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第16話 逃走1

オークに襲われるイオ

 僕は咄嗟に横に飛び退いた。人間いざって言う時は案外素早い反応をするものだ。僕が立っていた場所を炎の塊が通過していく。炎はそのまま川の中にドボン。水蒸気が上がって消えた。間一髪避けられたから良かったものの、当たっていれば無事じゃ済まなかっただろう。


 どうやら突然現れたこのオークも魔術師らしい。魔術を使って炎を発生させて僕に向かって飛ばしてきたってわけだ。スコルの事を知っている風だったから魔術師仲間かも知れないけど、僕はこんな事される覚えは無い。わけが分からず僕は思わず口にした。


「なんでこんな事……」


 と僕が口を開きかけた所でオークが言う。


「さっき言ったろうが。理由を話す気は無い」


 そう言えばさっきも事情を話す気は無いとか言ってたっけ。話す気は無いと言われても僕には納得できない。彼はにやにやと笑いながら僕の事を見ている。ちょっと驚かせてやろうとかそういう冗談でやった訳じゃ無さそうだ。もしかして人違いかな、と考える僕は都合が良すぎるだろうか。魔術師スコルの弟子であるイオ、すなわち僕に会いたいと言っていたんだから。


「僕が何かしましたか!?」


 人違いじゃなければ勘違いか、一縷の望みにかけて僕は大声でオークに問いかけた。もしかしたら話し合いの余地があるかも知れないじゃないか。僕は自分を平和主義者だと思っている。そりゃ、いついかなる時も暴力を用いないわけじゃないけど、今のところはそうありたいと思ってるんだ。


「しつこいな。お前は何もしちゃいないよ。強いて言うなら奴の弟子になったのが良くなかったな」


 オークは呆れたように首を振りながら言う。スコルの弟子になったのが悪かった?意味が分からない。僕は何もしていないと言っているじゃないか。何もしていないのに僕を襲うのか。理不尽にもほどがあるってものだ。


 腹が立った僕はオークを脅かすために、川原の石を浮遊の術で拾い上げて彼に向かって飛ばした。当てるつもりは無い。当たる直前で止めてやって、少し脅かしてやろうと思ったんだ。そうすればこのオークも少しはおとなしくなるかも。でも、僕の飛ばした石は彼のずいぶん手前で止まってしまった。動かそうにも梃子でも動かない。


「少しは魔術が使える様じゃないか」


 オークが笑いながら言う。どうやら彼の魔術で止められてしまったみたいだ。しかも僕がどれだけがんばっても石を動かせないところを見ると、彼の方が一枚上手らしい。僕が石を動かすのをあきらめた途端、今度は僕に向かって飛んで来た。


「うわっ」


 僕は声を上げながら、また横に飛ぶ。このオークと真っ向から魔術勝負はやめておいた方がよさそうだ。こうなったら逃げの一手しかない。


 横に飛んだ勢いそのままに、僕は駆け出した。なるべく彼の視線を遮る為に森の中に駆け込む。


「逃げ足は一人前だな!」


 後ろからあざけるような声が聞こえてくる。馬鹿にされようが、そんな事気にしちゃいられない。木々の間を縫うように走り続ける。こんな時に頼りになるのは師匠しかいないと考えて、彼に報告するべく小屋に向かって全速力。


 何度かちらりと後ろを振り返るけど、さっきのオークの姿は見えない。木が邪魔で見えないだけかもしれないけど。森の中に入ったのは間違いだったかな?むこうから見えないようにと考えたけど、こっちからも見えない。追いかけてきているのか、いないのかすら分からない。ただ、すぐにでも追いつかれるんじゃないかという恐怖が頭をよぎって、僕は足を緩めず走る。


 しばらくして僕は息が切れ始めた。最近何をするにも魔術を使うようになったから、体力が落ちているんだろうか。魔術の修行はもちろんの事、体力作りも普段からした方が良いのかもしれない。そんな事を考えていると小屋が見えてきた。


 僕は小屋の戸を乱暴に開けると、息を切らしながら助けを求めた。


「はぁ、はぁ。スコル!……助けてください!」


「そんなに慌ててどうした?」


 僕の様子に目を丸くしつつもスコルは椅子に座ったままで口調はのんびり。僕の窮地を理解していない彼に大声で言う。


「オークに襲われてるんですよ!」


「オークだと?」


 彼も只ならぬ事態が起きている事を悟ったんだろう。ようやく椅子から腰を浮かした。疲れた僕は反対に小屋に入って床にへたり込む。


「ぼうず、一体何があった?」


 彼が問いかけてくる。何があったもないもんだ。僕はなんとか息を整えながら、さっき起こった出来事を話した。


「僕もよくわかりません。川で魚を捕ろうとしたら、知らないオークが急に現れたんです。それで僕があなたの弟子だと確認した途端、攻撃してきたんですよ」


「そりゃ……」


 スコルが何か言いかけた時、小屋の戸口に例のオークが現れた。


「久しぶり。お師匠さま」


 そのオークはスコルに声をかける。僕は小屋の反対側に移動しつつも驚いてスコルを見た。


「へっ、よしてくれよ」


 スコルは嫌そうに口を歪めながら言った。その様子からどうやら二人は知り合いらしいと感じたけど、さっきのあのオークの言葉が気になった。


「あいつ、あなたの弟子ですか?」


「そう、弟子だ。いや、元弟子だな」


 とスコル。なんてこった。僕の兄弟子が襲ってくるなんてどうなってるんだ。


「師匠に助けを求めたって無駄だ。お前は俺に叩きのめされるんだよ」


 戸口に立ったオークが僕に残忍な笑顔を見せながら言った。ますますわけが分からない。スコルは僕を助けてくれないって事なんだろうか。


 当のスコルは僕と同じく小屋の反対側に移動している。彼があのオークを返り討ちにしてくれると期待しいたんだけど、そんな感じには見えない。彼は僕に近づいてささやく。


「逃げるぞ」


「え?」


 スコルの言葉に耳を疑った。彼を知っている限りでは、どんな相手でも逃げ出すなんてガラじゃない。でも、


「いいから逃げるんだよ」


 スコルがまたささやく。どうやら本気で逃げ出そうとしているらしい。ようやくそう気付いたけど、逃げると言ってもどこへ逃げたものやら。唯一の出入り口にはあのオークが立ち塞がっている。


「でもどこへ……」


 僕は口を開いて彼に問いかけようとしたけど、その隙もなくスコルは身を翻して小屋の壁に突進。もともとたいした厚さもない木の壁は、彼の勢いに負けて木端微塵。


 僕の慣れ親しんだ掘立小屋には大きな穴が開いてしまった。スコルは突進した勢いもそのままに、一目散に駆け出していた。

逃げ切れるか

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