第5話
とは言え、それはほんの少し先走った話になる。
当時の私にとって、最大の関心事はカテリーナ母さんの病状だった。
この当時、主治医の反対を押し切って、何とかピエール兄さんとアラナ姉さんの結婚式に、母さんは出席するような病状だったのだ。
子宮がんの病状は悪化する一方で、二人の結婚式が終わり次第、母さんは入院先に逆戻りし、その後はほぼ寝たきりになる有様だった。
少しでも延命を図るのならば、息子の結婚式に母さんは出席すべきではなかった。
しかし、息子の結婚式に出席したい、というのは、実の母親からすれば当然の願いで、決していい顔は誰もしなかったが、母さんがピエール兄さんとアラナ姉さんの結婚式に出席するのを止められなかったのだ。
そして、ピエール兄さんとアラナ姉さんの結婚式から数か月が経ち、母さんからすれば初孫が、数か月もすれば生まれる、という時期に、とうとう母さんの寿命は尽きてしまった。
覚悟を固めた母さんは、身内全員を呼び集めて、一人一人に言葉を掛けていった。
当然、その中には私も入っていた。
「サラ、小さい頃、血のつながったお姉ちゃんが欲しい、と言っていたのを覚えている」
「うん、覚えている」
私と母さんは、末期の会話を交わした。
「今更だけど、真実を明かすわね。察していたかもしれないけど、アラナ姉さんは、あなたと血のつながった異母姉になるわ」
母さんは、苦しい息をしながら言った。
「どうして今になって明かすの」
私は少し激昂して言った。
私のこの時の本音としては、そんな話を今、聞きたくなかった。
何だか、実母のカテリーナ母さんが、私が産まれる前から全てを知っていたのに、カサンドラ母さんからお父さんを略奪して結婚し、自分を産んだように思えてしまったからだ。
被害妄想と言われるかもしれない。
でも、この時、私は、そんな想いに駆られてしまっていた。
「私もこんなことになるとは思ってもいなかった。でも、こうなってしまった」
母さんの言葉は、自分自身に言い聞かせるものになっていた。
「信じて貰えないでしょうけど、お父さんとカサンドラさんとの間に、アラナさんが産まれていたなんて、ピエールがアラナさんと結婚したい、と言ってきた時まで、私もお父さんも全く知らなかった」
「そして、お父さんが、アラナさんの素性を調べた際に全てが分かったの。だから、お父さんを責めてはダメよ。むしろ、お父さんが、カサンドラさんと結婚したい、と言い出したら祝福してあげて。20年以上回り道をして、ようやく二人が結婚できるのだから」
「私は、お母さんのように割り切れない。確かにアラナ姉さんの歳からしたら、お母さんの言う通りだと私は思うわ。でもね」
母さんの言葉に、私は思わず反論した。
でも、母さんの透徹した瞳が、私の目に入った瞬間、それ以上の言葉を発せられなくなった。
「そうよね。サラの言う通りね」
母さんは、敢えて私から目をそらしてしまい、天井を見つめながら言った。
「私の最期の我が儘を聞いてちょうだい。サラ。死んだ後まで、夫、アランを私は縛りたくないの。私が、再婚しないで、と言ったら、アランはそれを守ってくれる。でも、それはアランを私に縛り付けることよ。アランを解放したいの」
「お父さんが、母さんに縛り付けられていたような言い方は止めて。お父さんが、母さんを愛していなかったと言いたいの」
私の反論に、母さんは首を振った後で続けた。
「違うわ。でも、私は2番目の女性よ。アランの心の中に、カサンドラさんはいつもいたけど、私はいつもはいなかった」
「だから、サラ、お願いだから、お父さんとカサンドラさんの結婚を祝福して」
お母さんの私への最期の言葉はそうだった。
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