プロローグ
十二 プロローグ
この物語は遥か昔のこと。とある小さな王国のお話。
「王様! モナーク王様!」
「なんじゃ大臣。騒がしい」
ここはその国の玉座の間ですが、大臣は非常に慌てた様子で部屋に飛び込んできました。
「モナーク王様! 貴方様はご自身の子息、ヴァルカン王子を地下牢に投獄されたという話は本当でしょうか?」
「その通りだ。愚かな息子ヴァルカンの処罰は明日決行する。」
「しょ、処罰? まさか王子を死刑になさるのですか?」
大臣はビックリして腰をおもいっきり抜かしてしまったそうです。どこに自分の王位を継ぐはずの息子を殺してしまう王様がいるでしょう。
「そうだ。公開処刑とする。ヴァルカンは我が王国の恥だ」
「ど、どうしてです! ヴァルカン王子は、いずれこの王国を統治する御方。温柔で慈悲深い王子をどうして……」
「大臣よ。ヴァルカンは、隣国の姫との婚約を控えていたのは知っているな? 情けない話だが隣国は我が王国よりも、遥かに富・兵力・領土全て勝る。戦争にでもなれば我が国に勝機はなかろう」
「確かに隣国は恐れながらこの国よりも秀でております。それと王子の処刑になんの関係があるのですか?」
大臣は当然の疑問を抱きました。
「隣国とは以前まで敵対国で戦争の寸前までいったが、運良く隣国の姫が我が息子ヴァルカンに一目惚れしたらしくてな。二人が結婚すれば、隣国との和平が成立し、我が国は首の皮一枚繋がっていたはずだったという訳だ」
大臣は段々話が理解できてきたのか顔が海のように青くなりました。
「まさか……」
「そのまさかじゃ! 愚かな息子ヴァルカンはその申し出を断りおった! すなわち我が国を見捨てるのと同罪! 奴は反逆者だ! 反逆者には死が必然よ」
モナーク王は怒り狂い、手元のワイングラスを床に叩きつけました。それもそのはず、隣国との架け橋を息子に崩されたのだから。
「で、ですがモナ王!」
「私の名前を略すでない!」
「申し訳ございません。ですが、ヴァルカン様が亡くなれば、この王国は」
「ふん。ヴァルカンの大馬鹿者は鎮火最中の炎に油を注ぎおった。相手方の国王も可愛い愛娘が泣いているとご立腹でな。もう戦争は避けられまい。そして我が国には勝機はない。どちらにせよ、王国は終点を迎えたのだ」
「っ……」
大臣は膝から崩れ落ち、絶望しました。
「フハハハ! 笑うしかあるまい! ヴァルカンが断った理由は、我が王室の使用人の赤毛の娘にあるはずだ。平民の分際でヴァルカンに這い寄り生意気な娘よ。ヴァルカンが血迷ったのもその娘のせいだ。魔女はヴァルカンと一緒に監獄行きにしてやったわ! 望み通り、国が滅ぶ前に二人仲良く処刑してくれよう!」
その頃、王国はパニックに陥ってました。隣国の騎馬軍が押し寄せる音が王宮に響き渡っていたからです。
我が国で対処出来ないほど大軍なことはすぐに分かりました。国民の悲鳴と馬の蹄鉄の音が大音声で響き渡っていたからです。
すると、大臣は何も言わずに懐から、小さな銀製のナイフを取りだし、自らの首を切りつけ、死んでしまいました。
赤い絨毯が更に赤黒く塗られました。
「大臣よ。見事な死に様だ。隣国に殺されるくらいなら、自ら首を切るのが利口だ。だが、愚かな息子ヴァルカンと使用人の処刑を見物出来なかったのが悔やまれるな」
王様はひどく嘆き、悲しみました。
―――一方、地下監獄では王国の危機など微塵も感じられぬほど静かな時が流れていた。
「くそう! 出せ! 出せ!」
ヴァルカン王子は鉄格子を叩きますが、ビクともしません。むなしい鉄の音が反響するのみでした。
「大変申し訳ございません。ヴァルカン様。使用人の私如きがヴァルカン様にお近づきになったばっかりに。どうお詫びしたら良いか」
使用人の赤毛の少女は酷く嘆きました。
「いや、気にしないでくれ。僕の方こそ君を巻き込んでしまい申し訳ない」
「め、滅相もございません! どうか、お顔をお上げください!」
「……すまない。守れなくて。恐らく、俺達は明日処刑されるだろう」
「はい……。しかし、なぜ姫様との婚約を放棄なさったのですか? それが無ければ今頃隣国との和平は保たれあなたも王として……」
「君は俺に姫と結婚して欲しかったのかい?」
「うっ……」
使用人の少女はなんて答えればいいか分からなくなってしまいました。
「ハハハ! 虐めててごめんよ! 君を愛しているからに決まっているだろう?」
「わ、私もヴァルカン様を心から愛しております! しかしお言葉ですが、王国が滅びてしまっては、元も子もないではありませんか」
「自由に恋愛もできない王国になど未練はないさ。しかし憎き親父も最期に君と同じ牢獄に入れてくれるだなんてロマンチストな所もあったものだ」
王子は皮肉交じりに軽笑しました。
「ふふふ。そうかもしれませんね」
「そういえば、最期に君の名が知りたい」
「使用人に名などありません」
「もう主従関係なんかないさ。どうか教えて欲しい。」
「ウェヌスと申します。ですが、私は死ぬまでヴァルカン様にお仕えしていたいのです」
「ウェヌスか! 美しい名だ。君にぴったりだよ」
「と、とんでもございません。ヴァルカン様こそ勇敢な相応しいお名前でございます」
ヴァルカンはしばらくウェヌスを見つめると、こう呟きました。
「まったく君は最期まで、主従関係を貫く気かい? せっかくこの空間だけは自由だっていうのに。皮肉なものだよ。牢獄にいたほうが自由で居心地が良いとは」
王子は荒削りの石壁を叩きます。
「先ほども申しましたように、ヴァルカン様に最後まで仕えることが私の最大の幸福でございます」
「じゃあ念のため聞くが、君は俺と死んでくれるのかい?」
「もちろんでございます。ヴァルカン様こそ最期が私なんかと一緒でよろしいのですか?」
「バカを言うな。君と最期を過ごせるなら、これ以上のことはない。そうだ。それなら提案がある」
ヴァルカンは首に下げたペンダントを開けると、金色に輝く種のような物を一つ取り出しました。
「これは先代から伝わる『クピードーの涙』と呼ばれる宝玉だ」
「クピードーの涙?」
「そうだ。クピードーというのは、愛の神を意味する。そして『クピードーの涙』は宝玉でもあり、毒薬でもあるんだ。飲み込んだりすればすぐ死に至る」
「毒薬……ですか。心中なら喜んでお引き受けします」
ヴァルカンは転がっている石がれきを手に取り、クピードーの涙を二つに割りました。
「まぁ待て。しかし、この『クピードーの涙』を愛する二人が同時に飲み込むと、二人は永遠に結ばれるという言い伝えがある。そして苦しみもなく、すぐに天に行ける。そこにはクピードー様が待っているそうだ」
「天の国が本当に存在するのでしょうか」
「さぁ言い伝えだからな。噂によると、クピードー様も謙虚な方なのか自身の名を頑なに言わないらしいのだ。そのため見た目がキューピッドのようであるからクピードー様と呼ばれているらしい」
「でもそんな噂が出回るのもおかしな話ですね。天の国に行って帰ってきた人がいるわけでも無いのに」
ウェヌスは痛いところを突かれヴァルカンは頬を掻きます。
「まぁ……その……噂話なんてそんなモノだ。でもそんな話が言い伝えられるのだから本当にクピードー様を見た人はいるのかもしれない」
「確かに信じてみる価値はありそうですね。どちらにせよ、これを飲まなければ、明日は苦しい処刑です。苦しまず、ヴァルカン様と一緒に逝けるのなら、本望でございます」
「これを飲んでも必ず来世に君と巡り会うとは限らない。でもいつかきっと必ずどこかで出会える。記憶が無かろうと、二人が結ばれるまで、何度も何度も」
「ならば、すぐにでも飲みましょう!」
ウェヌスは、『クピードーの涙』の割れた一欠片を摘まみ口に運ぼうとします。
「ちょ、ちょっと待った! そ、それには飲み方があってだな! えーと、そうだ! 口移しだ! 互いに二つに割れた『クピードーの涙』を片方ずつ口に含み、キスをして交換して飲み込むのだ!」
「く、口移しですか? い、今考えましたよねそのルール!」
「そ、そんなはずないし! ほらほら、やるぞ!」
二人は一欠片ずつクピードーの涙を手に取りました。金色に輝くクピードーの涙はそれはそれは美しかったそうな。
二人は手を取り合い最後の一秒まで互いを見つめ合ったのです。
「今更だが、ウェヌスはもっと気を強く持って良いと思う。次出会うときは、もっと強気で構わない。でも君の優しさはそのまま忘れないで欲しい」
「私はヴァルカン様に望むことはもう少し、近い立場でありたかった。それだけです。次、出会うときはそのままのお優しい貴方で。そしてきっと自由で素晴らしい国で」
「ははは! それは良いな楽しみだ。主従が逆転したりしてな!」
「ふふ。まさかあり得ませんよ。私の小さき願いに過ぎませんから!」
二人は欠片を口に含み再び手を取り合います。
「さぁ行こうか。新しい世界へ」
「はじまりですね。新しい世界へ」
二人は長い長い永遠のキスを交わしましたとさ。
――――
「へいようこそ天界へ! カップル二名様ご案内ー!」
「お二人の死因はなんですかっ? え? 私の名前ですか……?」
「……どうだっていいじゃないですかそんなことっ!」
ラブコメディは続くよどこまでも 完




