仕返し
僕は仕事の関係でとある国に行くことになった。
実はその国、治安があまり良くない。というか非常によろしくない。
と言ってもそれはおもに東側で、僕が行くのはその国の北よりだ。今まで独裁国家だったその国では、ここ数年、民主化を進めようと反政府派が一部で過激な活動を繰り返していた。反政府派は東側を拠点としている。
独裁と聞くと悪いイメージを持たれるだろうがメリットもある。独裁は決断が早い。民主主義では、皆の意見を聞いてから賛成と反対の可決をとる。これにはかなりの時間がかかり、急を要する場合には大きなデメリットとなる。それに独裁者が有能であれば、国民からの支持も得られる。現に僕が行く国でもそうだった。『そうだった』と過去形なのは、政治指導者である人物が替わってしまったからだ。不慮の死──と公にはなっているが、実際には不明瞭な部分も多い。今は新たな指導者が国を治めている。とは言ってもこの指導者もなかなかに優秀で、以前と比較すれば劣るものの実力は十分だった。
彼は前指導者の側近でもあり、それゆえ国民からの支持率は非常に高い。ただここは複雑なところで、以前の指導者が偉大過ぎたためか神格化されつつある。
ここまで行くとある種の洗脳に近いところがあったのかもしれないと疑わざるをえない。そのせいもあって、その国で指導者の侮辱に当たる行為は避けなければならない。治安が悪いと言ったのはそういった意味でもある。
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さて、僕が海外に行くということで、彼女が色々と準備をしてくれた。歯ブラシやハンカチ、服やカメラまでも用意してくれた。ここまでしてくれると逆に怪しく思えてしまう。というのも、実は一・二週間ほど前に彼女と大ゲンカして数日会わなかったことがあった。
彼女とは同棲していたが、ある日ふらっと帰ってきて何事もなかったかのようにいつもの日常に戻った。
どこかでストレスを発散したのか、何事も無く少しほっとする反面、何かあるんじゃないかとやや不安が残る。
しかしあの喧嘩で彼女にも少なからず非はあったので、もしかしたらそのことを反省して何も言ってこないのではないだろうか。僕もそれには触れずにいる。
取り敢えず僕は胸を撫で下ろした。それからは言い争うこともなく平穏な日々を続けている。不安だった海外出張の前に懸念材料が消えて僕はホッと安心した。
そして僕は無事にその国に到着することができた。仕事は順調に進み、何事もなく最終日を迎えることもできた。最終日は現地スタッフと解散し、一日観光することができた。
そしてそれは一人で観光している時だった。道で現地の人とすれ違った時、何かが逆鱗に触れたのか物凄い形相でこちらを睨んでいた。
早口と訛りで何を言っているかはさっぱりわからないが、僕の事を指差して罵詈雑言を浴びせているのはわかる。しかし突然のことで何が原因なのやら訳がわからない。知らぬ間に僕は地雷を踏み抜いてしまったのだろうか。服を掴まれそのまま人気のない路地裏に連れていかれ──そして、殺された。
【解説】
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現地の人は主人公の男を指差していたわけではなく、着ていた服を指差していた。その服は彼女から貰ったものなのだが、服にはその国の指導者を侮辱する言葉が書かれていた。