空から落ちてきた男
俺にはビジネスパートナーがいる。
自称『世界一の天才』
そんな彼──名は匿名希望ということなのでM氏とでもしておこう──に、久々に会いに行った。
俺は彼と契約して彼が発明したいろんなものを金に替えるという仕事で生計を立てていた。今日は近況報告がてら面白い話を手土産に、彼のところへと足を運んだのだった。
「お前ってニュース見るのか? じつは今日、とっても奇妙な事件が起きたんだけど、天才を自称するお前でも解けないんじゃないか」
機械をいじるM氏に俺は声をかける。M氏は振り向きもせずに機械をいじり続けた。
「それで、どんなニュースだ?」
「聞いて驚けよ。とっても不思議なんだけど、××区に〇〇って場所があるだろ。そこでなんと、身元不明の人間が空から降ってきたんだ。飛び降り自殺なんてことじゃない。その場所は周りに建物なんか全くないんだ。しかも落ちてくる人を目撃した人が言うには、すくなくとも地上から100メートル以上の高さから落ちてきたらしい。まぁ、高さなんて目測でそう正確に測れるものじゃないから100メートルってところに信憑性はあまりないけど、とにかく高いところから落ちてきたことは確かだ。これを聞いたらヘリコプターとか飛行機から落ちてきた人間なんじゃないかって思うだろう。俺だって思ったよ。ところがこれまた奇妙なことに、その時間帯に現場上空を飛んでいた飛行機やヘリコプターは一機もなかったんだ。落ちた人はいたって普通の格好をしていて、ハンググライダーで飛んでいたとかスカイダイビングをしていたなんてことじゃない。な、不思議だろう。一体そいつはどこからやってきたって言うんだ? さあどうだ? お前の頭脳をもってしても、こんな奇妙な事件は解けないだろ」
すると、聞き終えたM氏は溜め息をついて言い切った。
「はぁー⋯⋯。実に面白いねえ。いや実に数奇な運命だろう。こんなのは問題にすらなっていないよ。簡単すぎる」
「なら、是非とも真相を教えて欲しいね」
「問題は実に簡単で、君は一体”誰に”この話をしているかだ。答えは、君が話し始めた最初のフレーズでもう察しがついたよ」
「だから早く説明してくれよ」
はぐらかすM氏に、俺は苛立ちを覚える。
「答えは簡単。しかしそれを説明するには時間がかかる。いや、適切ではないと言った方が正しいだろう。それはとても長いが、しかし待てないほどではない。せいぜい五年ってところだな」
「なぜそんなにかかる? 本当はわかってないのをうやむやにしようってんじゃないだろうな」
「ならば実際に待てばいいじゃないか。なんなら金でもかけようか? そうだなあ、百万でどうだ?」
「いいねぇ。だが五年もあれば謎は解明されているだろう」
「では、私以外の誰かが謎を解いても金をやろう」
「本当か? 絶対だからな。忘れるなよ」
「お前こそ、絶対に忘れるなよ」
◆◆◆
そうしてあの日からちょうど五年の月日が流れた。自称世界一の天才は、その天才性ゆえか世界から全く理解されず、今日まであいも変わらず日陰の生活を送っている。馬鹿と天才は紙一重というが、実際の所はどうなのだろうかねえ。
そして俺はM氏に解かれることのなかった謎の説明を求め、彼に会う約束を取り付けた。すると彼は珍しく外で会うようにいってきた。
「空から落ちて来た不思議な人間の話をするのためには、実際に高いところに行こう。そこで、あそこだ」
M氏が指定した場所は、高さ四百メートル、展望デッキまでの高さでさえ二百メートルはある、この国随一の高さをほこる電波塔だった。五年前にはこのタワーはまだ完成されておらず、建設すらされていなかった。
たった数年でこんなものが出来上がるとは人間って本当にすごいよなあなんて、そんなことを考えながら俺は、展望デッキで彼を待っていた。
そこから見下ろす地上の喧騒は、まるで他人事のようにもおもえた。そして一人観光を楽しんでいると、程なくしてM氏がやって来た。
「おいおいほら見ろよ。人がゴミのようだ!」
異様にはしゃぐM氏を横目に、俺はさっそく本題に入った。
「──で、来て早々だが五年前に起きたあの奇妙な事件の真相を教えてくれないか」
「いいだろう。約束したからな」
M氏は、おほんと仰々しく咳払い一つして、説明に入った。
「ではまず、君が五年前にあの話をした時、聞き終わった僕は君になんといったか覚えているか?」
「ああ、たしか──『僕を誰だと思っている?』だったかな」
「厳密には違うが、まあそうだ」
「うん、お前が(自称)天才なのはわかってるよ」
しかしM氏は首を横に振る。
「違う。そうじゃない」
「──はい?」
その言葉に、俺は何故だか違和感が残った。
「ところで僕が一人、何の研究をしていたか君は知っていたか?」
「知るわけがないだろう。俺が聞いてもひた隠しにしてたじゃないか」
「では今、その全てを明かそう」
これだよ、とM氏はどこからか小さな四角い装置を手渡してきた。
「これがそれか?」
「そう。──押せば全てがわかる」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべるM氏。
俺がボタンを押すと、装置が”キイィィン”と甲高い音を立て始めた。
「なに、あと30秒ほどのことだ。さて、では君に最後の説明をしておこう。五年前の事件が起きた場所、それはちょうどこのタワーが建てられている場所だ」
M氏は真下を指差す。
床ではなく、そのもっと下の──“地上”。
「⋯⋯あっ」
そのとき俺は気づいてしまった。違和感は確信へと変化する。鼓動がすばやく脈を打ちはじめ、額から脂汗が滲みでた。
何故気づけなかった。ここがあの事件現場の真上だって事に。
確かにあの後すぐに興味を失った俺は、この件に関してさして詳しく調べることはしなかった。今ここにいるのは、五年後に自分に届くように出した手紙のお陰。ただで百万手に入れる手段をみすみす手放すわけがない。いや⋯⋯だがしかし、気づけた所で意味はなかった。もしこの予想が本当なら足掻くだけ無駄だ。もう何もかもが遅い。いや、初めから詰んでいた。
「いま君が持っているそれは、人類史上最も偉大で危険な発明品だ」
M氏が淡々と説明を続ける中、俺の中であの時の謎が氷解していく。
そう、何故M氏には直ぐに真相がわかったのか?
「数多のSF作家が題材として選んだ古典的なテーマ」
──それは、“こいつが犯人”だから。
「その存在はパラドックスを生み出し、理論的に不可能だと言われ続けた」
滔々と語るM氏の横で、俺は悟る。
何故、五年の歳月を待たなければならなかったのか?
「SFの中でしか存在し得ない架空の装置。実現不可能と言われたソレを」
──それは、“この塔が出来上がるのを待っていた”からだ。
「だが僕はついに完成させた! 誰もなし得なかった偉業。誰もが一度は想像するあの夢の装置を──」
そして、なぜ俺は今この場に立っているのか。
「その名は──タイム・マシンだッ‼︎」




