ムービー
「あら可愛いですね」
「そうか? こんなしわくちゃな顔」
そこに写っていたのは一人の赤ん坊の姿。
それが可愛いと、俺はお世辞にも言えなかった。
「彼はどんな人生を過ごすのでしょうね」
「さあな⋯⋯」
知りたくもない。きっとつまらない一生を過ごすのだろう。
「ほら見てくださいよ。元気におっぱい飲んでいるじゃないですか」
必死になって母親の胸にしゃぶりつく赤ん坊。母親は目を綻ばせている。
どこか温かみのある空間。
俺は胸の奥が熱くなるのを感じた。
「もうはいはいしてますね。元気に育っているじゃないですか」
「そうだな」
「あらあら、口におもちゃ突っ込んで。やんちゃですねえ」
「赤ちゃんなんてそんなもんだろ」
「お、立ち上がりましたよ。この年にしてはすごい方じゃないですか」
「この年にしてはな」
目の前には大きな白いスクリーン。
そこには一つの家族が映っていた。
「公園で砂遊びですか。無邪気ですな」
「砂まみれだ、汚い」
「おっと、もう小学校入学ですか。はは、緊張してますね」
「まだ大丈夫だろ」
桜の花びら散る中で、父親と母親の間に挟まれ校門前で写真を撮られる少年。
その顔からは緊張が解け、無邪気なものへと変わっていた。
「校庭で駆け回ってますね」
「このあと転ぶけどな」
「授業中は結構静かですねえ」
「馬鹿なんだよ」
「おっと、母親と喧嘩ですか。これはこれは」
その映像からは音が流れない。二人が何を言っているかはわからなかった。
「もう中学生ですか。月日の流れは早いですな」
「そうだな」
「腕に何か描いてますね」
「刻印だな。中二病ってやつだ」
「へえ、これはまた面白そう」
面白くもなんともない。だってそれは。
「家で寝てますね、ずっと」
「勉強すればいいのにな」
「学校行かないのでしょうか」
「行かないんじゃなくて行けないんだろ」
また桜が散る季節がやってきた。
「ずっと部屋でゲームしてますね」
「好きなんだろ」
「また母親と喧嘩ですか。大変ですね」
「本当、馬鹿だよ」
「あらあら随分とお太りになられて」
「部屋から出なければそうなるわな」
「ちょっとも出ないんですかね」
「夜中に出てるぞ。あ、ほら」
推定三桁キログラムの男がのそりのそりと道を歩いている。
「どこ行くんですかね」
「コンビニだな。腹減ってたんだろ」
ああ、ほら店員が汚いものを見る目で男を見ている。
無精髭も剃らないから余計に汚い。
「あれ? 玄関の前で叫んでますね。鍵を無くしたんでしょうか」
「違うな。あれは」
追い出されたんだ。男はのそりのそりとどこかへ向かう。
「公園ですね。まさかあそこで寝るんでしょうか」
「それしかないだろうな。どこにも行き場所がないんだから」
「でもほら、ああやっぱり、変な目で見られてますよ」
「仕方ないだろ。人生を捨ててきたツケだ」
「おや? また家に向かってますが」
「無駄なのにな」
「ははは、追い返されてますね」
何を笑っている。
「またコンビニ行ってますね。お金あるんですかね」
「ないだろうな」
「⋯⋯あ」
男は服の下に未会計の商品を入れた。だが。
「見られてましたね。馬鹿ですねえ」
「本当馬鹿だよ」
走って逃げようとする男。しかしその速さは亀のように遅い。あっという間に店員に捕まる。
「このあとどうなるんですかね」
「知ってんだろ」
「あはは、そうでしたね」
男は店員を振り払った。脂肪の塊が店員を跳ね飛ばす。
その隙に再び逃げ出そうとする男。そして。
「あらら。ミンチだ」
車道に飛び出した男は、走ってきた大型トラックに轢かれて一瞬にしてぐちゃぐちゃになった。
肉、内臓、血液は飛び散り、周囲は惨憺たる有様になった。
「いやあ、なんというか見ていてつまらない一生でしたよ」
「そうだな」
面白くなくてすまなかったな。
「どうでしたか。自分の人生を一通り振り返ってみて」
「くそだったよ」
ほんと糞みたいな人生だった。
「まさか死んだ後に走馬灯を見せられるとは思ってなかったけどな」
「みんなそう言います。ですが死ぬ前に見たからって何か変わりますかね。不思議ですよ人間は」
「そうだな」
「さあそろそろ逝きましょうか」
「ああ、行こう」
俺がこれから向かう先は天国か地獄か。それともそのどちらでもないのだろうか。
来世があるなら是非良いものであると願いたい。