すくわれないすくい
奴らの手がすぐそこまで迫っていた。
俺らはただ囲われた筐の中で無駄に逃げ惑うことしかできなかった。
奴らは特殊な環境下でしか生きられない俺たちをこの小さな筐の中に閉じ込め 傍観していた。俺は目の前で仲間が奴らに捕らえられていくのを ただ見ていることしかできなかった。
俺は仲間の顛末を知っていた。それはもしかしたら 祖先達のやりきれない思念が 子孫である俺たちに 前世の記憶として遺したものなのだろう。
だから俺――俺たちは解っていた。
捕らえられた仲間は 二 三日もすれば全てが死に絶えるだろう。奴らは捕まえるだけ捕まえ 愉しんだあとは放置する。劣悪な環境の中で 一つ また一つと仲間の亡骸が浮かび上がってくる。遺された者は 次は己の番だ と絶望に震えながら世界の残酷さを呪って 同じ道を辿り死んでゆく。
運が良ければ 奴らに与えられし新たな住処で生きながらえることができるかもしれない。
だがそこから出ることはまずない。一生をその小さな筐の中で過ごすことになる。生きられるだけまだマシだ と誰かは嗤った。
しかしそれと今とで大した差があるだろうか。
同じ場所をただぐるぐると回り続け 果たして何が変わるだろうか。変わらない景色のどこに生きる意味を見出せというのだろう。ちっぽけな俺には何一つとして解らなかった。
奴らは逃げ惑う俺たちを捕まえることだけが楽しみで その後のことなんか これっぽっちも気にしていなかった。
『まったく いったい何なんだよ! 俺らが何をしたってんだ!』
そんな叫びも 奴らの耳には届かなかった。全てが無意味だった。何もかもが違いすぎる。所詮はお遊び。俺らの命は どこまでも小さくて軽く そして儚く散る。だが たった一つのかけがえのない命なんだ。どれだけ軽んじられようが どれだけ弄ばれようが 俺たちにとっては唯一の命なんだ。易々と奪われていいもんじゃない。
また奴らの魔の手が伸びてきた。俺はすんでのところで身を捩り その追撃を躱した。一瞬 難を逃れる。だが直後 背後からまたしてもそれが現れた。俺はすぐさま走った。左右に動き 翻弄しながら仲間の間を縫っていく。しかし今度は一向に躱せない。どうやら俺は目をつけられてしまったようだ。俺は無心でひたすら走った。右へ 左へ そしてまた右へ 次は左 と見せかけてまた右へ。無規則な動きと 速さに緩急をつけてとにかく走った。
(――危ないッ!)
そう思った時にはもう遅った。
目の前に迫っていた壁に気づかず 俺は勢い余って激突しそうになった。なんとか回避しようと俺は身を捩ったのだが 俺は不覚にも場外へと飛び出してしまった。
そこは俺らが生きられない世界。
身を焦がす暑さと 締め付けられる喉。
しかし数秒だけなら持ち堪えられる。
(大丈夫。あと少しで戻れる。慌てるな 落ち着け。このまま行けば――)
だが――それはやって来た。
死角からの奇襲。いや 視界内で捉えていたところで この状況下での対応など不可能。
俺は横目で それが迫ってくるのをただ眺めていた。
その時 俺は死を覚悟した。
脳裏には仲間の姿が浮かび上がってくる。
俺は幾つもの仲間を 目の前で見送ってきた。気づくと消えていた仲間もいた。
あいつらはもう死んでいるだろう。
俺も腹を括った。
――さらばだ 皆んな。俺はこの場を離れる。望み薄だがもしかしたら 死なずにいられるかもしれない。そしたらまた 会えるかもな。じゃあ 皆んな元気でな。
そして俺は 奴らの一人に捕らえられた。
◆◆◆
「やった! 見て。また捕まえられたよ」
少女は無邪気に笑顔をこぼして 顔を上げる。
母は娘のその笑顔に 自らも顔をほころばせた。笑い合ってそれを楽しむ二人。だが彼女らは知る由もない。自らが掬ったその一匹が 何を思っているのかなど――。
「うわぁ すごい いっぱい取れたね! 紗奈ちゃんって金魚すくい得意だったんだ」
【後書き】
金魚すくいって改めて考えてみると残酷な遊びですよね。どこかの団体が声を荒げてたりするんでしょうか?




