異世界万歳!
俺の名は田中十一。高校二年生。本当にどこにでもいるような、ありふれていてどうしようもなく平凡な高校生だ。――いや、高校生だった。
だった、なんて言いかたをすると不穏に聞こえそうだが、別にそんなことはない。実は由緒正しき家の末裔だったとか、王家の血族だったなんてことももちろんない。ただ単純に引きこもりになっただけだ。
言うなれば引きニート。
早い話が学校生活に嫌気がさして、高校生という肩書きを捨てたのだった。ということでの引きこもり。いや引きこもりっつっても買い物ぐらいとかには行くよ?
まあそんなライトノベルではお馴染みのあのニートだよ。そしてライトノベルでニートとくれば、もれなく異世界転生だよね。だってそうだろう? 社会的に地位があったり、現実世界で充実している奴らが転生する意味がないんだからさ。しちゃいけないとすら思っている。だってライトノベルにおける異世界転生は《救済》なんだよ! 現実ではダメダメな奴らが、転生した地で頑張るからウケるんだ。わかるだろこの気持ち!
そしてそんなニートであり転生する素質を持っている俺は、深夜のコンビニでの買い物中、トラックにはねられた。
そして気がついたら、そこはなんと異世界だった!?
なんでわかったかって?
だってお前それ――俺が待ち望んだ世界がそこに広がっていたからさ! レンガ造りの建物、中世のヨーロッパを彷彿とさせる街並み、魔法がこの世の根底に存在する世界! 俺は常々こんな世界で生活したいと思っていた。それがこうして実現したんだ!
俺は街中を歩いていると、一人の少女と出会った。彼女は複数の男に囲まれていた。なるほどそういうことか、と俺は思った。これはある種のイベントなんだ。ここで俺が助けに入ることで物語は動き始めるってわけだな。
そして俺は普段なら――現実世界であれば絶対にあり得なかったであろう行動をとった。男たちに話しかけ、彼女を見事に救い出したのだ。言葉が通じているのは、やや御都合主義っぽく思えたけど、そこはまあお約束ということで。
そして俺はその女の子が働く宿に泊めてもらえることになった。いやぁ良いね! 実に素晴らしいよ。本当に俺が待ち望んだ世界がそこにはあった。女の子も俺好みの可愛い娘だし、それに何だか俺に惚れてるっぽいし……? たは! 参っちゃうねこれは。
次の日。街の中を散歩しているとこれまた俺は驚かされた。何とそこには、日常に溶け込んだように人外がいたんだ。
「あれはなんだ、ゴブリンってやつか? あ、あの娘は獣耳が付いている!」
そして一瞬空から影がさした時、俺はばっと天を見上げ、また心の底から驚かされた。
「ドラゴンだ!」
鳥なんかじゃない。あの大きさや見た目、翼の形。間違いない。ファンタジーには欠かすことのできないあのドラゴンだよ!
俺の興奮は止まらなかった。
そうして街中を色々と探検した。剣や防具を売る武器屋、魔道具や魔道書を扱う店、見慣れぬ食材を売っている店があった。俺はたまたま見つけた質屋に入って、ポケットにあった財布からいくらかの小銭を取り出し見せてみた。この世界じゃもう金としての価値はないし、換金ってわけじゃないけれど「珍しい素材でできている」とか言ったら買い取ってくれるかなぁなんて淡い期待で出してみた。この世界に住む以上金は必要だからな。ダメ元で言ってみたそれだったが、驚くことに実際そうだったらしく、結構高値で小銭を買い取ってくれた。いや本当なんていうかさ、俺ついてると思う。
ということでせっかく臨時収入もあったことだし、飯どころに入ってなんか食べようかなと思った、その時。ふと俺はあれの存在を思い出して、探しまわった。前の世界ではあり得ないコミュ力を発揮して、色々と聞いて回った。魔法と剣とくれば絶対あれがあるはずさ……。
「あった!」
予想通りそれはあった。冒険者ギルドだ。
早速俺は受付に向かった。中に入ると、いかにも屈強そうな男たちが手続きしてたり、仲間たちと談笑しあったりしていた。俺の興奮は最高潮に達し、ワクワクが止まらなかった。そしてゲームやラノベである程度知識があった俺は、尻込みすることはなかった。
その後のことを簡単に説明すると、こんな感じになった。まず俺はそこで魔法適性検査を受けさせられた。言っちゃあなんだが、結構自信があった。いずれ魔法使いになるはずだった俺に魔法適性がないわけないだろっていう、ある種の自虐だったけど、本当俺は恵まれていた。よくわかんないけどめっちゃレアで最高ランクの属性だって判定されたらしい。
周りの驚きぶりがそれは本当に凄まじかった。いろんなところから勧誘を受けまくってやばかったよ。で、結局俺はとあるギルドに所属することに決めた。そこに決めた理由は、可愛い女の子が結構いたからってそれだけだけど、こういうのって大事だろ? モチベ上がるし、かっこいいところとか見せれば、いい感じになれそうじゃん?
いやほんとに、異世界万歳ッ!
◇◆◇
一人の女性が丸椅子に腰掛けていた。彼女はベッドの上で横たわる息子の手を握っていた。その腕にはひとつの管が伸びており、その先は点滴袋と繋げられていた。
彼女の息子は事故に遭っていたのだった。
息子は一命を取り留めたものの、一ヶ月以上経った今でも、未だに目を覚ましていなかった。医者が言うには、脳に異常は見られないとのこと。
ならなぜ目を覚まさないのか。辛い現実に戻ることを避けているのだと母親は悟っていた。そして時折り息子は何かを呟いていた。
カタカナ用語で母親にはそれがなんだかわからなかった。ただ、その時楽しげな表情を息子は作る。だから母親はその時だけは少しだけ嬉しくなった。
そっちの世界で楽しくやっているのだろうと――。
【後書き】
今回のオチを少し説明しますと、異世界に転移したと思ったら実はただの夢だったというオチです。夢オチは、オチとしてはタブーと言われています。その理由はとてもシンプルで、どんな結末でもこのオチで全て片付けられてしまうからです。ですが今回その夢の内容は、なろうではお馴染みの異世界転移ものです。私はこのなろうで異世界転移話が流行ってることも、いくつかの作品を読んだこともあるのですが、実はその最後というものを読んだことがありません。そもそも完結していなかったり、タイトルとあらすじだけ知っていて実際に読むことはしていなかったり、完結はしているけれどまだ初めの部分しか読み終わっていなかったりという具合です。実際にはどんな感じに終わっているのか、ネタバレしてもいいので感想欄に送ってくれるとありがたいです。
さて話を戻しますと、なろうにおける異世界転移話のオチとして、夢オチは実に上手い具合に合致してまとまっていると思われます。いくつか例を挙げてみましょう。
①なぜ唐突に異世界に行ったの?→ 実際には行っていません。加えて異世界転移するきっかけが事故だったりするので、夢オチと繋げやすい。
②ご都合主義な話が多すぎる! →いやいや何を言っているんだ。妄想の中の世界なんだから、自分の都合がいいようになっているのは当たり前だろ?
③簡単にハーレムが作れるは納得がいかない! →これも当然でしょ? 夢の中なら何をしたっておかしくないし咎められない。当然女の子をはべらせたいという夢を持っているなら、そういう展開になる夢を見るはずだ。
④主人公強すぎる→ やっぱり強くなって無双したいじゃん。夢の中ならそれが可能!
⑤なんで異世界のはずなのに人間いるんだよ! なんで大気組成が地球と同じなんだよ! なんで言葉わかんだよ! → 言葉がわかるのはやはり夢だからだね。
⑥主人公環境の変化に戸惑えよ! すんなり受け入れるなよ! 違和感覚えろよ! → 夢って見てる時は普通だけど、起きてから思い出してみると結構おかしかったりする。つまりおかしいと感じないのは夢だから。
ということでいろんなツッコミを入れたくなるなろうの異世界転移だが、こうしてみるとやはり夢オチとは相性がいい。そもそもラノベ自体が、読者や作者の願望や妄想を疑似体験する娯楽なのだから、そういう要素は入れていかないと読まれない。だがなんでもいいわけではなく、やはりオチは必要。ということで夢オチでした。




