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一 この戦いが終わったら結婚するんだ

 一 この戦いが終わったら結婚するんだ


 夏の終わりが近づいているにも関わらず、残暑が続き、日中はアスファルトが焦げるような暑さであるが、夜は快適な気温と心地良い風が頬を撫でる。こんな季節が俺は好きだ。 


 こんな気持ちの良い夜にはイヤホンで大音量のアイドルソングを聴き、口ずさむに限る。

 夏は日が長いとはいえ時刻は夜の九時。都心から少し離れた電灯が少ないこの地域は見通しが悪く人気も少ない。すぐ隣の公園も真っ暗だ。



 ――そして今日は記念すべきかけがえのない日になる予定だった。 



「フフーン。桃色のファンタジー♪」


 すると、遠い視線の先には待ち合わせにやってきた「美樹」の姿が薄っすらと見え始めた。 視界が悪くとも間違えるはずはないが、今日の自分の心境を考えると、見慣れた赤みがかった黒髪も、凛とした大きな瞳も初めて出会った時のように新鮮である。


 美樹もこちらの存在に気付いたのか、控えめに手を振っていた。そろそろウォークマンの音楽を消して、カッコいいポーズをして待つか。咥える用の薔薇を持ってくるべきだったと少し後悔した。


 しかし、何かに気付いたのか美樹の顔色は徐々に青ざめていき、急に何かを必死に叫び始めた。


「バカ優也! 後ろ!」


 そう。俺の名前はバカ優也。と、いうのは冗談で。


 ……え? 後ろ? 美樹の切羽詰まった声に気づき、俺はふと後ろを振り返ると、猛スピードで迫り来るライトの壊れた大型トラックが。


 生きている俺が最後に見たのは、こういうシチュエーションでドがつくほどの定番の中の定番。大型トラックに乗り、酒に酔っているのか幸せそうにうたた寝したフロントガラス越しのおっさんの顔であった。


 定番のノーブレーキのトラックは無残にも定番に俺を跳ね飛ばした。まるで気付かれずに人に踏み潰される蟻のように。



 ――――俺はギュッと目を瞑ったまま開けられずにいた。俺、死んだのか。痛みは全く感じない。

 まるで真っ暗な死海にプカプカと浮かんでいるような感覚である。

 神のせめてもの慈悲か。と思考はまだ働く。



「……すか」


 微かに何か聞こえる。美樹の声だ。


「……元気ですかっ……!」


「……起きてよ! 優也!」


 優也はゆっくりと瞼を開けると先ほどと同じ風景がそこに映った。今、どさくさに紛れて猪木のモノマネしてなかった? 少なくとも元気ではねえよ。


 ただ違うことは泣き崩れる美樹と無残に横たわる俺の姿が映った。


 ……なぜ俺の姿が俺の瞳に映るのか。


 ――そう。恐らく俺は「霊魂」になったのだ。霊魂という概念が実在するのか、最期に見るただの夢なのかは分からない。ただ驚くほど冷静で状況判断ができた。


 俺の視界には、まるで自分が主演する映画を観るかのように、美樹と「抜け殻」となった俺自身が映る。


 魂が浮遊しているからかハイアングルな構図なため、美樹の頭頂部と仰向けに倒れる哀れな俺の死に顔がダイレクトに見える。というか目が合ってる。こっち見んな俺。


 だが、鏡などの反射以外で死ぬまで人間は自分自身の顔を直接見ることが出来ないため、貴重な体験ではある。


 非常にグロテスクで色んな具が飛び出し、自慢のイケメンダンディな俺も血まみれのグロメンに。地上波ではとてもお届けできない姿に。とても安らかな顔とは言えない。


 そういえばトラックは……逃げたかこの野郎。


「今救急車呼んだからね! 頑張るのよ! 優也ッ!」


 見れば誰しもが即死と分かるほどの損傷であるにも関わらず、美樹はずっと血まみれの俺の体を抱きかかえ声をかけ続けている。


 ……あーあ。せっかくの新しいブラウスが台無しじゃないか。高校卒業して、会社に入社して、初任給で買ったお気に入りだって言ってたのに。バッグも、パンプスも。


 普段は怒りっぽくて、パシリにしてきたり、蹴ったり殴ったり、モンゴリアンチョップ決めてきたりするくせに、こういう時は優しいのな。

 

 ……そんな彼女だからこそ俺は惹かれた。


 ――今日俺は「プロポーズ」するはずだったのだ。こんな素敵な彼女に。 

 

 おい、そこの血まみれの俺。好きな女に看取られて幸せ者だな。代われよチクショウ。


 ――すると目の前が再びブラックアウトし、美樹の姿も何も見えない暗闇に。


「み、美樹! ……どこだ」


 一向に景色は変わらず、どこを見ても暗闇。


 もしかして、こんなところを永遠に彷徨うのか。


 不安と恐怖が一気に押し寄せる。完全に「無」にもなれずに中途半端に意識を残すだなんて残酷にもほどがある、やはり神なんてものは存在しないのか。


 ……これが『死』なのか。


 死にたくない……。体が無いのに震えが止まらない。

 

 俺には夢があった。

 

 俺は将来、小児科医師になって女の子を聴診器で悪戯するという夢があったのに。もしくは産婦人科でも可。

 

 俺は絶望した。まだ死を受け入れきれてないというのに、何も見えずに永遠と彷徨うのではないかという不安が恐怖に変わる。


 ――しかしその恐怖は意外にもすぐに薄れた。なぜなら真っ暗な空間の向こうに微かな光が差し込んだのだ。


 その光はだんだん大きくなり、優也を包み込むほどに。優也はベールに包まれたように光り輝く。


 なにこれ魔法少女の変身シーンみたい。嬉しい。


 やがてその光は自分の手足となり、自在に動かすことができた。魂の具現化というやつであろうか。

 つまり仮初の体を手に入れたのである。絶望から一変、希望が見えてきた。夢か幻かはまだ分からない。

 でも仮初とはいえ自分の足があるから前へ進める。迷いは晴れた。真っ直ぐ進むだけだ。



 すると、今度は正反対で暗闇が嘘のように無くなり、眩しいほど真っ白な空間が無限に広がる。まるで自分の心と空間がリンクしてるようにも感じた。


 ……暗くなったり明るくなったり面倒だな。暗いよりは幾分マシだが。


 次の瞬間、優也の前方数メートル先に大きな爆発音と『白煙の柱』が立ち上った。


「な、なんだ!」


 何が起きたのか理解するのに、時間はかからなかった。爆風と共に白煙は徐々に薄れ、段々影が見えてくる。


 ――なんとそこから現れたのは直立した『梯子』であった。どこからどうみても普通の梯子である。ただそれが頂点が見えないほど、とてつもなく長いということを除いては。


 何が出てくるかと思えば拍子抜けだ。梯子を上がれば天国に行けますよ的な奴か? 死者バカにしてんの? 大人の階段も上ってないんだよ? ハシゴとか垂直だし、それに俺ヘルニアじゃん……?


しかし、この状況から抜け出すために俺がすべき行動は言わずもがな。俺は深く溜息を吐き、腹をくくって梯子に手をかけた。



――――――――




 ――どのくらいの間上っているのだろうか。


梯子の頂点は見えないほど遠く、足元も見えないほど上った。


黙々と手足を動かすが景色は真っ白なので変わり映えがない。ぶつぶつと文句を言いながら上っていたものの疲れは不思議とない。足取りは重いが身体は軽い。


 それにしても長すぎやしないか。これがもし地上だったなら梯子で大気圏突入してるんじゃないだろうか。


本当に上がってきてよかったのだろうか。果たしてこの行動に意味はあるのか。ベルトコンベアーの上を進行方向とは逆に歩くかのように、無駄な気さえしてきた。


 そもそも夢がないだろ。天国の行き方が梯子って悲しすぎるだろ。もっとこうフワーって浮いていったりとか、天使に手を引かれながらとかあるだろ。


 なんで死んでまで辛い思いしてジャックと豆の木ごっこせにゃならんのだ。


 すると、不信感しか沸かないこの状況に転機がきた。梯子の頂点が見え、その一帯には「雲の床」が広がっているのだ。


 おお。急になんかメルヘンチック。そうそうこういうのでいいんだよ。


 俺は頂点に辿り着くと恐る恐る雲に足を乗せてみる。雲は程よく足の形に沈み、綿菓子の上に乗っているかのような感覚であった。


 すごい!綿アメみたい! う、うん……で? これで終わり? イベントとかないの? 床が変わっただけで辺り一面何もないことには変わりないのだが。


 やった! 登りきった! やったぁ……。じゃあ帰るか。ってバカか。はいお疲れ様でしたみたいな? 登山みたいに記念写真撮って、おむすび食べて帰るの?


 どれだけ苦労したと思ってるんだ。生身じゃないから疲れてないけど。結局何も解決していないじゃないか。これでまた梯子なんて出てきたらどうにかなりそうだ。と思っていた矢先。


 ――再び目の前に爆音と共に『大きな白煙』が発生する。



 ……嘘だろ。デジャヴを感じ、死人の俺の顔が更に青ざめる。なぜなら先ほども同じように白煙が発生しその中から出てきたのがクソ長い梯子だったからだ。



 白煙が段々薄くなっていく間、何度も優也は心から祈った「神様どうか梯子じゃありませんように」と。


 煙が薄れその中が見え始めた時、


俺は狐につままれたような顔でぽかんと眺めることしかできなかった。



 その正体は梯子なんかではなく『一人の白い少女』であった。



 凹凸の少ない川の流れのような流線形の体。それに良く似合う純白のワンピースを着ていて、金色の髪は腰まで伸びている。そのさらさらとした質感の金色の髪は彼女の動きに合わせ踊っているかのよう。


「ゲホッゲホッ! けむいです! 息できない! オエェェっ!」


 ……すっごいむせてるけど背中でもさすってあげた方がいいだろうか。それにしても自分以外にも人がいて助かった。ただ本当に人であるかは定かでない。


 なぜなら少女は小柄の体に不釣り合いな「純白の大きな羽」を生やし、頭にはぼんやり光輝く天使の輪っかのようなものが浮いている。そう、まるで天使のような少女だ。


 四つん這いで、自ら出した煙を吸い込み、大きな羽を揺らし、目に涙を浮かべながら苦しそうに咳き込む少女。優也は少女が落ち着くまで立ち尽くすことしかできなかった。



しばらくすると、彼女は立ち上がり少し気まずそうにこちらに向かってくる。


「ゴホン! 失礼しました。こんにちは「神」と申します! ようこそ天界へ! 死因はなんですか?」

 

あっ……。厨二病ってやつ? 邪気眼? かわいそうな子……。


 明らかにこちらが警戒してるのを察したのか、ばつの悪い表情になる少女。


「な、何ですかその某国の段ボール入り肉まんを見るような蔑んだ目は……。本当に神ですから、信じてないですねその目は」


「へぇ神なんだ。で、お嬢ちゃんここで一番偉い人呼んでくれるかな?」


「いやだから神ですからっ! 神より偉い人なんていないでしょう!」


「そもそも何そのコスプレ。羽とか天使の輪とか引くんだけど。そもそも恰好が神というより天使だろ」


「て、天使のようにべっぴんさんだなんて照れるです……。気持ちは痛いほど分かりますが、口説かないでください」


頬に手を当て照れる少女。さては馬鹿だな。


「あっ貴方バカって思いましたね! 失礼な人間です!」


 え。こいつ心読めるの? 馬鹿なのに?


「あっ! またバカって言いましたね! 野郎、職権乱用して地獄に落としてやるです!」


 敬語なのに口汚い奴だな。しかし百歩譲って心が読めるのは本当なようだが気になるのは羽と輪っか。


「ちなみにその羽は本物なのか?」


「ええ本物ですとも。なんなら触ってもいいですよ。本物と知った瞬間、あなたは地に這いつくばり私を崇めることになるでしょうがね」


 自信ありげな少女は自ら身体を傾け、優也の前に大きな羽を差し出す。優也は少女の右翼部分の羽を恐る恐る引っ張る。


「ちょ何す……アダダダダダダ! ちょまっちょっとまって! 抜けちゃいますって!」


 は、生えてるのか……? 俺は驚きのあまり羽を鷲掴み引き千切る。


「ギャアアアアア!!!」


 少女は雲の床を転げ回り、優也は毟った手の平の上の羽根を目を見て目を丸くした。


「ほ、本当に生えてるのか……?」


「なんで引き千切る必要があるんですか! あぁ一部だけ禿げちゃったじゃないですか。全く貴方はロクな死に方しなかったでしょうね」


 図星なのは一先ず置いといて……。


「じゃあ次はその輪っかを……」


「だから本物ですって!」


 恐らく少女の言うことは嘘ではないだろう。なぜならこの非現実的な空間では何が起ころうと不思議ではないからだ。現に何もない所から梯子や少女が出てきているわけだし。


「分かった。百歩ゆずって神だとしよう。でもまず名前は何て言うんだ?」

 

名前と聞いた途端、少女はギョッとした顔になり目が泳ぎだす。


「ま、まあ良いじゃないですか私の名前なんて。貴方死んでるんだし」

 

明らかに少女の様子がおかしい。何か聞かれたくないことでもあるのだろうか。


「まあ良いじゃないか。冥土の土産に教えてよ」


「死んでから冥土の土産はおかしくないですか。そんなん生前に貰っておくものでしょうに。ほらそんなことより「そうめん」と「冷麦」の違いについてディベートしましょう」


「麺の太さの違いだぞ。で名前は?」


「ちくしょう! 分かりましたよ」


 観念の臍を固めたのか少女はゆっくりと深呼吸をする。


「花子・クロートー・ルルドキポス。私の名です」


「……」



 ……ハナコ・クルトン・ホトトギス? 戦国武将の俳句みたいな名前だな。


そもそも花子という名前に突っ込むべきなのか。ハーフの神とかいるのか? そもそもなんでこいつ日本語ペラペラなんだ? そもそもここはどこ? おうちに帰りたいんだけど。


「……全部聞こえてますからね。失礼な奴です。だから名前を言いたくなかったんですよ。まあルルドキポス様、もしくはゴッド様と呼んでください」


「じゃあ花子って呼ぶな」


「あの立場分かってます? 私、神ですよ?」


「そういえば自己紹介がまだだったな。俺は優也だ。気軽にジェイコブでいいよ。よろしくな花子」


 花子は頭を抱えながら大きく溜息をつく。


「……もう花子で良いですよ。代わりにあなたのことは三角コーナーの生ゴミ、もしくはドブ男と呼ぶことにしました。まっ、あなたの存在はこの後すぐに消滅するので無意味な争いですが」


 消えて無くなる? 一体どういうことだろうか。死に至ってはいるが、今はまだ自我が残っている。この自我すら無くなり「無」になるということなのだろうか。


「その解釈で大体あってますよ。三角コーナーのドブ男さん」


 心が読まれるとはこんなにも面倒なことなのか。後、あだ名合体させんな。


「仕方ありません。少し説明してあげましょう。可愛そうな子羊に、いやクソ豚に」


 黙っていれば良い気になりやがって。また羽毟ってやろうか。


 だが、今の状況も知りたいし、すぐに消滅させられるのもなんだか怖い。時間稼ぎのためにも黙って聞くか。


 花子は白く細い人差し指を立てる。



「まず、ここは皆さん知っての通り「天界」と呼ばれる場所です。ここには死んだ「人間界」の人や動物。つまりドブ男さんみたいな人が辿り着く所ですね。人間界には宗教で天国やら神やら仏やら信じられているので、割とここに来る人々は理解が早くて助かります」



 人間の宗教は強ち間違っていないんだな。良いことなのか悪いことなのか。


「そして私は神! この天界で一番偉い人です。あなたの国で言う総理大臣ですね。でも仕事内容に大きく違いがあります。あっちょっと待ってください。早速『お客さん』です」


 花子が振り向く先には、黒い小さな犬がいた。優也と同じく小さな体は半透明になっている。


 花子は優也そっちのけで犬のもとに駆け寄る。


子犬も少しビクつくが悪い人間でないと本能が察したのか、舌をだし小刻みに尻尾を振る。


「ようこそ天界へ! 私は神です! どういった死因ですか? お茶でも飲みます?」


 なんか俺の時と対応違くない? 当然だけど人間以外も来るんだな。


「ふむふむ……。それは災難でしたね。次はきっと良い飼い主さんが見つかりますよ。それとも人間に生まれたいですか?」


 花子は優しく微笑み子犬をそっと撫でる。花子の心を読み取る力はこういう時に発揮されるのか。なにこの綺麗な花子。不覚にも一瞬女神に見えてしまった。   



「それでは行きましょうか。あなたの犬として歩んだ軌跡は全て浄化され、新しい体と共に転生するのです。心配いりません。次はきっと優しい世界があなたを待っていますよ」


 

 花子が手を振りかざすと、子犬の体から毒々しい色の気体が抜け、真っ白になった犬はどこかへと走り去っていく。


 何これ。花子ちゃん凄いじゃない。


「といったように私の仕事は死んだ人や動物の魂の浄化。良い事も嫌な事も全て綺麗に忘れて新しい人生の準備のお手伝いですね。慣れてしまえばこんな仕事ベルトコンベアーに流れてくる刺身のパックにタンポポを乗せる仕事と変わりませんよ」

 

 感動を返せ。



「それじゃあ俺も今の犬と同じことされるのか?」 


「そうです。このあとあなたつまりあなたのきったねぇ産業廃棄物だらけのドブ川みたいな魂は綺麗さっぱり浄化されて、また新しい魂になります。ざまぁ」


「おいそういう酷いこと言うのやめろ。どんどん態度悪くなっていくな。じゃあもう俺は本格的に死ぬの?」


「いやもうあなたは本格的に死んでますから……。まぁ確かに浄化されたら意識や記憶は綺麗さっぱり失ってしまいますね」


 そうだ。俺はやり残したことが沢山ある。美樹にも何もしてやれてない。このまま記憶を失ってしまって新しい人生を始めてしまえば、美樹には二度と出会うことはないだろう。


「……困るよ。俺はまだ死ぬわけにはいかないんだよ。まだ何もやれてないのに。虫がいいのは分かってるんだ。でもなんとかできないのか?」


 俺は手を頭を下げ懇願する。この際、四の五の言ってる場合じゃない。悔しいが今は花子に縋るしかないのだ。


 すると、花子はそれはもう悪戯な表情を隠し切れないようで、口角が上がっている。


「えー神ですから出来なくもないけどぉ……まずは謝罪からですかねぇ! 『この世に生まれてきてすいません。神聖なる美少女のルルドキポス様』ってねぇ!」


 ひとまず俺は何も言わずに花子の羽を一束握り思いっきり引っ張った。


「あがあああああああ! ちょまま! 分かりましたから! 羽抜くのは止めて下さい!」


 雲の床の上には細かい羽根が散乱している。


「次は頭の上の輪っかを地上に向かってフリスビーだからな? で、手はあるのか?」


「ハァハァ……手はあるというか……ないというか。仮にあなたに人間の心まだが残されてるなら、ちょっと待ってもらってもいいですか……」


 肩で息をしながら、羽を大事そうに撫でる花子。


「なんだハッキリしないな」


「まず、この天界にくるまでには、大抵人は生への執着が薄れるるようになっているんです。むしろ「極楽浄土」に行きたがるようになるんです。んなモンはないですが。だから優也さんみたいな人はなかなかいないんですよ。よっぽど後悔ややり残したことがあるとしか。一体あなたは何故亡くなってどんな後悔があるんです?」



 ――俺は花子に死ぬ直前のことを全て伝えた。 



 高校の時の同級生だった美樹という彼女にプロポーズする寸前にトラックに轢かれ死んだこと。


 死ぬ寸前までアイドルソングを歌っており最期の言葉が「桃色のファンタジー」になってしまったこと。


 パソコンのデータを消していないこと。


「という訳だ」


「うわだっせぇ! そして後半しょうもない! これは後悔の塊みたいなものですね」


 花子はものすごく冷めた表情で同情の視線を送り、優也から距離をとる。


「でしょ。可哀想でしょ? カッコいいポーズしたままトラックに轢かれた時なんて今思うとアホ丸出しだよ!」


「確かにアホ丸出しというのは同意見です。初めて気が合いましたね。なんかここまできたら、スゴく可哀想になってきたので私に出来ることなら協力してあげますよ」


 目がチカチカするほど真っ白なこの天界の空気が一気に暗く、重く感じた。


「で、協力って何してくれるの? 生き返らせてくれるのか?」


「いえ。残念ながら生き返ることは出来ません。第一、体がぐちゃぐちゃですし、もう火葬されてる可能性が高いです。天界と地上は時間の流れの速さが違うので。それにノーリスクで生き返ることができるはずがないじゃないですか。このクソ童貞」



 どどど童貞ちゃうわ! 我慢我慢……。解決策さえ見つかったら、その羽を「赤い羽根共同募金用」に真紅に染め上げてやるわ。お前の血でな。



「じゃあどうするんだよ?」


 優也の問いに対し、一息おいて何か決心したかのように花子は人差し指を立てる。


「……生まれ変わるしかないですね」


「……生まれ変わる? 生き返るとは違うのか?」


「ったく本当にあなたはクズムシですね。「生き返る」というのは死んだ時の体に魂が戻るだけです。しかし「生まれ変わる」というのは全く違う人間として新たに生まれてくるということです。それなら体もありますし」


 それはそうだが、本来人間は死んだら記憶を浄化されてしまう。という話をしたばかりだよな……。


 それでは本来の転生の手順と変わらず解決案でも何でもない。

 

 だが当然、花子には何か考えがあるのだろう。俺が記憶を失わずにまた美樹に出会う秘策が。


「つまり、肉体がない優也さんは受肉するため生まれ変わるしか選択肢がないです。

 しかし浄化し普通に生まれ変わったら前世の記憶なんて覚えているはずがありません。それどころか全ての前世の記憶を失っています。まぁ普通は生まれ変われるだけ、ありがたく思えって感じですが、どうしてもあなたは美樹さんに会ってプロポーズしたいのでしょう? ならば記憶が必要です! そして早く生まれ変わる必要があります。そう! 浄化をしなければいいのです! いつ浄化しないの? 今ですよ!」


 ついには何処から出したのかホワイトボードを取り出して、熱血的に説明する花子。


「確かに理屈では可能だけど、できるの? それ以前にそんな事やっていいの?」


 花子は少し険しい面持ちで腕を組む。



「可能ですが……しては駄目でしょうね。そもそもそんな事をしては地球の秩序やバランスが崩壊してしまいます。でも運のいいことに魂の浄化をするのは私の役目ですっ! だからやらないことも可能です。まぁ一回くらいバレなきゃ大丈夫ですよ。なんとか人間になるようにしますが、生まれてくる国、場所はランダムですよ。良いですね?」


「え? 国ランダムなのかよ! マサイ族とかに生まれたらどうするんだよ」


「そんなん知ったこっちゃないですよ。もしもマサイ族になってしまったら、なんとか日本に渡って、「ウンボボウンボボ」とか言いながら求愛するしかないでしょう」


 まあ虫とかに生まれ変わるよりはマシか。背に腹は代えられん。まだ人間なら出会える機会はある。


「でも……なかなか無謀な賭けになるな」


「何弱気になってるんですか。あなたも小学生の頃、麻雀のルールも知らないのにパソコンゲームの脱衣麻雀を何度も挑戦したでしょう。そのチャレンジ精神を忘れないで下さい」


 ……なんで知ってるんだよ。


 花子も禁忌を犯してまで協力してくれてるんだ。こんな幸運なことはない。


「良いですか? 今出発したら、地球に着く頃には約八、九か月経っているように調節します。細かい理由は省きますが、浄化する人との生まれ変わる時間に差が出て不自然になるので、不正がバレ易くなってしまうのを防ぐためです」


 なるほど、それくらいは仕方ない。


「私ができるのはここまでです。ここからはあなたの頑張り次第です。全くこんなことしてあげる人間は初めてですよ」


「花子ありがとな。それより本当に大丈夫なのか? こんなことして」


「もう低脳に説明するのに疲れました。自分で考えて下さい」


「酷くないか? それよりなんでそんなに親切なの? まさか俺に惚れたか?」


「んなわけねぇだろ。殺すぞハゲ。あなたほど人生に悔いがある人も珍しいですからね。人間に貸しを作っとくのも悪くないと思いましてね。もし私が地上に行ったら美味しいご飯でも食べさせてもらえれば良いです」


「はははっ! 分かったよありがとな!」 


 この時、花子が一瞬俯いたのに、優也は気づかなかった。優也が花子に視線を向けたときにはもう彼女の表情はいつもの戯けた顔をしていた。


「では行きましょうか。地上へ」


 天界に来るときは梯子で苦しい思いをしたからな。帰りは楽な方法だといいが。


「分かった。でもどうやって戻るの?」


「なあに簡単なことです! さっきの梯子を下るだけです!」


「……」


 振り返ると、優也が上ってきた梯子は忠犬ハチ公のように未だ律儀に残っていた。


「他の方法はないんだよな……」


「甘えるんじゃないです。なんで羽掴むんですか。脅したってこればっかりはどうにもならんですよ。離してくださいお願いします本当に」


 俺は深く溜息をつくが、不服な顔をしても仕方ないと決断したようだ。


「ではいってらっしゃいです。また会いましょう」


「またって次会うのは俺がまた死んでからだろう? 大分先だけどな」


「……案外すぐに会うかもしれませんよ?」


「おい花子。どういう意味だコラ」


「いや優也さんが早死にするとは言ってませんよ!」


 少し引っかかる言い方をした花子であったが、梯子に手をかける。


「じゃあ行くからな。お前も気をつけろよ」


「はよ行けです。まぁ日頃の行いが良ければあなたでも神の御加護が頂けるかもですね」


「最後まで嫌味な奴だな。じゃあな!」


 優也は先ほどの梯子を再び戻っていった。



「ふふ。……なんだか初めて会った気がしないですね」


 花子は首元の控えめなペンダントを手に取り小さく微笑む。



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