第76話:栄光の海
※※ ※ 都 避難キャンプ ※ ※ ※
避難訓練を終えた都の民がキャンプでいつ帰れるのかと思っている間、彼らは馬が引っ張る移動用の檻でくだを巻いていた。
「ああ、暇だ。」
便利屋の情報が漏れぬように、刑務所の地下に入れられていたギャングである。
ようやく地下から出られたが、今度はキャンプから離れた森で檻に入れられたまま放置である。騎士達は避難で手一杯なのでしょうがない。
「まさかあんたが仲間入りとはな。女ってのは破滅の元だって知らなかったのか?」
「ほっといてくれ。」
ついさっき檻に新入りが入った。
温かい飯を送ってくれた、アマンダに捨てられた情報屋である。
「情報屋なんだろ。なんか面白い話をしてくれよ。」
「おれは吟遊詩人じゃねえ。まあいい、とっておきを話してやるよ。俺がアリアンナ邸で待っていた時にチンピラ共と雑談したんだがな。」
せっかくだし、彼らに気に入られよう。
情報屋は最近仕入れた笑い話をすることにした。
「祭りの翌日に、伯爵は掌に金属の欠片みたいなの載せてニヤニヤ笑ってたんだとよ。それが何なのか聞いたら伯爵はこう答えたんだとよ。“これがあれば世界の覇者になれる”ってな。」
「ははははははは!伯爵のイカれっぷりがここまでとはな!」
ギャング達は大爆笑だ。
ただの金属の欠片で、世界を支配できると、アリアンナ家当主がほざいてるとは。
「うおっ!なんだ!?」
「隣だ!」
ギャング達が入る檻のそばに置いてある猛獣用の檻が激しく揺れている。
中に見えるは大きなネズミだ。まるで主人を侮辱された大型犬のように、ギャング達に吼えている。
「なんだありゃ?化けネズミか。」
「騎士どもいわく、あの化け物を国王にみせるんだってよ。バル…、なんとかの復活の証拠らしいぜ。」
この悲劇の怪物“チキニー”は証拠なのだ。
作戦が失敗した際は、チキニーはバルベリス復活の証拠として国王の元に届けられる。
更なる実験が待っているだろう。
作戦が成功すればその必要は無い、成功すれば。
※※ ※ アリアンナ邸 庭園 ※ ※ ※
「何をやってるんだ、私は。」
さっきから同じことの繰り返しだ。
「木を引っこ抜いたぞ!」
バルベリスは庭園の木を1本、まるで雑草のように抜いて持ち上げた。
走り回る馬によく狙いをつけて振りかぶった。
「させるか!」
だが投擲の瞬間に騎士が投げた爆弾が、背中で爆発して邪魔をされた。
木は明後日の方向へ飛んでいく暴投に終わった。
残るは背中に細刃が刺さるだけという結果のみ。
「ちまちま1人ずつ潰そうとすれば、邪魔されて避けられる。」
小技で駄目なら、大技でいこう。
バルベリスは目を閉じ、精神を集中させて精神感応の準備を整えた。
魔王の脳から念波が放たれると、騎士たちは激痛で頭を抱え始めた。このままなら数十秒で全員を死に至らしめることが出来る。
「う!」
魔王の背中で模様が光った。
ロレインの封印の発動だ。神経が乱れ、聖遺物が暴れ、念波が中断されてしまう。
その間にあいつの登場だ、聖霊が頭上から。
またしても光のメイスを振り上げている。
「ぐふ!」
顎の次は脳天にメイスの一撃を喰らい、精神感応は遮られた。
残ったのは頭を殴られ、おまけに角も片方折られるという結果のみ。
「一網打尽にしようとすれば、娘と聖霊に邪魔される。」
さっきからその繰り返し。
「よくもまあここまで刺してくれたものだ。」
ふと腕を見れば矢でいっぱいだ。痛みから察するに頭も、四肢も、体も、全身そうなのだろう。
聖遺物の刃と同じで抜けないように細工がされているので放置するしかない。
「157人もの生贄を捧げたというのに…、ん!?」
体が前に崩れた。このままでは膝をついてしまう。
バルベリスは片足を前に出して踏みとどまった。
「今、何が起こった?」
言うまでもない。
危うく膝をつくところだったのだ。魔王たるバルベリスが。
「この私が、大地に膝をつけようとしていたのか?魔王でも天使でもない奴らに?」
無様に倒れ、跪く姿を見られるところだった。
あの騎士と聖霊に。
「私は神、世界を平定するために蘇った…。これ以上の侮辱は許さん!」
“もう1つの世界”をこんな奴らに見せたくはなかったが、気にする必要はない。
全員、殺せばいいのだから。
「どうやったら死ぬんだよ!?本当に効果あるのか!?」
トランは終わりの見えない戦いを嘆いた。
サボテンかと思えるほどに矢を刺そうが、爆弾を喰らわそうが魔王は倒れるどころか膝すらつかない。
「ある!生贄を欲したということは不死身じゃない証!必ず限界を迎えるはずだ!」
「俺たちの武器も限界が近いんだけどな…。分かった、最後までやろうぜ!」
一撃でも喰らえば即死の魔王の攻撃をひたすら避け続けて、射抜く隙を狙う。
こんな無茶をしてるせいで極限の緊張状態に、騎士達は神経が焼き切れそうだ。
だが成功すれば魔王を討伐した者として歴史に名が残るだろう。
「そうだ、俺たちはあれになるんだ!あれっていうと確か…、そうだった、ゆ…!」
『聞くがいい、哀れな聖涙教徒よ!』
庭園に轟く声に邪魔され、“あれ”の名称は出てこなかった。
どうやら魔王からメッセージのようだ。
『この時代での私の評価は知っている!無慈悲な暴君、残酷なる破壊者だとな!だが貴様らは知らんのだ、私の慈悲深さを!信徒たちに誓った約束の場所を!』
バルベリスは数々の偉業を成した。
だが今は悪名高き怪物として後世に語り継がれた。敗北したからだ。
『貴様ら聖涙教徒はその目で見た事が無かろう、死後に召されるという神の御国を!当然だ、行くには死ぬしかないのだからな!死なねば会えぬとは貴様らの神は冷酷だ!だが私は違う!』
バルベリスは神を名乗った。
神に必要なもの。教義、信仰、信徒、そして天国。
『貴様たちにも見せてやろう!私の信徒が行ける約束の場所を!私が築いた楽園を!』
「さっきから何訳の分かんねこと叫んでるんだ、魔王様は。頭に矢が刺さりすぎちまったのか?」
1人の騎士は訝しんだ。
魔王が言ってることはまるで妄想狂だ。正気を失っているとしか思えない。
「イカれちまったってことは、勝利はもうすぐだな。俺たちを凱旋が待ってる。」
トランみたいに便利屋と2人乗りは出来なかったし、ロスーみたいに的確に急所を射抜けなかったが勇敢なる彼の活躍は十分に歴史に残るだろう。
後は生き残ればいい。
「じゃあ気合入れて…、なんだ!?」
騎士がとどめを刺そうと意気込むと、ブシュウッと言う音が鳴った。
音の鳴る方を見てみると地面から数メートルの高さにまで、血のように赤い液体が大量に噴き出した。まるで小さな間欠泉だ。
「血か?それにあれは…?」
三角形の板が地面から出てきて動きまわっている。
まるである生物の一部のようだが、ここにいるはずがない。
「わあ!」
何かが騎士の目前で跳びはねた。
逃げるウサギのようにピョンピョンと。そしてこの場所で起こるはずの無い音を立てていた。
「水音?まさか…、魚?」
あり得ない。
跳びはねているのは熱帯魚のように色鮮やかな魚だ。しかも地面にピチャピチャと着水している。
騎士達の馬が踏みしめているこの庭園で。
「ど、どうなってるんだ!地面が真っ黒だ!」
あまりの怪現象に騎士が地面を見るとそこに土はなかった。草も、石畳も。ただただ暗い。
呑み込まれそうなほどの漆黒が庭園を覆っている。
暗黒に落ちているのかと錯覚するほどの恐怖を感じた直後、馬の足元が揺らぎだした。
「うわあああああ!」
大きな振動と共に、視界が何メートルも浮き上がった。
地面が浮いた、いや乗っている馬ごと謎の生物に持ち上げられたのだ。
「うおおお!」
騎士は決死の覚悟で馬から飛び降り、謎の生物から逃れた。
黒い地面に落下した騎士は、巨大生物の正体を見た。
「クジラ…!?」
クジラだ。クジラが頭を地面から出し、馬を咥えている。
彼を持ち上げたのはクジラの口で、さっき噴き上がった血はクジラの潮吹きだった。
クジラはそのまま馬を吞み込むと黒い地面に潜っていった。
「なんで…、クジラが!?とにかく逃げ…!」
背後で再び、大きな水音が聞こえた。
騎士が振り向くとそこには巨大な半楕円が見えた。
あのクジラの尾びれだ。巨大な尾びれはそのまま騎士に向かって倒れた。
「うわあああ!」
口から逃れても、尾からは逃れらなかった。
騎士はそのまま虫のように、尾びれに叩き潰された。
「あれはなんなんだ!?あり得ねえよ、ここは庭園だぞ!」
便利屋の後ろでトランが錯乱気味に喚き散らす。
ついに騎士から犠牲者が出てしまったうえに、犯人はクジラなのだ。
「この地面…、影だ!庭園を影が覆っている!」
便利屋は何度も見た、バルベリスが魔物を影から生み出すのを。
奴は自分の影を庭園中に広げているのだ。
だがこの影はただの魔物生産器には見えない。まるで異界がその下に広がっているかのようだ。
「影って…、うわあ!」
錯乱したトランは落馬した。
修行では馬から落ちまくっただけあり、無事なようだ。
「いてててて…。」
トランが痛みに耐えていると魚たちが、影の海を跳びはねてこちらにくる。
鮮やかな魚が月に照らされ、実に美しい。
「危険だ!早く乗るんだ!」
馬上の便利屋はトランへと手を伸ばした。
だが当のトランは呑気だ。魚の何に怯える必要がある。
「たかが魚だろ…、うわあ!」
人間の頭蓋骨が見えた。
魚はトランの目前に現れると、その頭が髑髏に変えていた。
「うわ、うわ、離れろ!怪魚ども!」
髑髏面魚がトランの鎧に噛みついた。
いくら暴れても髑髏面魚はその口を開きはしない。
「鎧を脱ぐんだ!」
「あ、ああ!」
言われるままにトランは鎧を脱ぎ捨て、便利屋に引っ張られて馬上へ戻った。
だが髑髏面魚は群れをなして2人が乗る馬を追いかける。
「庭園が地獄になっちまった!」
どこから現れるかも分からない不気味な怪物どもから常に狙われる。
地獄以外に表現する言葉はないだろう。
『楽しんでるか!?私の天国を!』
バルベリスは再度、声を庭園に轟かせた。
これから死ぬ場所について教えてやるためだ。
『数多の依り代たちが私に全てを捧げた!家族、財産、知識、記憶や心すらもな!慈悲深い私は、我が栄光に一切を捧げた魂を新たな姿にして楽園に召した!我が影を、生命が生まれた海に模したこの場所に!ここは私が依り代たちに誓った約束の場所。“栄光の海”なのだ!』
精神空間である“聖域”、そして肉体を得た際に作れるこの “栄光の海”。
これらがバルベリスの持つ2つの世界である。
『御国の住人たちよ、我が敵を滅ぼせ!』
「狂ってやがる!魂すら搾りかすにされた挙句、お絵かきの絵具か!」
ロスーは戦慄した。
あらゆる自分である事の証明を全て剥奪されて、悪趣味な芸術の素材にされるとは。
これがバルベリスに魂を捧げた者の末路。
「ロスー、助けて!」
仲間の騎士が馬と共に、夥しい数の魚に群がれて助けを求めている。
顔がネズミの奇妙な魚だ。仲間は瞬く間にネズミ面魚に覆われ、影に引きずり込まれていく。
「手を伸ばせ!」
馬から身を乗り出し、影から唯一出ている彼の手をロスーは掴み、影から引きずり出した。
随分軽かったので、あっさりと助け出せた。
当然だろう、ロスーが握っていたのは千切れた腕だけだったからだ。
後はネズミ面魚の餌になってしまった。
「くそったれがあ!」
「この影から出られさえすれば…!」
ある騎士は馬を走らせ、魔王から遠ざかった。
魔王の影とて限界はあるはずだ。この海にも。
「あった、縁だ!」
影の縁が見える。その外に土が見える。草が見える。
この地獄から出られる。
「後ちょっと…、へ?」
通せんぼをするかのように木々が影の縁から生え、騎士は言葉を失った。
よく見るとそれは木ではない。木が蛇のように、くねったりするはずがない。
「クラーケンだ!」
違う、これは巨大イソギンチャクだ。
イソギンチャクの触手は馬と騎士を捕え、“影の海”に引きずり込んでいった。




