第74話:残酷な戦法
※ ※ ※ 噴水 ※ ※ ※
前触れもなく始まった聖霊と魔王による超常の戦い。
もはや人が介入する余地などない。
「ふむ…。」
魔王は影から魔物を生み出しながら、この聖霊は何者なのか思考を巡らせていた。
あの賊から出てきて、強烈な魔術を使う。分かってるのはこの2点。
一言も発することなく、純粋なる殺意を向けてくるが憎悪は感じない。
賊の守護霊か何かだろうか。だとしたらあの賊の謎も深まるばかりだ。
既にこの場から逃げたようだが奴も一体、何者なのだろうか。
「そろそろ飽きたな。」
群れに魔物を供給するのも疲れた。
派手で見栄えはいいがそれも最初だけ。慣れれば退屈でしょうがない。
「次の段階に移るとしよう。」
やはり戦いは自分が参戦するものだ。
※※ ※ アリアンナ邸 正門近く ※ ※ ※
チンピラ達は魔王から逃げるため、アリアンナ邸の正門へと走っていた。
その中に1人だけ希望に満ちた表情の奴がいる。飲んだくれ野郎だ。
「こいつさえあれば…。」
彼は走りながら懐に隠しておいた美しい短剣を取り出してうっとりと眺めた。
賊からくすねたお宝。これがあれば人生をやり直せる。
まずは酒と女につぎ込んで、気が済んだら新しい生活だ。
どんな街に行こうか、どんな家を建てようか。今からワクワクが止まらない。
「船に乗ってあったけえ国に行くのもいいな。シャンパン片手に…、うおっ!」
すぐそばを大きな動物が猛スピードで横切り、妄想の邪魔をされた。
馬の足音だ。10頭ほどの馬が先ほど逃げてきた場所へと走っていく。
「おーい!そっち行くとやべえぞ!やめとけよ!」
騎手は鎧を着ているから、騎士だろう。
飲んだくれ野郎の助言など耳に入らないようだ。
「勝手にしな。」
英雄になりたければ、なればいい。
どうせ名も残らない無駄死にを迎えるだろうが。
英雄にならず、後世に名も残さず、充実した人生を送るとしよう。
アリアンナ邸の門が見えた。あれをくぐれば新たな人生だ。
「待ってろよ!美酒に女ども!金持ちが行くぞ…、ってなんだ?」
大量の鳴き声が聞こえてくる。上からだ。
飲んだくれ野郎は空を見上げた。
「嘘だろ!?」
彼は空を見て絶句した。
新たな人生を始めるにはまだ障害があるようだ。
※ ※ ※ 庭園 ※ ※ ※
「なんて戦いだ。」
逃げ出した便利屋は、噴水の方を見て改めてその光景に息を呑んだ。
光と闇、善と悪、陽と陰。相反する存在の対決がこんなにも分かりやすい形で見れるとは。
聖霊の閃光と、魔王の魔物たちが拮抗して押し合うその様を是非とも芸術家に見せてやりたい。歴史に残る名画を描けるはずだ。
「情けないな…。」
便利屋は無力さを嘆いた。
あの聖霊の真下にいて、そのエネルギーを感じたから分かる。
自分が手出し出来る領域ではない。魔術は使えず、武器もないのだ。
出来る事と言えば、ロレイン達と合流して一刻も早く逃げることぐらいだ。
「急がなきゃな…、っと!?」
踵を返すと、そいつと目が合ってしまった。
肉を食いちぎれそうな嘴を持つ、狼ぐらいの大きさの鳥である。
殺意をみなぎらせてこちらを見ていた。
「そうか、お前も使い魔か。確かにお前らの仲間は殺してしまったが、ここは穏便にいかないか?」
それは大した問題ではない。
どちらにせよ襲い掛かるのだから。
「じゃあかかって…、ぐぅ!」
魔王のデコピンによるダメージが思い出されるかのように足に響く。
彼の痛手に構うことなく、魔物は飛び掛かった。
「危ない!」
便利屋の危機を見て、即座に弓を構えて矢を撃った。
団長のしごきに感謝だ。おかげで馬上から咄嗟に放った矢なのに、魔物に命中したのだから。彼の放った銀の矢によって魔物はたちまち消滅した。
「来てくれたのか!」
頼もしい援軍の到来だ。
たとえ魔王がいようとも臆することのない訓練された軍馬を駆る信頼を築いた者達。
騎士達の到着だ。
「待たせたな!」
トランは練習しておいた台詞を自信満々で放った。完璧なシチュエーションだ。
悦に浸ってもいいだろう。
「カッコつけてる場合か。今はどんな状況なんだ、便利屋さん?」
自分に酔っているトランを押しのけ、ロスーが質問を投げかける。
返答を濁したり、躊躇う暇はない。便利屋は単刀直入に返した。
「すまない。作戦は失敗して、バルベリスは復活した。ロレインと執事さんは、伯爵の部下と共に逃走中だ。」
「そうか…。」
これで失敗した場合の計画に移行だ。
都の民は王都に避難、そして騎士団は都で籠城。
団長も戦友たちも命ある限り戦い、時間を稼ぐ。最後の一兵まで。
「正気に戻って欲しかったんだがな。あの人の元でもう一度、戦いたかった。」
伯爵は騎士団を率いた威厳ある指導者だった。
彼の指揮があれば、勝てない相手などいないと思えた。
それが今や世界を陥れる脅威となってしまうとはやりきれない。
この場にいる騎士達が奥底に抱えていた想いをロスーは代弁するのだった。
「メソメソしてる場合じゃねえよ。魔王はどこにいるんだ?」
「あそこに…、ん?」
便利屋が噴水の方に視線を向けるとそこに先ほどまでの光景はなかった。
闇の奔流はその流れを変えていた。魔物たちはバルベリスが立っていた場所を中心にして、竜巻のように渦巻いて飛んでいた。
「あの輝く幽霊は誰なんだ?」
トランは浮かんでいる神々しい霊を見た。聖霊は変わらず、魔物たちに閃光を照射している。
だが渦巻く魔物による防御は固く、渦の中が見えもしない。魔王を守っているかのようだ。
「俺の中から出て来て、魔王と戦っている。多分、俺の守護霊だ。」
「随分と徳の高い守護霊だ。」
だが納得できる。
これまで多くの奇跡を起こした便利屋になら、あれほどの守護霊がいてもおかしくはない。
「じゃあもうあの守護霊様に全部任せちまえば…。」
その時雷鳴が轟き、稲光が走った。
突然の雷に一同がどよめく。たった今、魔物の渦に落雷が起こったのだ。
「見たか!?黒い渦に雷が…。」
「逆だ!黒い渦から空へと、雷が走ったんだ!」
便利屋は見逃さなかった。
雷の発生が空ではなく、あの魔物の渦であることに。
雷の直後、渦を形成していた魔物たちは一斉に飛び去って張本人が現れた。
「あれが魔王バルベリス…!」
渦が消えて露になった真の姿。
身長は約3メートル、赤黒い肌、頭にはアンテロープのようにねじれた角、トラを思わせる刃のような爪、全身から漏れ出る邪悪なオーラ。魔王と称するに相応しい“魔人”だ。
あの使い魔の渦はこの姿へ変わるための蛹だったというわけだ。
「聖霊の腕が…!」
雷によって輝く霊は噴水から吹っ飛ばされ、庭園上空に浮いていた。
聖霊を見ると左腕を失っている。先ほどの雷を喰らい、片腕を消し飛ばされたのだ。
「便利屋さん、馬に乗ってくれ!逃げるしかない!武器はあるけど、敵うわけねえよ!」
「武器があるのか。だったら…、それにここは庭園…。だが…。」
トランが声をかけると、便利屋は固まって思考を巡らせていた。
あの強力な聖霊、魔王を恐れない勇猛な騎士と軍馬、対バルベリス用の武器、馬が走り回れるほどに広大な庭園。この場にあるカードで取れる魔王討伐への戦法。
「便利屋さん。あんたが迷うってことは奴を倒せるかもしれないんだろ。じゃあ俺は乗るぜ。ここにいるみんな同じだ。」
トランは知っている。
迅速な判断を行う便利屋が逃げるという手段を即座に選ばないということは勝てる可能性があるということを。
「けど危険が…。」
トランも、ロスーも、騎士達を見て分かる。
彼らの答えは決まっていることを。
「遺書なら書いてきた。じゃなきゃこんな渦中に援軍になんて来ない。」
「あんたは命がけで俺たちの都を救ってくれた。今度は俺たちが命を預ける。」
便利屋は悔やんだ。この提案を拒絶されるかもと思った事を。
彼らの覚悟を見誤った事を。
「ありがとう。じゃあ今から話す。」
出来ればやりたくなかった無謀な提案を騎士達に伝えた。
「またこの姿になれるとはな。」
“混沌の時代”に天使との戦いに敗れて以来だ、“魔人”の姿になるのは。
およそ1200年ぶりだ。邪気が溢れ、力が迸る。
この姿になりたかったからこそ200年を耐え、157人の生贄を捧げたのかもしれない。
「もう少しお前と遊ぶとするか。」
聖霊は片腕を失おうとも闘志は消えていない。
歩み寄ってくる魔王へ残った右腕を向け、光を照射する体勢を取った。
「お前は光しか使えんようだな。」
すると魔王は指を軽く上げた。大地への命令だ。
分厚い大きな土の壁がせり上がって盾となり、聖霊の光は遮られた。
「私は万物を味方に出来る。」
魔王が今度は指を鳴らせば土の壁が砕け、土煙を巻き上げて崩れ落ちる。
聖霊は霊体、ゆえに物質である土砂は透り抜けるが、視界を奪うには十分だ。
「守護霊ごときが相手を間違えたな。」
土砂が晴れると、魔王は既に地上にいなかった。
奴はその“魔人”の背中からドラゴンのよな翼を生やし、聖霊の上を飛んでいた。
聖霊が見上げるも時は既に遅し。霊体も捉えられる“魔人”の手で、聖霊の首を掴んだ。
「左腕は奪った。次は右腕だと思うだろう?いや違う、首だ。」
空を飛びながらの戦い、過剰な程の光のエネルギー、この聖霊は奴らを思い起こさせる。
自分を天空へと追いやった、あの忌まわしき翼ある者たちを。
さっさと退場願おう。
「消えゆく様を見届けてや…、ん?」
その首を捩じ切ろうと力を込めたその時、視界の下からある物が現れた。
ボールのように丸くて、燃える糸が付いていて、まるで爆弾だった。
「うお!」
当然のように爆発した。
“魔人”の肉体に爆風などそよ風に過ぎないが、とどめの時を邪魔されるとは。
「よし!」
魔王が地上を見ると、馬に乗る便利屋の姿があった。
他にも馬に乗った騎士が見える。
「賊と、それに騎士共か!どこまでも邪魔を…、う!?」
高度が落ちた。
さっきまで安定して飛行していたはずが、気を抜けば落ちてしまいそうだ。
翼を見れば理由がわかる、穴だらけになっている。他にも身体を見ればカミソリのように小さな刃が全身にいくつも食い込んでいる。
「どうだ、魔王様!特製の爆弾を喰らった気分は!銀の刃をたっぷり入れてんだぜ!」
純度の高い最高級の銀、それを細かくて切れ味のある刃に加工。その“銀の細刃”を詰めた爆弾である。
飛び散った“銀の細刃”はバルベリスの身体に刺さり、翼を穴だらけにしたのだ。
「くだらん真似を…、うぅ!?」
腹部に違和感を感じ、視線を下ろすと怖気が走った。へそに指が刺さっている。
聖霊の人差し指が根本まで。地上の騎士と、不安定になった飛行に意識を取られて反撃を許してしまった
「ぐぅ、があ、うおおあああ…!」
聖霊が指をグリグリと動かし、内臓をグチョグチョとかき回す。
指を通し、魔王の体内に直接聖なる魔力を流し込む。
肉体と魔力、あらゆる面で体内を破壊されていく。
「やめろ!」
いくら魔王とはいえは堪ったものではない。
“魔人”の爪でへそに刺さる聖霊の指を切断して逃れるものの、飛行を維持できずに落下するのであった。
「蠅に蟻が!誰を相手にしていると思…、ぐあああああああああああ!」
両足で着地して横たわる姿を晒さずに済んだが、まだサプライズが待っていた。
傷口から血が噴き出し、全身を貫くような激痛が襲ったのだ。
わき腹、両足、みぞおち、両脇、肩、へそ。
聖遺物の刃、銀の細刃、聖霊の光、それらがつけたあらゆる傷口からだ。
「あの霊が…、痛覚を戻したのか…!?」
“最高傑作”が断ってくれたはずの痛覚と出血。
それをあの聖霊は指を犠牲にしたへそへの攻撃によって、経絡を刺激して復活させたのだ。
「さっさと抜いておけば…!」
刃に返しが付いていた、痛覚を断って危機意識が薄れていた、そのせいで聖遺物を抜くのを後回しにした事がこんな結果を招くとは。
「何故こんな真似が出来…、ぐあ!」
聖霊が経絡を扱える理由も気になるが、考える余裕など彼らは与えてくれない。
残酷なる騎士たちは激痛で喘ぐバルベリスのこめかみを射抜いた。
「よっしゃああああ!」
「すぐ後ろで騒がれると気が散る!静かに座っててくれ、トランさん!」
魔王に苦痛の叫びをあげさせた興奮がトランを叫ばせた。自分の技が魔王に通じる。
鍛えられた銀の矢を、鎧も貫く強弓から、修行した弓術で放てば魔王の肌も貫ける。
馬術が不得手という問題も便利屋と2人で馬に乗り、彼に乗馬を任せる事で解決した。
「調子に乗るな!」
激痛に喘ぐバルベリスは怒りのままに便利屋たちが乗る馬へ炎を吐き出した。
鉄すら溶かす、激しい火炎放射だが広い庭園を縦横無尽に逃げ回る馬が捉えられない。
「後ろを気にした方がいいぜ、バルベリス!」
便利屋たちに気を取られる魔王、その背中を今度は馬に乗るロスーが射抜く。
団長に騎射を褒められただけある。矢が刺さったのは背後の急所、腎臓だ。
「おのれ…、ぐおおっ!」
ロスーの方を向けば、今度は違う騎士が股の間に“細刃”入り爆弾を放り込んでドカン。
これこそ騎士団の訓練が完璧に働くフォーメーション。
決して近づかず、弓矢と爆弾でダメージを与える。魔王が攻撃してくれば馬の俊足で逃げ、その隙に別の騎士が射抜く。それを繰り返す。
戦場が広大な庭園ならこの戦法は通じる。
おまけに無口で超強力な助っ人もいるのだ。これならいける。
「俺たちが魔王を討ち取るんだ!」
「おおおおおおおお!」
便利屋の檄に騎士達は全霊で答えた。




