最期の言葉
『自殺したくなったら開きなさい』
義理の父から聞いたおそらく最後の言葉だ。
それは会話というより一方的に言われただけの、返事など待つ気のない捨て台詞のようなものだった。
そしてその時の私は、そんな言葉とともに一封の封筒を手渡された。
「何が入ってるんですか?」
私がそう聞いても、義父はまるで聞こえてないかのように目を閉じてそっぽを向いた。
それから数日後、容態が急変し、義父は何も言わないまま病院のベッドの上で息を引き取った。
あれから約一年が経った。
一周忌の法要で私はあの封筒の存在を思い出した。中身は気になるが、まだ開けてはいない。約束は守っている。
持った時の感触からしておそらくその中身は手紙だろうが、しかしそこには何が書かれているのだろう。
励ましの言葉だろうか? それとも隠し財産の在り処が記された地図でも入っているのだろうか。あるいはもっと単純に、楽に死ねる方法でも書かれているのだろうか?
改めて考え始めると気になってくる。
――果たして、私は自殺するのだろうか?
自問してみたが、今のところその気配はない。義父は、私がいつか自殺するような柔な男だとでも思ったのだろうか?
――いや、多分違う。
結婚式で義父が力強く言い放った言葉が脳裏に浮かぶ。
『麗子の事、よろしく頼んだぞ』
あれは私のことを見込んでの言葉だろう。
であるなら、あの今際の果ての台詞は、もしもの時の保険と読むのが正解に近いはずだ。
どんな屈強な男だって状況によっては絶望もする。未来において、その可能性は否定できない。
事故に巻き込まれて両脚を切断した。
詐欺に遭い、全財産を失った。
病気が原因で視力を失った。
人が絶望する理由なんていくらでもある。そしてそれは何の前触れもなく訪れる。もし何か絶望するようなことがあれば、私は自殺を選ぶかもしれない。その時の保険。
もしも絶望に打ちひしがれ、死を選ぶより他ないと思うほどの事態に陥った時、それを打開できる何か。
想像できるのは――金。
それしかない。
地獄の沙汰も金次第と言うだろう。
金で回避できる問題はいくらでもある。
ただそうだとすると、いくつかの疑問がわく。
なぜ義父は素直に金を渡してくれなかったのだろう。税金対策だろうか? 確かに絶望を回避できるほどの大金なら、その説は納得がいく。
それに金は時に人を不幸にする。宝くじで一等を当てたにもかかわらず、破産するような奴は実際にいる。浮かれて金を使いすぎて底を尽きたにもかかわらず、元の生活水準に戻すことができなくなり、生活苦に陥るという仕組みだ。
初めから金を与えてしまえば、それこそ自殺する要因となりかねない。
そこは納得がいく。
だがそうすると、もっと根本的な疑問が湧いてくる。もし絶望を回避できるほどの大金なら、それは一体どこから得たものなのだろう。
もしも汚れたお金なら⋯⋯
しかし私がいくら想像を巡らせたところで、所詮は想像。全くの見当違いをしているかもしれない。
そこで、改めて自問してみる。
――私は、自殺するのだろうか?
もし仮に自殺を決意するにいたったとして、果たしてあの手紙のことを思い出すだろうか?
仮に思い出したとして、そこに書かれている何かが、本当に自殺を思いとどまらせるほどの力を持っているのだろうか?
はじめに想像した通り、楽に死ねる自殺方法が書かれていたのなら、それは慰めにもならない。
本当に何が書かれているのだろう⋯⋯
そうして私は、一日中このことについて想像と考えを深めていった。
そしてある一つの決断を下した。――そうだ、もう開けてしまおう、と。
人間、いつ死ぬかわからない。それは明日かもしれないし一時間後かもしれない。あるいは十年後かもしれないし二十年後かもしれない。そんなのはわからない。だからこそ、いま中身を確認する必要がある。
気になって死ぬに死ねない。
だから私は書斎にこもり、一人静かに手紙の封を切った。
中には二つの鍵と、二枚の便箋がきれいに折りたたまれて入っていた。その内の一枚を広げてみる。その中にはこう書かれていた。
『高雄君へ。君が今この手紙を読んでいるということは、君は自殺を決意したのだろう。それは決して賢明な判断とは言えない。君は結婚式で娘のことを一生をかけて守ると誓ったはずだ。あの言葉に偽りがないことを私は心から願っているが、だとしても今の私にできることは何一つとしてない。私はもうすでにこの世にはいないだろう。もしいま君が麗子の死に絶望し、自殺を考えているなら止めはしない。迷わず彼女の元に行きなさい。だがもしも麗子が生きていて、それでも何かに絶望し自死を選ぶというのなら、その時は×××に行きなさい。ただ正直言って私は君に失望する。本来なら君は麗子とともに苦難を乗り越えなければならないはずだ。だがそうは言っても、それは君たちの問題で、私が口を出す権利も機会もない。止めろと言っても、無理なものは無理だろう。だからこそ君にこれを残した。そこに行けば一台の車があるはずだ。その車に乗って地図に書いてある道を通って、〇〇〇に行きなさい。ただし行く前にいくつか注意点を述べる。一つ、麗子には『友人に借りた車を返しに行く』と言いなさい。そこで何か聞かれても、正直に答えてはならない。適当にはぐらかしなさい。二つ、誰にもこの手紙の存在は教えてはならない。ゆえに必ず行く前に、この手紙は燃やすなどして処分しなさい。三つ、他の誰かに代行してはならない。もし君が出来ないのなら、その時は諦めなさい。
最後に、もしこの手紙を読んで自殺を思いとどまったのなら、その時は地図とともにこの手紙を燃やしなさい。そして手紙のことなど忘れて、二人でともに生きなさい。それが二人にとっての、私にとっての何よりなのだから』
もう一枚の便箋を開くと、そこには地図が描かれていた。どうやら私の予想は半分当たっていたようだ。だがいまいち要領を得ない。目的地には何があるのか? 予想した通り、隠し財産が眠っているのだろうか? それはまだわからない。そして何故この期に及んでその目的を記さないのか⋯⋯?
疑問がいくつも湧いてくる。
――私は、そこへ行くべきなのか?
手紙を読めば、すっきりすると思ったがそれは全くの誤算だった。これでは余計に気になってしまう。
『麗子には言うな』『代行するな』
書かれていたあの文言。公には出来ない何かが関わっているのだろうか? やはり汚れた金か⋯⋯?
そうだとしても、ここで引くわけにはいかない。毒を食らわば皿まで。
だから私は地図に書かれた場所へと行ってみることにした。
◇◆◇
次の日の事。
「なあ、ちょっと出かけてくるよ。友人に車借りててさ、返しに行かなきゃならないんだ」
その日休みだった私は、妻と昼食を食べた後、そんな風に話しを切りだした。妻は特に気にする様子もなく、
「あらそう、行ってらっしゃい」
と、呑気に返事を返してきた。正直色々と設定を考えていただけに、私は少し落ち込む。
「それじゃ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
私はまず車が置いてあると言う×××へ、バスを使って向かった。
到着すると、その場所には古びたガレージがポツンと点在していた。改めて地図に書かれている住所を確認する。どうやらここで違いないようだ。
ガレージにはシャッターが降りていて、錠も掛かっていた。私はポケットからあの封筒に入っていた鍵の一つを取り出し差し込んでみた。
カチリと音がして、錠は開いた。
錆びついて動きにくいシャッターを上げると、そこには手紙に書かれていた通り、一台の車が置かれていた。
車はだいぶ埃を被っていた。
見た目はかなり古いものに見えるが、はたして大丈夫だろうか。
私は改めて考えた。
それにしても、義父の意図が読めない。この車に乗って指定された場所に行くことに何の意味があるのだろう。
とりあえず私はもう一つの鍵を車に差し込んだ。ドアを開け、エンジンをかけてみる。
少し変な音がするが、まだ使えるようだった。
私は、一度車から降りて手紙をライターで燃やした後、手紙の指示通りの道を通って目的の場所へと向かってみることにした。
◆◆◆
なんだか変な気分になる。私は一体何をしているのだろう。義父の言いつけを破り、好奇心のままに、目的もわからず車を走らせている。
車中、いろいろなことを考えてしまう。今の私は自殺する気など毛頭ない。だからなのか、義父の意図がまるっきりわからない。ただ“この車で”行くことに意味があることは確かだ。私自身、自分の車は持っているし、そのことを義父も知っていた。そこに行くことが目的ならわざわざ車を義父が用意する必要はない。そこで一つ思いついたのは、この車には相当な価値があると言う説だ。例えばこれから向かう場所には、この車を欲しがっている人物がいるとしよう。その人物はこの車を見て『欲しい、売ってほしい』と話しかけてくる。そこで私はこの車を売る。そして大金が手に入り、私は自殺を思いとどまるという。うん、なかなか面白い説だ。
もう一つ思いついた説は、実はこの車は呪われた車だったという説だ。
『この車に乗った者は7日以内に死ぬ』
みたいな呪いがあり、それを利用し自殺するというもの⋯⋯。
自分で思いついていてなんだが非常に馬鹿らしい。あの堅実な義父がオカルトを真面目に信じているとは思えない。
義父は何をさせたいのだろう⋯⋯?
車は一般道を抜け、高速へと入った。
私は時折地図を見て、ルートを確認する。義父は移動手段とともに、通る道まで指定してきた。とすると、そこにもやはり意味があると考えるべきだろう。この道に何かがあるのだろうか⋯⋯。
私は漠然と考えながら運転した。
年季の入った車、ルートの指定、妻に秘密にすること、そして自殺したくなったらという大前提⋯⋯
(あっ、そうか――ッ!)
突如、私の脳内に一つの仮説が浮かび上がる。だがすでに遅かった。
カーブに差し掛かった瞬間、急に車の制御が利かなくなった。
「くっ、クソッ!」
うまく曲がり切れずに、車体をガードレールに擦りつける。ブレーキを踏むが思うように働かない。車体が走路に対して垂直に向き、勢いそのままに二転三転転げ廻る。ドアガラスは割れ、フレームは曲がり潰れる。
豪快な音を立てて鉄の塊は地面を擦り付ける。
四、五十メートル進んだところでようやく車は、天井を下にしてその動きを止めた。
私は頭と身体を強く打ち、意識が朦朧としていた。車体に挟まれ自力では動く事ができない中、内心で思った――。
私はなんて愚かなんだろう。
考えるまでもなく、初めから答えは出ていたではないか。
『自殺したくなったら開きなさい』
義父は私を自殺から救う何かを遺してくれていると思っていた。だがそんなのは私の希望的想像だ。何故手紙に〇〇〇へ向かう理由が書かれていなかったのか。それは書く必要が無かったからで、必要が無いのは、そこへ辿り着けないからだ。
つまり義父の筋書きでは、私はそこに行く途中に事故を起こし死ぬ。車に細工がしてあったに違いない。そしてこの道も事故多発地帯なのだろう。だからこそ、義父はルートを指定していたのだ――事故が起きる確率を高める為に。
それは義父としての責任か、或いは苦楽を共に一生に送ると誓った私の裏切り行為を断ずる為か⋯⋯。
⋯⋯いや、どちらとも違う。
もっと現実的で、建設的な理由だ。
自殺させるだけなら他にいくらでも方法はある。それこそ、苦痛を与える事が目的なら幾らでも。
でもそうではない。こんないかにも不慮の事故に見えるような自殺方法にする理由。
そして私は思い出す。
あの手紙を渡されるだいぶ前に、義父から聞かれたこと。
『高雄君は、ちゃんと保険に入っているかい?』
自殺と事故死では支払われる保険料に大きな差がある。
つまり、全ては麗子のため。
一人勝手に死ぬなら止めはしない、だが――死ぬなら死ぬで、有意義な死を――。
そういう事なのだろうか。
今更義父の真意なんてわからない。
もうそれもどうでもいい。
だが一つだけわかる事がある。それは、私がいかに愚かな人間かということだけだ。
「⋯⋯⋯⋯」
そして、私の意識は闇の中へと消えていった。




