無意識の日常
二度寝は休みの日の特権だ。今日は七月七日、土曜日。
窓から差し込む太陽光がジリジリと僕の体を熱し、さすがにもう起きろよと、体が訴えてかけていた。
季節はもう夏だった。気づけば蝉の鳴き声が煩わしく響いている。僕は体を起こすと、額に薄っすらと掻いた汗を手の平でぬぐった。時間を確認するべく壁に掛けてある時計をみると、すでに昼の十一時を過ぎていた。
僕は欠伸をしつつ、寝ぼけ眼をこすりながら一階へと階段を降りた。階段を降りてすぐの廊下は陽の光が差し込まないためか幾分ひんやりと涼しげだった。蝉の鳴き声が異様に大きく聞こえる。人の気配をまるで感じない。みんな出かけているようだった。僕の家族は僕を除いて三人。親二人と弟一人だ。
父はサラリーマンで、母は主婦、弟は野球部に所属する中学三年生。で、僕は帰宅部の高校二年生。何処にでもいそうなありふれた家族構成だ。この状況は察するに、おそらく父さんは仕事、弟は部活、母さんは買い物といったところだろう。よくある休日のパターンだ。
とりあえず僕はリビングに入って明かりとクーラーのスイッチを入れると、腹を満たそうと隣のキッチンへと向かった。冷蔵庫の扉を開けて中を一瞥し、特にこれといって食べたいものが見当たらなかったのでカップ麺を食べることに決めた。
夏はよく昼飯に麺類が出る。暑くてだるいからと、茹でるだけでいい素麺やうどんは重宝された。だが毎日食っていてはさすがに飽きる。だからと言って、もとより料理ができない僕にとってはそれほど選択肢はなかった。
僕はヤカンに水を入れ湯を沸かしている間、今日は何をしようかとスケジュールをぼんやりと考えていた。外は暑そうだし出かけるのはよそう。部屋でゲームでもするかな。そういえば積みゲーがいくつかあったな。あれとあれ、それから⋯⋯⋯⋯⋯⋯
ピィィ! と言うヤカンの笛の音に我に返る。暑さのせいか少しボーっとしてしまっていたようだ。僕はちゃっちゃと昼飯を済ませると、二階の自室へと上がった。
◆◆◆
一、二時間後。小腹を満たそうと、何か食べるものはないかと探しに僕は一階に降りた。その時トイレから水の流れる音が聞こえてきた。玄関をちらっと確認すると革靴があるのが見えた。きっと父さんが帰って来たのだろう。なんだ、今日は休みだったのか。パチンコでも行ってたのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えながら、僕はポテチの袋を取ると再び二階に戻りゲームの続きを再開した。
しばらくしてゲームもひと段落ついた頃。隣にある弟の部屋のドアが開く音がした。カバンを置いてベッドにダイブしたのだろうか、ドサッという床に物が落ちる音とベッドの軋む音が聞こえてきた。どうやら弟も帰って来たようだ。
それからは三時間くらいゲームを続けた。
◆◆◆
六時を過ぎた頃には空は朱色に染まっていた。相変わらず蝉の鳴き声が大きく響いている。
ゲームにも少々飽きてきた。僕はコントローラーを床に置くと、暗くなりつつある部屋の明かりをつけるために扉の前まで行った。
「ふぁわ~」
欠伸が出た。立ったついでにトイレに向かう。少し眠い。暗くなった階段の電気をつけてから降りる。廊下は電気がついてなかったために薄暗かった。この場所はいつも暗い。わずかにリビングの扉の下から漏れる光が廊下を仄かに照らしていた。
僕は廊下の明かりをつけ、トイレに向かう。スッキリしてトイレを出ると、キッチンのほうからトントントンと包丁の小気味いい音が聞こえてきた。母さんが料理を作っているようだ。
そういえば母さんもいつの間にか帰ってたんだな。今晩の夕食は何だろう。
晩飯ができるまでもう少し時間がかかりそうだった。さて、それまで何しようか。漫画でも読もうかな。僕は二階に上がる。そしてベットに寝転がりながら適当に手に取った漫画を読みはじめた⋯⋯⋯⋯
「────うわ、寝落ちした。ふあぁ~⋯⋯、母さん起こしてくれよなぁ」
目が覚めてそんな独り言を呟きながら時計を確認すると、すでに夜の十時半を過ぎていた。
僕は階段へと向かう。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
家の中が妙に静かだ。さっきまであんなにうるさく感じた蝉の鳴き声も今はほとんど聞こえない。
僕は階段を降り、リビングの扉を開けた。
「あれ?」
誰もいない。違和感が脳裏をよぎる。
僕は急いで階段を駆け上がった。
弟の部屋を開けたが誰もいない。母さんと父さんの寝室、和室、風呂場、トイレ、家中探しても誰もいない。
そして気づいた──────
「今日は、誰とも会っていない」