕はそのまま地面に叩きつけようとする。


「やめろ、イオ!」


 スコルの鋭い声で僕は我に返った。すんでのところで止める。


 その時、ガツン!とスコルは酔っ払いの頭をしたたかに殴った。たまらず彼は宙に浮いたまま手足をダラリと下げて気絶。やめろって言ったのに自分が殴ってるじゃないか。僕は思わずスコルを見た。


「ふぅ、この身の程知らずの酔っ払いを早く降ろしてやれ」


 スコルに従って僕はそっと地面に降ろす。彼はグニャリと気を失ったまま。


「おい、若いの。大丈夫か?」


 スコルは酔っ払いの頬を軽く叩いて起こそうとする。自分が気絶させておいて大丈夫かも何もないもんだ。ようやく落ち着いてきた僕はそう思った。


「あれ……俺は……」


 気が付いた酔っ払いが呟く。


「お前、酒の飲み過ぎですっ転んで頭を打ったんだよ。ほら、掴まりな」


 スコルの差し出した手を掴んで酔っ払いが立ち上がる。


「そうだったっけ……?」


 まだぼんやりとしたままの酔っ払いは、殴られたせいかお酒のせいか、頭が混乱していてさっきの事をよく覚えていないみたいだ。自分の頭を触って顔をしかめている。


「じゃあな。足元には気を付けろよ」


 困惑している酔っ払いを置いて、スコルはさっさと歩き出す。僕とエリスも彼についていった。幸い僕が魔術を使った事は誰にも気が付かれていないらしい。


「ところでお前さん、あの酔っ払いをどうするつもりだったんだ?」


 しばらく無言で歩いて、村から出たところでスコルが僕に言った。僕の取った行動はあまり褒められたものじゃなかった気がする。そう思って、口ごもりながらも声を出す。


「あの酔っ払いが、その……エリスに失礼な事をしようとしたものですから、ちょっと頭に血が上っちゃって……」


「痛い目を見せてやろうってか?」


 スコルが言いにくい事をずばりと言ってくる。


「えぇ、まぁ、そうです……」


「あのまま地面に叩きつけられたら、骨の一本や二本は折れちまったかもしれないんだぞ。下手すりゃ重傷だ」


 そんなにひどい怪我をするほどの力を出していたかな。あの瞬間の僕は冷静さを欠いていて、自分がどれだけの力を使っていたか、よくわからない。でもスコルがそう言ってるんだから、結構なものだったんだろう。


「えぇと、今考えると、やり過ぎたかなとは思います。でも、あなただって彼を殴ったじゃないですか」


 僕は反省の弁を述べながらも、小さな抵抗を試みる。僕はぎりぎりで止めたけど、スコルは殴って気絶させたんだから。僕だけ責められるというのもなぁ。


「ああでもしないと誤魔化せないと思ったからだよ。別に腹が立ったから殴ったわけじゃない」


 そうなんだよね。彼が気絶させて誤魔化してなきゃ、僕が魔術を使った事も村中に知れ渡ったかもしれない。それはわかっていたんだけど、せめてもの抵抗をしたかったんだ。


「そうですよね……」


「お前さん、半人前とは言え魔術を使えるんだ。それをあんなくだらない酔っ払いを痛めつける為に使うなんて、やり過ぎだぜ」


 確かにあそこで魔術を使う必要はなかった。素手で止めるならまだしも、魔術で地面に叩きつけようとするなんて、我ながら何を考えていたのやら。もう謝るしかない。


「……すみませんでした」


「そのくらいにしてあげてよ、スコル。イオはあたしを守ろうとしてくれたんだから」


 スコルの説教が一通り終わったところでエリスが僕を庇ってくれる。守ったというか、酔っ払いが彼女の胸に触るのが我慢ならなかったんだ。


「何が守るだよ。あの酔っ払いがお前に触ってたら、今頃医者も見放すくらいの怪我をしてたろうぜ。頭にでかいたんこぶができただけで済んだんだから、俺は感謝されてもいいくらいだ」


 もし酔っ払いが触っていたら、殴られるよりひどい目に遭ってたかもしれないのか。エリスは見た目こそ見目麗しい女性だけど、吸血鬼だもんね。


「胸を触られたくらいで、そこまでしないわよ。確かに骨の一本や二本で済ますつもりはないけどね」


 真顔でエリスはそう言った。いやはや、僕が手を出して良かったのやら悪かったのやら。どのみち、あの酔っ払いは痛い目を見る運命だったらしい。それがたんこぶだけで済んだのは不幸中の幸いだ。


 僕達は小屋に向かって歩き続ける。食事に出かけただけでちょっとしたアクシデントはあったものの、気分転換にはなったかもしれない。それにしてもカロンはどこで何をしているのか。

カロンが来るかも

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