六 幼稚園児デビュー
六 幼稚園児デビュー
俺が山下皐月として生まれ変わり、早三年。すくすくと成長し、もちろん歩くことも話すこともできるようになった。
こうして自分の思った通りに体が動くことがこんなに嬉しいことだとは。
赤ん坊の時から意識はしっかりしてただけに歯痒い思いを沢山してきたが、大分自由となった。
そして今日から幼稚園児である。
「こら花子! またあんたの羽根が部屋中に散らばってんのよ!」
美樹は三年という月日を感じさせない。
ずっと一緒にいるからか分かりにくいが、強いて言うなら以前よりも少し大人びただろうか。
現在はOLと、主婦を両立させ立派に頑張っている。
「違いますよ! それは大家さんの羽根です!」
一方、花子はあの沖縄旅行から大家の家に住んでいる。
つまり隣の部屋である。
何万年も生きる彼女にとって三年など身体の変化に微塵も影響しない。
天界に帰らなくていいのだろうか。
「アタシに羽なんかないわよ! ミキティ! 花子が私に罪を押し付けるのぉ!」
大家が花子と小さな言い争いをするのも何度見た光景だろうか。
約二年前の沖縄旅行の後、大家が花子を引き取ると言った時には驚いたけど、お節介焼きの大家さんらしい決断だった。
この人が一番見た目が変わってない気がするのは気のせいだろうか。
壁という隔たりがあるけれど、もはや隣同士で自由に行き来しているため、一つ屋根の下で四人で暮らしているようなもの。
やはり、大家さんだけでも騒がしかったのに、花子までいるとなると公害レベルであるが、賑やかでなんだかんだ美樹も俺もこの生活が満更でもなくなっていた。
「ほら皐月! 今日から幼稚園でしょ用意するわよ」
美樹は入園式用にフォーマルな格好をし、化粧をしている。
「分かってるよ。お、お母さん」
はい。俺の第一声。喋れたら喋れたで少し美樹との会話に困るときもある。
美樹をお母さんと呼ぶのも気恥ずかしさがある。
「それにしても皐月ちゃんも大きくなったわよね! 大家びっくりよ! それよりこの子大人っぽいわね。将来が楽しみだわ!」
まぁ中身が中身だからね。幼稚園児のふりって難しいもんだ。
赤ちゃんプレイをしてるようで惨めな気持ちになるんだよね。それより大家さんの名前ってなんていうんだろ。
「じゃあ行こっか! 皐月!」
美樹はいつもより高めのハイヒールを履き、俺の手を引く。
その時、大家と花子が目の前を立ちはだかる。
「ちょっと待ちなさいミキティ! ワタシ達を忘れちゃ困るわ!」
「ふふ! 私も行きます!」
「えっ? なんで二人が来るの? 別に楽しいもんじゃないわよ入園式なんて」
「あんま来て欲しくなさそうね! 皐月ちゃんの晴れの舞台なんだから私達が行ってもおかしくないわよ!」
「です!」
我が儘も二倍になるから鬱陶しさが増す。時間がないので美樹もイライラしてきた様子。
「それもそうだけど、あんた達の恰好どうにかしなさいよ」
大家はいつものタンクトップ姿に申し訳程度フォーマル要素の蝶ネクタイをしている。
花子に至っては何も普段と変わらない。
二人は何が問題なのか分からないようでキョトンとしている。
美樹は頭を掻き毟り、いつもより大きなため息を吐く。
「もう良いわよ。じゃあどっちか一人だけ連れて行くわ。二人で話し合って」
すると、空気が一変。大家と花子は顔を見合わせた後、言い争いがいつも通り始まる。
「花子。ここは私に譲りなさいよ。居候でしょ?」
「はい? 大家さんが入園式に行ったら、園児達が泣き出しますよ」
「いやいや花子なんて正装じゃなくて普段着じゃない。百歩譲っても羽生やしたままはまずいわよ」
「は? この羽は天界ではフォーマルドレスみたいなものですから。そもそも大家さんこそタンクトップに蝶ネクタイとか頭沸いてるんですか? 逆効果で変態度が上がってますから」
二人の争いはヒートアップしていく。美樹が余計な事言うから出かけるのが遅くなるぞこれは。
「花子、最近こいてるわよね? 調子こいてるわよね? 家事も何も手伝わないで、飯食ってるだけよねアンタ」
「は? 関係ないですけど、大家さん同じタンクトップ何枚持ってるんですか。正直、ビニール袋の底切って着た方がエコなんじゃないですか?」
「なにちょっと良いアイディア出してるのよ! でも綿じゃないじゃない! 綿100%しか着ないのよアタシは!」
着心地の問題かよ。話がズレてきてるから早くしてくれ。美樹ずっと玄関で立ってるんだが。
「後、大家さんスキンヘッドだけど、微かに生え際後退してるの私知ってますからね? それに筋トレするのは良いですけど、足短い事気付いてます? あと加齢臭がキツイです」
「やめてよ! 見た目の事はやめてよ! えっ臭いのワタシ……? ふぇぇ」
花子の悪口は質が悪い。
本当に傷つくことを言ってくるので、いつも大家が泣きだして事態は収拾する。
大家さんも泣き方どうにかして。美少女じゃないとダメな泣き方だからそれ。
「はぁ私がいつも悪いみたいな感じで終わるのが納得できないです。大家さんが言い出したのに」
本当にこいつはクソみたいな性格だな。こいつ神を引退して正解だわ。
「はいもうそこまで。じゃあ皆で行くわよ」
結局、美樹は二人が同行することを許し、四人で行くこととなった。
――こうして幼稚園に辿り着いた俺達。この四人で歩くと、ちょっとしたパレードのように騒がしい。
二メートル近いオカマと、羽の生えた少女がいると、どうしても注目を集める。
「なんか普通の幼稚園ね」
「普通です」
「普通だわ」
多分お前らが普通じゃないから感覚が狂ってるだけだぞ。
辿り着いたのはごく一般的な幼稚園で、入園式という訳でたくさんの幼稚園児や家族がいた。
遊んで駆け回っている子どもや話が盛り上がっている奥様方などよく見られる光景だ。
しかし俺達が幼稚園の敷地に入った途端その場の空気が変わった。
そう、この幼稚園が普通じゃなくなった瞬間である。
子ども達は大人しくなり、奥様方はこっちを見ながらヒソヒソと話し合っている。
美樹は不愉快そうに眉間にしわを寄せる。
「なによこっち見て。変な奴らね」
「何で皆ワタシたちを見てるのかしら? そんなにワタシが美しいの? ねぇ花子?」
「気付かないんですか大家さん。なんですかこの空気は。超アウェイなんですが」
こんな空気になるのも当然だ。不審者予備軍が二人もいるのだから警戒されても仕方ない。
すると、周りの奥様方から間話が聞こえてきた
「何なの? あの家族は! 変なコスプレしてる変な女の子がいるわよ!」
「何? あの羽生やした女の子は! しかも金髪でかなり痛々しいわ!」
「オカマもいるわよ! それにしてもあの女の子の格好はなに! コスプレなら他所でやりなさいよ!」
ヒソヒソ話なのにめっちゃ聞こえてくる
「なんですかこの扱いは……なんか私の悪口だけ多くありませんか?」
花子が精神的に一番キてるようだ。こいつは心の声も聞こえるからダブルで辛いはず。
すると大家さんは黙ってはいなかった。
「ちょっとアンタ達! ちょっとヒドいんじゃないの! 言い過ぎよ!」
流石の奥様方も大家の声に驚いたのか会場が一気に沈黙となる。
「お、大家さん」
花子は大家を見上げる。大家の怒りの矛先は奥様方に向いたままだ。
「この変な羽虫のことはいいけどね。ワタシのことをバカにしたら許さないわよ!! オカマじゃなくてニューハーフよ! 覚えときなさいっ!」
「大家さん!? 羽虫って私ですか!?」
すると放送が園内に流れた。
『今からーえーなんだっけ、あっ入園式? を始めるので園児とそのご家族はさっさとホールに羊みたいに集まって下さい。牧場の羊……みたいにね』
なんか腹立つ放送だな。
律儀な奥様方は何故かちゃんと羊になりきってるけど、残された子どもが茫然と立ち尽くす姿が哀れである。
――無事入園式も終わり、今日はもう解散らしいが入園式が始まる前のように奥様方は幼稚園の庭で話に没頭している。残された子供は自由に遊んでいる。
「はぁやっと終わったわね入園式。やっぱつまらないもんね」
美樹は気だるそうに体を伸ばす
「どうするミキティもう帰る? ここにいてもやることないわよ?」
「それもそうね。皐月は花子みたいに他の園児と遊ばないの?」
向こうの方で花子が幼稚園児の集団に羽をもがれて遊ばれていた。微笑ましい普通の光景だ。
「どこが普通ですか! ちょま! 助けてぇ! 八人がかりはきついっす! 根元からいくのは後で生えてこなくなるからやめてください! せめて切り株のように根元を残しとく優しさを!」
そっか花子は八人も友達作ったのか。先越されてしまったな。
――翌日。俺の幼稚園生活が始まった。人生二回目の幼稚園児はあんまり楽しいものじゃないと思う。
いや一応生まれ変わったから一回目か。
しかし何故中身が二十歳越えが三歳とお遊戯しなきゃならんのだ。
でも家に帰っても美樹は仕事だし仕方ないか。
「じゃあ皐月園児デビュー頑張りなさいよ」
美樹も幼稚園の教室まで付き添いで来ている。
だが美樹とはここでお別れでここからは一人で園児達の中に入っていかなければならない。
普通ここで母親との別れを惜しみ泣き叫ぶ園児というのがテンプレの園児らしい園児である。多分子どもにとってはこれが永遠の別れなんじゃないだろうかと考えてしまうのだろう。
しかし流石に俺がここで「ンママァァァァンママァイァアアアア!!」と泣き出しても気持ち悪い。
それに後々、正体がバレた時、恥ずかしい。
この立場を利用して美樹に甘えたいところだが、我慢我慢。
「むー相変わらず皐月は素っ気無いわね。少し寂しいけど、これなら安心かな」
頭をポンポンと叩いてきて、少し寂しそうに美樹は手を振り去っていく。
少しは子どもらしい振る舞いをした方がいいのかな。
母親にとって子どもが甘えてきたり、笑顔を見せてくれる瞬間が、今までの育児の辛さが吹き飛ぶ瞬間だと、俺の母さんが言っていた。
家に帰ったら今日は甘えてみよう。合法だよね?
ドア越しでも園児たちが叫ぶ声が聞こえてくる。
「ひよこ組」と園児でも見える高さに張り紙がしてある。
そういえば幼稚園って動物で組が分かれてたりするんだった。
いざ扉を開けると、
教室にはホームシックで泣き叫ぶ園児、
玩具をを取り合う園児、
セクシーなの?キュートなの?どっちが好きなの?を議題とし激しい討論をする園児。
まさに地獄絵図。
こんな中に混ざらなくてはいけないのか。
俺は子どもが好きではない、むしろ苦手な部類だ。
専門は可愛い幼女のみ。ショタは帰れ。
すると、ドアからエプロン姿の先生が入ってくる。
「はーい! じゃあみんなそろったみたいね! じゃあ良い子たちは先生の所にとっとと羊の様に集まってね!」
どうやらひよこ組の先生のようだ。昨日の園内放送がこいつの声だったということが手に取るように分かった。
「「はーい!」」
子ども達が元気よく先生の呼びかけに答える。割と良い子達じゃないか。
先生にちょっと問題がある疑惑が浮上しているが。
俺も含め二十人くらいだろうか。
先生はピアノの椅子に座り、子ども達が先生を囲むように床に座った。
「みんな従順で先生嬉しい! まるで私の奴隷みたいよ! じゃあ今日は一人一人自己紹介しましょうか!」
今日は自己紹介の日なんだな。その前にこいつクビにしろよ。
「まずは先生が先にお手本を見せるね! みんな精々私の猿真似でもすることね」
「「はーい」」
俺もはーいなんて言ってみたりする。
「じゃあ先生の名前は久美といいます! みんな久美先生って呼んでね! 別にあだ名はないよ! あと趣味も特にないよ! 嫌いな物は子どもかな?」
全く手本になってないんだが。こいつ保育士が一番向いてない仕事だろ。
「こんな感じだね! あっ質問とかは無しね。詮索されるの好きじゃないから! 必ずみんなは自分の名前と好きな子の名前をいってね! 強制だよ。気になる子でもいいよ!」
なんだこの修学旅行のノリは。後、普通に足組むな。保護者にこの映像をみせるべきだろ。
すると一人の小太りした園児が立ち上がる。
座ってるだけなのに汗を掻いており、何かを決心した様子。
「ぼ、ぼくはミチコちゃんが好きだぁぁぁぁ!!!」
半分裏返った声での告白で、一気に静まる教室。なんだこの小太りの勇者は。
すると久美先生が呆れた顔で言った。
「君は油谷ブッチャー君よね? フライングよ? 後、先に名前を言おうね」
「せ、先生! 僕の名前はアキオだよ! 体型で名前を判断しないでよ!」
このデブの子はアキオというらしい。本人は必死だが周りの園児達は笑っている。
そんな感じで全員の自己紹介が終わった。アキオ以外は普通の自己紹介をしていて彼に少し同情した。
「じゃあ次はみんなでクソガキらしくお絵かきしましょう!」
教室には大きい丸いテーブルが用意され園児がそれに沿って椅子にすわる。
テーブルの上には画用紙とクレヨンなどが置かれている。
「じゃあそれぞれ適当な絵をみんなアホみたいな顔しながら書いてね! 私はあっちで寝てるから!」
なんでこんな先生をPTAは放って置くんだろうか。
園児達はワチャワチャ騒ぎながらクレヨンで画用紙に絵を描いていく。
よしここは俺が園児離れした芸術的なものでも描いて驚かせてやろう。と思った時、右隣の男の子が俺に話しかけてきた。
「君は確かさちゅき、皐月くんだよね? 僕、アキオ! よろしく」
この小太りは確か自己紹介の時にいきなり告白した奴。
「お、おうよろしく」
一応返事をしといたが、子どもとの話し方ってよく分からん。
「さちゅ、皐月はなかなかクールだなぁ!」
毎回俺の名前で噛むのはやめろ。そしてアキオは俺と話しているにも関わらず、目線は泳いでいた。なにか企んでるのか?
「皐月相談なんだが、僕と席を交換しないかい?」
「どうして?」
「さちゅ、皐月空気読んでくれよ」
アキオは呆れた顔をすると俺の左隣の子を指差した。
アキオの指差した先には彼が先ほど告白したミチコちゃんが絵を描いていた
そう俺の右隣にはアキオ、俺の左隣にはミチコちゃんがいたのだ。
つまり、俺が二人の間の障害物な訳でアキオにとっては俺が邪魔な訳だ。
ちなみにアキオの告白はあまりに滑舌が悪いため、ミチコちゃんには聞こえてなかったようだ。
幼稚園児らしい三つ編みをしたミチコちゃんはなかなか可愛らしい顔立ちをしていて、アキオが好きになる気持ちも分からなくない。
別に俺はロリコンじゃないから興味はないが。……すいませんちょっとアリです。
「なぁ皐月頼むよー」
俺は別に席を変わってやってもいいんだが、なんか頼み方がムカつくのでちょっと意地悪することにした。
「嫌だ」
「なんだって!?」
予想外の言葉にアキオは目を見開き大袈裟に尻餅をつく。
驚きすぎだろ。
「なんで俺が席変わんなきゃいけないんだよ」
「えぇ……なんでだよ。ふざけんなよぅ」
アキオは泣きそうな声で言ってきた
「なんでってめんどくさいし……」
するとアキオはアキオの顔はさっきの気取った顔から涙と鼻水でめちゃくちゃになっていた。
「ふざけんなよさちゅき僕がきょんなにおねがいしてんのにおきゃしいだろ!?」
おい、しっかりしろ。お前カ行弱いんだな。活舌は悪いのに発音は良い気がする不思議。
流石にちょっと可哀相になってきたな。大人げなかったか。
まぁ仕方ないよね。
俺子ども嫌いだし。
しばらくして落ち着いたアキオの口から意外な嗚咽混じりの言葉が俺の耳に飛び込んできた。
「まさか、皐月、ミチコちゃんのこと……好きなんじゃないよな?」
「は!?」
「だってそんなに僕と席代わるの嫌なんだからそうなんだろ!」
ちょっと待てよ! いくらなんでもそれはないだろ。俺中身はもう二十代だ。ちっちゃい子は嫌いじゃないがロ、ロリコンではな、ない。
「おまえそれは誤解――」
俺が三歳児相手に必死に弁解しようとした刹那であった。凄まじい轟音と共に教室の扉が破壊された。、
教室内の全員が絵を描いていた手を止め一斉に音の方に目を向けた。
そこには数十人のガラの悪い園児達がいた。金髪はもちろんのこと、スキンヘッドやリーゼントなどがいた。
凄い時代だな。全員黒ずくめで胸には「矢島」の文字。
ひよこ組の一人の生徒がそれを見て叫ぶ。
「うわぁぁぁ! 矢島組だぁ!」
ひよこ組の園児達が急いで連中から距離を置く姿が見える。
矢島組って確か、この幼稚園の年長組の一つだよな。
ヤクザみたいな組の名前だし、こいつらもまるでヤクザ。
さっきの大きな音は矢島組がひよこ組のドアを勢いよく蹴破った音だった。
決して良い奴らではなさそうだ。
すると矢島組のうちの一人が教室の物を蹴飛ばしながら近寄ってきた。
「おいコラひよこ組! てめぇらゴチャゴチャうるせぇんだコラ! 隣の矢島組に教室に響いて兄貴に迷惑なんじゃ! こっちはお昼寝の時間なんじゃ!」
よくみるとそいつは小指がなかったりする。
最近の園児恐すぎるだろ。
悲鳴を上げる女子、
泣き出す男子、
尻餅をついたまま石の様に固まってるアキオ。
「まぁ待てサブ!!」
矢島組の中心からドスの効いた声がした。
「あっ兄貴!!」
こっちに向かってたサブと呼ばれた奴が足を止め振り返る。
「堅気にいきなりキレるのは美しくねぇんじゃねぇか?」
コイツが矢島組のリーダーか。
パンチパーマで広げた胸元から金のネックレスがギラギラ光っている。親の顔が見てみたい。
「あっ兄貴! ですが奴らは俺達のお昼寝の時間を邪魔しやがったんですよ!」
リーダーはサングラスをずらしサブを鋭い眼光で睨みつける。
「サブ。指がピッコロさんみたいに4本になりてぇのか。下がれ」
「ひっ! すいませんでした!」
サブは怯えきり後ろに下がる。小指の無い手がガクガクと震えていた。
本当にこいつらまだ人生五年目なの?
突っ込んでたらキリがないが。
するとリーダーが再びひよこ組達の方に顔を向ける。
ひよこ組達が一瞬抜きかけた気を取りなおす。
「時間かけてすまなかったな。俺は矢島組組長の鮫島だ」
矢島組なのに鮫島なんだ。そりゃ幼稚園のクラスだから当たり前だけど、なんか腑に落ちない。
でもひょっとして良い奴なのか?
手荒なことは子分と違ってしなそうだ。
「俺はお前達が騒いだせいでお昼寝の時間邪魔されたんや。俺はあんま暴力は好きやないから取り引きといこか」
前言撤回。こいつ悪い奴だし関西人だったわ。急に恐い関西人になったわ。
それに取り引き?
一応幼稚園児だからおもちゃやお菓子よこせとかかな?
「そうだな。うちの組には女がいねぇから一人、ひよこ組からもらうことにするか!」
なんだって! 全く要求が幼稚園児らしくない!
俺は幼稚園児がそんなことを言うのにも驚いたが、矢島組に女子が振り分けられてないのに更に驚いた。
「さぁ~てどの子にするかな。キシャシャシャ!」
うわあ笑い方生理的に無理な奴だ。
そして鮫島の目が一人の女子に止まった。
「ほぉ~三つ編みのお前べっぴんやないか。お前に決めたわシャシャ!」
どうやら犠牲者が決まってしまったようだ。
組長の鮫島はその女の子の手を無理矢理引っ張り出した。
俺とアキオはその連れていかれる子を見て驚愕した。
そう選ばれたのはミチコちゃんであった。アキオが好きな女の子ミチコちゃんだ。
ミチコちゃんは必死に抵抗しているがほとんど無駄だった。
やはり男子と女子の力量の差なんだろう。
正直俺もビビってるが助けなくては! 俺は助けようと一歩踏み出す。
「おい! 待てよ!」
違う。この声は俺の声じゃない。俺はまだ声なんて出してないぞ。
鮫島が振り返った先にはアキオが震えてながらも立ち上がっていた。
「みっミチキョちゃんに手を出したらゆ、ゆゆ許さないじぇ」
アキオの声は今にも消えてしまいそうな小さな声であった。
しかし好きな子を守ろうという気持ちはとても強く大きいものだった。
リーダーはミチコちゃんから手を離し眉間に皺を寄せながらジワジワとアキオに近づいていく。
そしてリーダーがアキオ目の前に来て口を開いた。
「お前なんなんだ?条件に文句があんなら暴力嫌いな俺でも殴るぞコラ」
アキオが思わず、情けない声を漏らし腰を抜かしながら後ずさりする。
水を差すようだけど、今日何度目の尻餅だよ。
しかしアキオの後ろは壁。
アキオは恐怖で涙と鼻水が止まらない。そうだ! 久美先生は!?
教室の窓が開いていてカーテンが揺れている。面倒臭くて先生は逃げたのだろう。
もう一番のクズは矢島組なんかよりあいつに決定した。
ひよこ組のみんなは脅えきっていて、誰一人立ち向かう気力がある奴はいなかった。
……仕方ない。ここは俺が仲裁するか。
「もういいだろ。やめたまえ」
俺は前世でも言った事のないセリフを言い、鮫島とアキオの間に立つ。
「なんだお前! ぶん殴ってやる!」
間髪入れずに殴りかかってくる鮫島。
だがそんな攻撃俺には通らない。
なぜなら俺は大人だからである!
鮫島の攻撃は空を切る。何度殴ろうとも空振りする。
「なっ何で当たらない!?」
そりゃあいくら見た目がヤクザだからと言って、中身や力は子ども。
俺も体格は園児なので力は強くないけど、園児の攻撃なぞ大人から見れば単純なもの。
しかも俺は前世から不良とかにずっと絡まれてきたから経験も違う。そして食らえこれが必殺の……
「大人パンチ!」
俺の大人パンチは鮫島の頬にクリーンヒットし、鮫島はよろめき倒れる。
教室は沈黙の後、ひよこ組の歓喜の声で溢れる。鮫島は頬を擦りながら幼稚園児らしく大泣きしていた。
園児はこうでなくちゃな。周りの矢島組も組長を抱え自分たちの教室に戻っていった。
大人の力で子生意気などもをねじ伏せる。なんて気持ちが良いのだろう。感動の結末だね。全米が泣いた。
「皐月! すごいじゃないか!」
一番にアキオが駆け寄ってくる。それに続いてひよこ組の子ども達が一気に集まってくる。
前世の高校時代とは真逆の立ち位置である。今回の俺は強くてニューゲーム状態。
前世とは違うのだよ前世の俺とは。
「あ……あの……」
可愛らしい声に振り向くとミチコちゃんがもじもじと立っていた。
ミチコは頬を桜色に染めている。もうモテすぎて困るわ。お礼を言いに来たのだろう。
これは三歳なのに関わらず完全にメスの顔。付き合うか、もう俺達。
「あ…ありがとうアキオくん……これお礼に描いたんだ。」
……は?
ミチコは一枚の画用紙を持っており、それにはアキオのミチコを守る姿の絵がクレヨンで描かれていた。
幼稚園児なだけに下手な絵ではあったが一生懸命描いたのだろう。
「えっ? ぼくに? ミチコちゃんを守ったのは皐月じゃないか」
そうだ。その通りだアキオ。初めて良い事言ったな。
「うん。皐月君もありがとう。でもアキオ君が一番最初に守ってくれたから……」
うん。ミチコちゃんは将来立派なビッチになるだろうね。お似合いだよお二人さん。逆に良かったわ逆に。
アキオも頬を赤らめると満面の笑みでミチコの描いた絵を受け取る。
アキオ騙されるなその絵の矛盾に気付くんだ!
アキオが戦ってるシーンが描かれてるってことは、俺たちが鮫島と必死に戦ってる間ミチコはこの間ずっと絵描いてたってことだぞ。
人間として少しおかしいぞコイツ!
まあこの始末は俺への天罰なのだろう。
これからは大人しく幼稚園児らしくするとしよう。
無事、矢島組撃退し平穏な時間が戻ってきた。
それ以降、それ以降矢島組がこちらにちょっかいを出してくることは無かった。