第24話 マーケット観光
エルフのマーケットを観光します
僕は宿屋の部屋の中で目を覚ました。起き上がると、昨晩お酒を飲んだせいだろうか、少し頭がフラフラする。でも、それほどひどいものじゃない。今日はエルフのマーケットを見たいんだ。僕はベッドの脇に立って体を伸ばす。さて、スコルとエリスどちらと一緒に行くか決めなくちゃ。
スコルはどうだろう。知識の豊富な彼にいろいろと解説してもらいながら回るのも悪くない。でも、修行中はずっと彼と二人きりだったから、たまには女性と二人で歩くのもいいんじゃないか。ただ、昨晩の様子を考えると、吸血鬼である彼女と一緒にいるのはまずいかな。まさかね、あれはちょっとした冗談に決まっている。吸血鬼特有のジョークだろう。いくら何でも友人の弟子の血を吸ったりするはずがない。
僕はそう楽観的に考えて部屋を出て、エリスの部屋の戸をノックしてみる。しばらく待っていると戸が開いてエリスが出てきた。
「イオ、どうしたの?どこかに行きたい?」
エリスが尋ねる。僕は自分の心臓の鼓動が速くなっているのを感じた。なんだか緊張するなぁ。
「えぇ、ちょっと、その、せっかくだからマーケットをいろいろと見てみたいんですよ。昨日スコルが言ってましたよね。だから、一緒に来ていただけないかなと……」
自分でも不思議なくらい挙動不審だ。目は泳ぐし、すらすらと話せない。
「いいわよ。スコルは?」
彼女の言葉を聞いて、何とか二人だけで行く理由がないかと考えたけど、いい理由は思い付かない。
「えぇっと、わざわざ三人で行く必要はないかと……、まだ寝ているかもしれないし……」
言ってる内に後ろめたい事をしている気分になってしまった。スコルを置いてエリスと二人で出掛けるなんて、僕って薄情者だろうか。
「ふーん、そう。いいわよ、二人で行きましょ」
僕の適当な言い訳に納得したのかはわからなけど、エリスはあっさり承諾してくれた。という事で、二人でマーケット観光を始めた。
宿屋を出て、特にあてもなく歩き始める。
「マーケットはどんな店が多いんですか?」
僕は横に並んで歩いているエリスに尋ねてみた。
「そうね……。やっぱり、食料を扱う店が一番多いんじゃないかしら。料理を出してくれる店とか素材を売っている店とか。どんな種族でも食べなきゃ生きていけないし、食は大きな娯楽にもなっているわ」
「そうなんですね」
一人で暮らしていた時は食べていくのに精一杯だったけど、僕だって財布に余裕があればおいしい物を食べてみたいという欲求はある。ここはいろんな種族が集まっているから、あらゆる料理でその欲求を満たしてくれるってわけだ。
「娯楽とは言っても、ある種族にとってはごちそうでも、別の種族にとっては毒になるってこともないわけじゃないの。おいしそうだからって何でも食べちゃ駄目よ」
「わかりました」
エリスは小さな子供を諭すように言った。そういう事もあるのか。僕は食いしん坊ではないけど、店から漂ってくるいい匂いを嗅ぐと、それがどんな料理かもわからないのについつい涎が出てきてしまう。だけど、僕に食べられる物とは限らないわけか。ここにいる間は彼女の忠告に従って、無難な物を食べていた方が良さそうだ。
「あの店は他と少し雰囲気が違いますね」
僕はひっそりとした店が目に入り、思わず呟く。他の料理屋はお客でざわめいているのに比べて、この店は少し静かだ。
「あそこはいわゆる高級店よ」
エリスが教えてくれる。
「へぇ」
「他には無い珍味を用意してたりして、料理の値段が普通の店とは比べ物にならないんだから。主に裕福なお客を相手にしてるってわけ」
彼女の解説に頷きながら、僕もいつかあんな店で食事ができるようになるだろうか、と思った。店の中を覗いてみたい衝動に駆られたけど、みっともない気がしてやめておく。
次に目に入ったのは剣や鎧だった。店先に陳列された磨き抜かれた武具達が、日の光を反射してまぶしい事この上ない。
「この辺りは武器や防具の店が多いですね。エルフは争いを好まないって聞きましたけど、こんな物も売っているんですね」
「そうね。比較的好まないってだけで、エルフにだって争い事はあるものなのよ。穏和だとか言われる種族に限って、戦いになると滅法強いって事もよくあるんだから」
人、じゃないけど、見かけによらないって事なんだろうか。スコルみたいなオークが剣を片手に戦場で大暴れしているのは容易に想像できるけど、エルフが戦っている姿ってあまり想像できないな。
ある店にひと際豪華な剣が飾ってあるのが見えて僕の目を惹いた。
「あの剣綺麗ですね」
剣の刃は鋭く輝き、柄には細かい模様が描かれ、いくつか宝石がはめ込まれている。すぐ側にある剣の鞘にも意匠をこらした模様と宝石。こりゃきっと目を疑うような値段なんだろうな。
「ああいうのが好き?実用的じゃなくて装飾用の剣よ。家の一軒は軽く買えちゃうような値段なの」
眺めていた僕にエリスがそう言った。
「いや、見てただけです。買おうとは思いませんよ」
僕は慌てて否定する。あんまり眺めているとお客なんじゃないかと思われるかもしれない。そんな剣を買っている余裕は今の僕には無いんだから。
次に入った一画は、いかにも魔術に関係していそうな品物ばかり。マントやローブ、杖、指輪に腕輪、小さな壜に入った液体などなど。ほうきなんかも売っている。あれはきっと魔女が使うんだろうな。
「魔術の道具がいっぱいありますね」
「エルフは魔術寄りの種族なの。だから魔具は充実してるってわけ。物は確かだけど、その分値段は高いわ」
エリスの言葉にちょっとがっかり。残念、僕にも手の届く物があれば記念に何か買っていきたかったんだけど。
「あのマントなんかにも魔力が籠められていて、ちょっとやそっとじゃ傷つかないの」
そう言われて僕は飾ってあったマントに触れてみる。滑らかな手触り。目を凝らしてみると、確かに微かに魔力を感じる。いかにも魔術師って感じでいいんだけど、諦めるか。
僕は小さな壜が棚に並んだ店を見てみる。壜を手に取ってみたけど、中身がわからない。
「これって何なんですか?」
「それは確か物を小さくする薬よ。気を付けてね、落として割っちゃったら弁償しなきゃいけないから」
それを聞いて僕は壜を棚に戻す。棚には大きさの違う壜がいくつも並んでいる。中身の色も、赤、青、黄、緑と様々。これが全部なんらかの効果を持っているなんてすごいや。
僕が店を眺めながら歩いていると、小さな檻に入った動物を売っている店があった。
「あの動物達は?」
「あれは使い魔よ。魔術師が使役する動物を売ってるの」
これが使い魔なのか。僕は動物を見る。犬、猫、鼠、カラス、梟……。いろいろな小さめの動物がおとなしく檻に入っている。半人前の僕が使い魔を飼うってのは何か違う気がするから、今はいいや。
それからも僕とエリスは店を眺めたりして過ごした。途中で食事を取って、また見て回る。宿屋に戻った時には、もう日も暮れていた。部屋の前まで来てエリスにお礼を言う。
「今日はありがとうございました。いろいろ見られて良かったです」
「どういたしまして」
と、その時スコルの部屋の戸が開いて、彼が出てきた。
「師匠を置いて二人で観光は楽しかったか?」
彼は眉間に皺を寄せて口調も刺々しい。僕は何を言っていいか、言葉が出てこなかった。
「えっと……」
「スコル、そんなに拗ねないでよ」
エリスがそう言うと彼はますます不機嫌な表情になった。どうやら弟子が師匠である自分を置いていったから拗ねているらしい。子供じゃないんだから。
「拗ねてなんかいないよ」
彼はそう言って部屋に戻ってしまった。
「はぁ……」
僕はため息をつく。確かに彼を置いていった僕も悪いかもしれないけど、あんなに拗ねるとは思わなかった。
「次の機会があれば、スコルも誘ってあげましょ」
エリスはスコルの態度にも慣れているんだろうか。特に気にした風もなく、そう言って自分の部屋に入って行った。僕も部屋に戻るとするか。
次回は人間の次元へ




