第13話 スコルとエリス
スコルとエリスのお話
「よく来てくれた。変わりなさそうだな」
と言いながらスコルは手を差し出す。
「あなたこそ。変わり無い様で良かったわ」
エリスはそう返しながら彼の手を握り返す。なんだかとっても親しそうだ。僕は急に自分が邪魔なんじゃないかと思い、ちょっとした疎外感を味わった。僕はおそるおそる二人に声をかける。
「あの~、僕も居ていいですか?」
スコルは手を離して僕を見る。
「居ていいに決まってるだろ。もう知ってるだろうが改めて紹介だ。エリス、こいつが俺の新しい弟子のイオだ」
彼は僕の肩に手を置きながら、彼女に僕を紹介してくれる。もう初対面ってわけじゃないけど、彼の好きな様にさせておこう。
「改めてよろしくね」
今度は彼女が僕に手を差し出して来た。
「ぼうず、彼女はエリス。俺の古い友人さ」
彼が僕に教えてくれる。友人というのは彼女からも聞いていたけど、最初はどうも信じられなかった。だって僕の師匠はいかついオークなんだ。オークに偏見を持っているわけじゃないけど、こんな華奢な女性と友達だなんて不似合いな気がしたから。でも二人とも友人だと言っているんだから本当にそうなんだろう。
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
僕は言いながらそっと彼女の手を握る。彼女の手はひんやりと冷たく感じる。女性の手を握る機会なんて今までほとんど無かった。僕は自分の顔が熱くなっているのがわかった。これだけの事で顔を赤くするなんて、僕ってそんなに純情だっただろうか。
とりあえず僕らはテーブルを囲んで椅子に座った。
「ところでお前さん、大丈夫だったか?エリスに魅了されちまったんじゃないか?」
スコルが僕の目を見ながら聞いてくる。確かに僕はエリスに対して魅力を感じている。でも、僕が彼女の魅力に圧倒されている事が一目でわかったんだろうか。
「やぁね、スコルったら。あたしは何もしてないわよ」
エリスはくすりと笑いながら言う。彼女は何もしていない。勝手に僕がのぼせ上がっているだけなんだから。
「そうですよ、何言ってるんですか。僕は親切で彼女を連れて来ただけなんですからね」
苦しい言い訳だけど、何も言わないわけにもいかない。それに親切心で彼女をここまで連れて来たって言うのもまんざら嘘じゃないはずだ。
「いやぁ、そうかい。エリスは吸血鬼でね。彼女の魅了の術にやられちまったんじゃないかと心配しただけさ」
たいした事なさそうに彼は言った。スコルのその言葉を聞いて驚いた僕がエリスの顔を見ると、彼女が僕に向かってウインクする。いやぁ、驚いたな。吸血鬼?まさか僕をからかってるんじゃないよね?
「吸血鬼ですか?本当に?」
彼女の方を見ながら尋ねてみる。若干声が上ずっているのはご愛敬。誰だって急に目の前の女性が吸血鬼だなんて聞いたら、平静ではいられないだろう。少なくとも僕は平静ではいられなかった。そんな僕の様子を見てスコルが言う。
「そんなに怖がるなよ。エリスは確かに吸血鬼だが、見境無く人を襲ったりしないさ」
そう言われてもなぁ。僕だって吸血鬼の話を耳にした事はある。夜な夜な人の血を啜る怪物だと言う事以外はたいして知らないけど、それだけでも十分に恐怖の対象だ。
「そうよ。たまに良さそうな人から血を貰うだけ」
彼女がにこりと笑いながら僕を見る。素敵な笑顔だけど、確かに彼女の犬歯は僕よりもするどく尖っている。いやぁ、気付かなかったな。それに良さそうな人から貰うだけ?僕がその人じゃなければ良いんだけど。
そこにスコルがため息をつきながら割って入って来た。
「エリス、あんまりからかうなよ。こいつが本気で怯えちまうじゃないか」
「別に僕は怯えてなんかいませんよ!ちょっと驚いただけです」
本当は怯えていたけど、二人の前でそれを認めたくないという思いからか、語気が強くなってしまった。
「だってこの子の反応が面白いんだもの」
エリスはあっけらかんと言う。彼女に面白がってもらえるなら本望と言うものだ。吸血鬼という事がわかっても、相変わらず彼女には抗いがたい魅力がある。僕は術にかかってるんだろうか。
「俺もついからかっちまうから、こいつの反応が面白いのは否定できんな」
「二人して何なんですか、もう」
エリスにからかられるのはともかくスコルにからかわれるのはごめんだ。二人はくすくすと笑っていたけど、不意にエリスは真面目な顔になって言った。
「で、どう?新しいお弟子さんの修行は順調なの?」
「そこそこな。自分の身を守るくらいはできるはずだ。だよな?」
スコルが僕の方を見る。彼からすればまだまだたいした事は無いかも知れないけれど、僕の魔術だって馬鹿にしたもんじゃないんだから。だから彼に言った。
「えぇ、それくらいできますよ」
スコルは僕の言葉に頷くと話題を変えた。
「そっちはどうだい?何か面白い事はあったか?」
エリス短く一言。
「うぅん、別に何も」
「そうかい。とにかく久しぶりに会えて良かったよ。わざわざ来てくれてありがたいよ。どうだい、ロクな物は無いけど、飯でも食ってくか?」
スコルのその言葉に僕はびっくり。吸血鬼にご飯だなんて!エリスの事は好きだけど、血を吸われるのは勘弁して欲しい。
「スコル、何言ってるんですか!彼女吸血鬼なんですよ!」
僕の言っている意味がすぐに分かったんだろう。彼は僕の無知を窘める様にして言った。
「そんな事知ってるよ。さてはお前さん自分が食料になるんじゃないかと思ったんだな。心配しなさんな、吸血鬼だからって俺らが食べてる様な物を食べないわけじゃないんだ」
「そうなんですか。驚かさないでくださいよ」
僕はほっと胸をなで下ろす。そういう事は先に言っておいて欲しいな。エリスは僕を見て、くすくすと笑っている。
「本当に面白い子ね。血を吸いたくなっちゃう」
これは冗談だよね?そう思ったけど、無意識の内に僕は首筋を押さえる。
「せっかくだけど遠慮しておくわ。ここの物はあまりあたしの口に合いそうに無いし。でもこれは一杯いただいておくわ」
彼女はコップを手にしてワインを一気に飲み干した。
「うーん、こんな辺鄙な場所にしてはまあまあの味かしら。顔も見れた事だし、今日はもうお暇するわ、スコル」
と彼女は椅子から立ち上がる。もう帰っちゃうのか。吸血鬼と聞いた時は少しは驚いたけど、彼女が居るとなんて言うのか、こんな小さなみすぼらしい小屋の中でも華やいだ雰囲気になった。そんなのは初めてだったから、帰っちゃうのが残念。
「こんな何も無い所に引きとめるのも何だからな。もし良かったらまた来てくれよな。こいつもお前が帰っちまうのが寂しそうだしな」
スコルが僕を指差しながら言う。僕は内心の寂しさを紛らわす様に彼に言った。
「寂しくなんて無いですよ。あなたこそどうなんです?」
「そんなわけないだろうが。弟子の癖に変な事聞くもんじゃないぜ」
僕達のやり取りを見てエリスがくすりと笑う。
「あなた達面白いわね。そんなに寂しがらなくても、また会いに来たげるわよ。じゃあね」
エリスは手を振ってから、戸を開けて帰ってしまった。もう少し居て欲しかったな。名残惜しげに戸の方を見つめる僕を見てスコルが自分の首を指差しながら言った。
「お前さん、本当にエリスに何もされてないよな?」
「されてませんよ!」
言いながらも僕は念の為自分の首を触ってみたけど、傷一つなかった。
次回はまた修行




