証明
「おい、お前まだ結婚してないのか」
そう言い放ったのは天道という名の昔の級友で、ついさっき偶然に街中で出会った。
それは実に十数年ぶりの再会だった。このセリフは「いま何してるんだ」という、いかにも自然でベターな会話の流れの中で天道が言い放ったものだった。
「いいんだよ別に結婚なんて⋯⋯、それに結婚なんてメリットがないだろ」
俺はコーヒーを一口啜る。いま俺たちは近くで見つけたカフェにいる。長話するつもりはなかったが、天道が奢ってくれるというので、暇だしまあいっかという軽い気持ちでついていった。
「言い訳だな」
天道は店内を見渡しながら、鼻で笑った。俺は天道の少し上がった口角を見て、だんだんと昔のことを思い出してきた。そういえば、こいつは昔からこうだった。何かにつけては俺を貶してきた。
「正直言って、結婚って子ども作ること以外メリットがないだろ。一緒にいたいなら何も結婚する必要はないわけじゃん。それに俺、子ども欲しいと思わないし」と、俺は反論した。
子供の件も正直どうでもいい。結婚したいやつは結婚する、したくないやつはしなければいい。それでいいじゃないか。周りがとやかく言うことじゃない。特に親でも親戚でもないこいつには。
「そんなこと言って、本当は子どもができないんだろ」
「はぁ?」
的外れな発言に語気が強まる。本当にこいつは人を不快にさせるのが上手い。
「自信がないんだろ、お前は」
天道はバカにした顔で俺を見ていた。正直言ってその顔面を殴り潰してやりたいと思ったが、思いとどまった。スッキリするだろうが後々面倒になるだろう。もしやるとするのなら徹底的に、完膚なきまでにやらなければだめだ。
俺は天道をかるく睨みつけ、改めて反論した。
「だからいらないって言ってんの。出来る出来ないとかじゃないから」
「どうだか。お前彼女もいないんだろ」
確かに俺に彼女はいない。だがそれは全く関係ない。
「余計なお世話だ」
「へっ、まあ童貞だろお前。どうせ」
俺は別に童貞ではない。だがその言葉が決め手となった。頭の中で何かが弾けた。やらねばなるまい。そして、そのとき俺はふと偶然にもある証明方法を思いついた。俺が人間として──男として──決して劣ってないということを示し、かつ、天道に仕返しする妙案だ。
「そんなに言うならなあ、証明してやるよ!」
「はいはい」
天道は冗談半分に俺の宣言を受け流した。
◇◆◇
あれから約一年後。俺は天道とあのカフェで待ち合わせをした。
「おぅ、久しぶり」
目が合った天道が声をかけてきた。カフェテラスで一人座っている。
「久しぶり」
「あの時の約束、まだ覚えてるよな」
「ああ、覚えてるよ。そのために今日は待ち合わせしたんだろ」
「そうだな」
こいつも決して暇ではないだろうに、一年前の約束のためにわざわざ来たところを見ると、よほど俺の子供に興味があるらしい。
「で、早速見せてくれよ。お前の子ども」
奴は写真でも見せろと言わんばかりに、手を向けてきた。あいにくだが写真は持っていない。俺は立ったまま奴に言う。
「そう焦るな、今から証明してやるよ。この近くに俺の車があるから、それに乗ってくれ」
俺は天道を助手席に乗せると、息子がいる場所へと車を走らせた。正直こいつとはあまり話をしたくないが、乗ってる間ひと言も話さないのは不自然に思えたので、確認の意味も込めて話題を振ってみた。
「そう言えば、お前は子供いたよな」
「おう。あ、お前は知らないだろうが、あれから息子も生まれたんだよ」
「へーそうか⋯⋯どうだ、可愛いか?」
俺は前を向いたまま訊く。車は大通りを進む。
「ああ可愛いぞ。お前んとこはどうなんだよ、可愛いか?」
「ん、いや⋯⋯」
一瞬、言葉につまり、話題を変える。
「お前は毎日ちゃんと子供の顔を見てるのか?」
「──ん? そりゃあ見てるけどさあ」
俺の不自然な切り返しに、天道は僅かに訝しげな目を向けたが、だが特に気にすることなくすぐに返事をした。
そしてその間の抜けた反応に俺は少し苛立ちを覚えると同時に、事が上手く運んだことへの笑いがこみ上げてきた。
「ふ、呑気だなぁお前は」
「あ? なんだよさっきから」
俺の違和感のある受け答えに、天道は苛立つ。奴は不意に思ったであろう疑問を俺にぶつけた。
「ていうかさ、お前彼女いなかっただろ。どうやってゲットしたんだよ。ナンパか?」
「⋯⋯⋯⋯」
俺は無言で受け流した。
「なんだよなんか言えよ⋯⋯。ま、お前にナンパは無理か、度胸ねえし」
しばしの間、車中に沈黙が流れた。車は住宅街に入る。
◇◆◇
「クイズを出そう!」
不意に俺が声を上げたので、天道はびくっと体を揺らした。
「なんだよ急に、クイズ?」
「そうだ、簡単なクイズだ。お前に一年前会ったとき、その時に俺には恋人や配偶者の類いはいなかった。そしてそれは今も変わらない。さて、ではどの様にして俺は自分に子供を創る能力が備わっていることを証明したのか?」
「はあ? 頭でもおかしくなったのか?」
「いいから考えろ!」
つい、声を荒げてしまった。驚いた天道は素直に答える。
「……女とやったんだろ」
「だからどうやって」
「え、いや。だから、適当に女を捕まえて無理やりやるとかさ⋯⋯」
天道は尻すぼみな声で言った。
車は住宅街の奥へと入る。目的地まではあと数分だった。
◇◆◇
俺は車を停めた。着いた場所は、表札に『TENDOU』と書かれている家の前だった。
「降りてくれ」
俺は天道を車から降ろす。
「おい、なんだよ。俺の家じゃねーか。てか、なんで場所知ってんだよ」
この期に及んでまだ天道は状況が呑み込めていなかった。
まったく、溜息が出るほど呆れる。俺は車の窓を開けると顔を出し、奴に言ってやった。奴はこのあと俺の台詞の意味を考えるだろう。そしていずれ気づく。ことの真相、俺が証明できていたこと、自分が復讐されたことに。
「お前も大人なんだからさあ、わかるだろ、なあ。大切に育ててくれよ。お前が父親なんだから」
【解説】
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語り手は級友の妻を寝取り、子を孕ませたのだった。