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第2話 修行のまえに

師匠に会った次の日

 目が覚めると体中が痛い。昨晩は結局寝床の確保は諦め、久しぶりに床の上で寝たせいだ。粗末なものとはいえ寝床を恋しく感じながら僕は体を起こした。


 たった一つの寝床に目をやると昨日会ったばかりのオークの師匠がまだ寝ている。窓から少し明かりが入ってきているが、夜が明けてすぐのようだ。


 いつもは寝ている時間だが、もうパッチリと目が覚めた。立ち上がってこっそりと体を伸ばす。


 こんな時間に起きるのは久しぶりだ。たぶん昨日の出来事が衝撃的だったせいだろう。


 突然僕にお師匠さまができたのだ。それもオークの。


 お師匠さまを起こさないように、そっと小屋の戸を開けて外に出る。うーん、なんだか朝日まで今までと違って見えるようだ。僕は今日から魔術師になる為の本格的な修行ができるんだ。そう考えると不安と希望で胸が一杯になる。


 何が不安かって、自分にどこまでできるかがわからないから。もしかしたら今日にも壁にぶち当たって前に進めなくなるんじゃないかと考えてしまう。本格的な魔術の修行がどんなものか想像してみるが、雲をつかむようにさっぱりだ。


 まあ希望の方はまだ僕が若いってことだろう。修行にかけるだけの時間はたっぷりあるし、もし魔術をものにできなくても別の道を探すこともできる。あまり悲観的にはなりたくないけど、そういうこともあるだろうってこと。


 とりあえず、何か食べ物をとってくるとしよう。この季節は果物や木の実がなっているし動物もいるので、お金がなくてもなんとか食べていける。できれば村で食料を調達したいが、僕の全財産は残り少ないのだ。切りつめられるところは切りつめていこう。


 以前仕掛けておいたウサギドリ用の罠やムラサキリンゴの生っている木を確認しに行く。


 罠には何も掛かっていなかったが、幸いムラサキリンゴはまだたくさん生っていた。いくつかもいで朝食にしよう。


 しばらくして僕は小屋に戻ってきた。出た時と同じようにそっと戸を開ける。小屋の中をのぞいてみると、スコルが部屋の真ん中に椅子を置いて座っていた。


「あの、お師匠さま、おはようございます……」


 と僕は声をかけてみた。


「ああ、おはよう。随分朝が早いんだな」


「ええ、目が覚めちゃったものですから。朝食はどうですか?」


 僕はとってきた果物を彼に差し出す。彼は


「これは……リンゴか?」


 と言い一口かじる。


「まあ、悪くないな」


 あまりおいしそうには見えないが、口には合ったようだ。彼はそのまま一個食べてしまった。僕も同じようにかじりつき食べる。


 僕が食べ終わると彼はおもむろに口を開いた。


「飯もいいが、坊主。早いとこ魔術を習いたいだろ?どうだ?」


「はい、もちろんです」


 僕はすぐにそう答えた。それはそうだろう。ここで「いえ、いいです」なんて答えられるわけがない。こう言うのが弟子の務めというものだ。


 彼はにやりと笑い、


「その前に一つ言っておく。俺のことは師匠とかお師匠さまと呼ばなくていい。スコル師匠も無しだ。ただのスコルだ。わかったな?」


 と言った。


 彼は師匠とか呼ばれるのが嫌なんだろうか。まあ、名前で呼ばれたがっているのなら、それに従うまでだ。彼がそれでいいと言っているのだからそうすることにしよう。


「わかりました。その……スコル」


「よし、それでいい。じゃあ、まず、お前さんがどれくらい魔術が使えるか、教えてもらおうか。それによっちゃ、基本的なことは飛ばして教えてやれるからな」


 まあ、聞かれるとは思っていたけど、いざ話すとなると自分が情けなくなってくる。僕にできることと言ったら小さな石を動かすだけなんだから。でも、これから魔術を習おうとしているんだから正直に言うしかない。


「小さな石を浮かして動かすことはできます」


 僕は思い切って言ってみた。彼は落胆するだろうか。


「それだけか?他には?」


 彼は表情一つ動かさずに尋ねてきた。何を考えているのかは僕にはわからない。


「あの、それだけです……」


「そうか。わかった」


 と彼は答えた後、僕の表情から何かを察したのか、


「坊主、それだけしかできないからって落ち込むことはないんだぜ。こっちだってお前さんが素人だってことは承知の上さ。だから、俺が教えてやろうってんだ」


 と言ってくれた。それを聞いて僕はいくぶん気分が楽になった。そうだ、僕は素人だけど、これから修行して玄人になればいい。彼から教われば、もっといろんなことができるようになるだろう。


「ありがとうございます」


 なぐさめてくれたんだと思い、僕はお礼の言葉を口にした。ところが彼はさらに続けて言った。


「お前さん、それだけしかできないくせにこれからどうしようとしてたんだ?こんなところで一人で暮らして魔術が身に着くとでも思ってたのか?」


 なぐさめてくれるのか、けなすのか、どっちかにして欲しいな。おかげでまた気分が落ち込んでしまった。


「ま、そのことはもういいか。俺が来たんだからな。ところで、今魔術師まがいのことをして客商売しているそうじゃないか。こりゃ本当か?」


 確かに僕は今近くの村の住人相手に適当な占いをしたりしている。これもあまり人に聞かれたい話じゃない。なんせ実際にはできないのに村人をだましているようなものだから。ただ、師匠に聞かれたんじゃ素直に白状するしかない。


「はい……」


「ふーん、そうかい。俺に弟子入りしたんなら、今日からきっぱりそういうことはやめるんだな。素人がそんなことしてちゃ、おおごとになったときひどい目に逢うぜ」


「わかりました」


 それほど責めてもいないようだ。もしかして僕と同じような事をしている人が結構いるのかも知れない。


「でも、お金が……」


 と僕は言いかけたが、彼が続けて、


「どうせ元々自給自足で生活してたんだろ?客はたいして入ってないようだし」


「はい……」


 これまたその通り。僕が過去に得たお金なんて雀の涙ほど。この掘立小屋を見つけて勝手に住みついて自給自足しているのだ。僕の名前を知らなかったわりにこういうことはお見通しというわけだ。


「もし気まぐれに客が来たら、お前さんが断るんだな」


 彼はそう言った。とにかく彼の言う通りにするしかない。


「前置きはこんなところか。じゃあ、魔術の基本的なことを教えてやるよ。外に出ようぜ」


 またもや僕は彼の言う通りに外に出た。

いよいよ修行開始

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