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第1話 師匠との出会い

突然の出会い

 何でもこの辺りに怪物が現れるそうだ。その怪物の居場所を占って欲しいというのが依頼だった。僕が水晶玉を覗き込み、適当な事を言ってやると老婆は礼を述べて帰って行った。これが今朝の出来事でそれ以降はお客は来ない。


 怪物退治でもするのだろうか。僕も一緒に来てくれと言われなかったのを喜ぶべきか、役に立たないと思われていることを悲しむべきか。僕のようなエセ魔術師よりも、近くの村にいる肉体労働をしている若者の方がよほど頼りになるだろう。


 こんな日はご飯でも食べてさっさと寝てしまうに限る。小屋の戸を閉め、かんぬきをしてから、僕は昨日捕まえたウサギドリを捌く為に台所に向かった。この半年で獲物を捕まえるのも捌くのも、随分上達した。魔術の上達の方はほとんど無いと言っていいのに。


 僕の今の魔術は精々小さな物を浮かして動かすぐらいのものだ。他にも色々と練習しているが、いかんせん我流では限界がある。つらつらと考えながらも、火打石で薪に火をつけ、肉を焼き始める。


 小さな掘立小屋でなんでも屋紛いのことをしながら、魔術の勉強をしているが、近くの村の人達からはあまり良く思われていないのかも。実際お客も随分ひさしぶりだった。焼けた肉を頬張りながら、明日はどうしようかと考える。


 食べ終わった僕は立ち上がって寝床に行く前に、少し魔術の修行でもしておこうと思い直し、机に向かった。


 机の上には小さな石ころ。僕はその石ころをしばし見つめた後、目を閉じて意識を集中させる。十分に集中できたところで目を開き、石に手をかざした。目に見えない力で石を包み込むようなイメージをしながら、少しずつ手を上に動かしていく。


 すると僕の動きに合わせて石が少し浮いた。ここまでできるようになるのにかなり時間がかかったが、実際に自分の魔術によって浮いている石を見るとちょっとした満足感がある。意識を集中させたまま石を右へ、左へ、移動させてみる。


 少しの間、自分の魔術を楽しんだ後、石を再び机の上へ戻す。

 ここまでは良し。この慣れ親しんだ石を動かすのもだいぶ上達してきた。だけどそれ以外の魔術はさっぱりだった。


 次は机に置いてあるろうそくに火を灯そうとしてみる。さきほどと同じように集中し、ろうそくに手をかざす。ろうそくの芯が真っ赤に燃え上がるイメージをしながらしばらく集中するが、まったく変化なし。なにが悪いのかさっぱりわからない。もしかして僕には魔術の才能がないのだろうか。


 くよくよ考えても仕方がない。僕はひとつため息をついて寝床に向かった。


 寝床で横になりながら、またこのままでいいものかと考えてしまう。魔術師を目指して家を出たものの、食うに困って、遠くの村で魔術師のまねごとをしている。もっと大きな町で誰かに弟子入りした方がいいのかもしれない。


 次第にうつらうつらし始め、僕は自然と目を閉じた。瞬間。


「ボワン!」


と大きな何かがはじけるような音が小屋の中に響いた。


 驚いた僕は起き上がり、音がした方向を向いた。そこには緑色をして大きな牙を蓄えた怪物が立っていた。

 あまりの事に僕はとっさに反応できず、口をあんぐりと開けたままその怪物を見つめている。


 すると怪物が、


「よう。お前さん、ここに住んでる魔術師見習いだろ?」


 と声をかけてきた。


 怪物が現れた事と、自分に通じる言葉を発した事と、自分に用がある事に驚き、僕は固まったまま。


「お前さん、口がきけねえのか?耳が聞こえねえのか?」


 怪物がいぶかしげにこちらを見ながら、さらに質問してきた。


 その様子に何か言わなければいけないと思い、僕はようやく反応した。


「あの……僕……その……」


 僕の反応に怪物はにやりと笑いながら、


「なんだ、問題ないじゃないか。もう一度聞くがお前さん、魔術師見習いだろ?」


「えっと……その……一応……はい……」


 怪物が一度頷き、


「よし。俺はスコルって言うもんだ。魔術師をやってるんだが、俺に弟子入りしないか?」


 突然の提案に僕は反応できなかった。だって彼は緑色の肌をし、大きな牙が生えており、金色の目をし、がっしりとした体つきで、とても魔術師のようには見えない。むしろ相手を力任せに引き裂いて、食べてしまうような猛獣に見えた。


 ただ、見た目に反して僕に危害を加えるような様子がなかったことに少し安心した。


 僕はようやく立ち上がり、彼をじっくりと観察した。さっき思った通り、どう見ても魔術師には見えない上に、突然どこからともなく現れて僕を弟子にしたいと提案してきたのだ。怪しさ満点だ。


 そんな僕の考えを見抜いたかのように、


「まあ怪しむのは当然だが、これはとてつもない幸運だぜ。こんなド田舎じゃロクな魔術師もいないだろう?」

「あの……あなたはスコル?でしたっけ……一体何者なんです?」


 彼は呆れたように、


「さっきも言ったろう。魔術師だよ」


「でも一体何で……僕を弟子に?」


「この辺りで魔術師を目指している奴がいると風の噂に聞いてな。こんな辺鄙なところじゃ弟子入りする魔術師もいないんじゃないかと思って、ひとつ師匠を買って出てやろうってわけだ」


 彼は腕組みをしてこちらをじっと見つめた。


 まだ、動揺が収まったわけじゃないけど、少しずつ事態が呑み込めてきた。


 このどこからともなく現れた自称魔術師の怪物が、僕を弟子にしてくれるといっているのだ。さっき思ったじゃないか。こんなところにいるよりどこかで弟子入りした方がいいんじゃないかと。その矢先に師匠が現れてくれるなんて、彼の言うとおり幸運じゃないか。


 待て待て、急に現れた怪物の言うことを信じるのか?まだ早いぞ、と思いながら尋ねた。


「失礼ですが、その見た目からしてあなたこの辺りの人じゃないですよね?どこから来たんですか?魔術師というのは本当ですか?」


 彼はまたもにやりと笑う。笑うと牙がのぞくのであまり気分のいいものじゃない。


「なかなか質問の多い奴だな。ま、なんでもあっさりと信じちまう馬鹿よりもよっぽどいいが。まず俺は人間じゃない。オークって種族だ。オーカーから来た。世の中にはいろんな奴がいるんだよ。魔術師ってのも本当だ。今魔術を使ってここに来ただろう?」


 確かにそうだ。一瞬にしてここに現れたのは立派な魔術の証拠というわけだ。それにしても、


「あの、オーカーってどこですか?」


「俺みたいなオークが住んでいるとこだよ。お前さんは行ったことないだろうが、人間以外が住んでいるところもあるんだよ」


「あなたはオークで魔術師ですか……」


 まだ半信半疑な態度に見えたのだろう。彼は少しムッとしたように、


「まだ疑っているようだな。じゃ、少し見せてやるよ」


 と言って、腕を解いた。彼が少し腕を動かすと、僕の体はふわりと宙に浮いた。


「ちょっと、何するんですか!」


 僕は驚いて手足をバタつかせながら声を上げた。


「別に何もしねえよ。ちょっと浮かしただけじゃねえか。ほれ降ろしてやる」


 彼が腕を下げると僕はゆっくりと着地。


「どうだ。初歩の初歩だが、これで俺が魔術を使えるって少しは信じたか?」


「ええ、それは信じますよ」


 僕はどきどきしながら答えた。どうやら魔術師というのは本当らしい。僕だって集中すれば小さな石ころを浮かすことはできるが、僕の体重は石ころどころじゃない。彼はそれを事もなげにやってのけた。


「僕を弟子にしたいってどういう事ですか?」


 彼は少し僕を見つめた後、


「魔術師になりたいって奴がいるから魔術を教えてやるのは、そんなにおかしなことか?」


と聞き返してきた。


 うーん確かにおかしい事じゃないのかもしれない。僕の周りに魔術師がいないのでわからないけど、弟子ってこうやってなるものなんだろうか。ただ、彼が僕を弟子にしたがっているのはわかる。こんな機会は二度とないかもしれない。と考えが傾いてきたところに彼がさらに、


「一流の魔術師の弟子になって、本物の魔術を学びたいと思わねえのかい?」


と尋ねてきた。


「えっと、確かに僕は魔術師を目指しているんですけど、その、いきなりなのもので……」


 僕は返答に困った。魔術師を目指しているくらいだから、そのうちいろいろ不思議な出来事にも遭遇するだろうとは思っていたものの、実際に不思議なことが起こると対応に困るものだ。どうすべきか迷っていると、


「ま、弟子入りしたくないなら俺はそれでも構わねえが、他にもアテはあるしな」


 と彼は急にそっけなく言った。


 そんな言われ方をすると自分が千載一遇のチャンスを逃しそうになっているんじゃないかと思えてしまう。せっかくわざわざ彼が来てくれて僕を弟子にしてくると言っているんだから、この際弟子になった方がいいんじゃないか。少しでも魔術を教えてくれるのなら僕に損なことは何もない。


 僕は決心して答えた。


「あの、わかりました。あなたの弟子にしてくだい」


 彼はにんまりと笑う。


「よし、これで決まりだな。坊主、お前さんは今日から俺の弟子だ。よろしく頼むぜ」


 と言って手を差し出してきた。


 その手は力強そうで、鋭い爪が生えている。思わず手を握るのをためらってしまった。


「なに、ただの握手だよ。取って食ったりしないさ。それともこの辺りは握手の習慣がねえのか?」


 自分がまだ怯えていることをからかわれたようで、僕は内心少しムッとしてしまった。どうも彼は人を小馬鹿にする癖があるようだ。


 内心を悟られないように平静を装って、彼の手を握り返した。


「握手くらい知ってますよ。こちらこそよろしくお願いします、師匠」


 手を離してから彼が、


「今日はもう夜も更けちまってるから、修行は明日の朝からってことでいいな?」


 と言った。確かに今日はもう頭が一杯だ。そうしてもらえると助かる。


「はい」


「じゃ、おやすみ」


 と言うと彼は一つしかない寝床にさっさと入り込んでしまった。師匠なんだから当然という態度だ。


 彼があまりにも当然に寝床に入ってしまったので、僕は何も言えなかった。


 しばらく突っ立っていると彼が体を起こし、


「そうそう、忘れるところだった。お前さん名前は?」


 と聞いてきた。


 僕は彼が自分の事を知った上でここに現れたと思い込んでいたので、思わず間抜けな声が出てしまった。


「へ?」


 彼は呆れたようにこちらを見つめながら、


「名前だよ、名前。お前、名無しの何某じゃあるまいし、名前くらいあるだろう」


 と繰り返した。


「えっと、僕はイオです」


 と僕はやっと返事をした。


「そうか、イオね。ま、よろしくな」


 と言って彼はまた寝床に横になる。僕は


「はい……」


 と言ったが、彼はもう聞いていないようだ。


 今さら名前を聞かれるとは思っていなかったので、なんだか不安になる。彼は名前も知らない人間を弟子にしようとしていたのか。大丈夫だろうか。


 とにかく突然オークの師匠ができたわけだ。明日からどうなるやら不安がもたげてきたが、一番に解決しないといけないのは今晩の寝床の確保だ。


この先どうなるやら

のんびりお付き合いください

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