第7話:1200年前の奇跡(挿絵あり)
※ ※ ※ 夕方 都 教会の庭 ※ ※ ※
「神様が世界の終わりを宣言してから7日目。神様は再び、地上に降りてきました。世界の滅亡を見届けるため、そして彼の決断を確認するためにです。」
語り部。それがままごとでのロレインの役割だ。ロレインは神話を全て覚えてるので適任だ。小さな台の上に乗っている二人の子供たちへと目をやった。
「ソルゼは妻とともに大きな灯台の上にいました。旅で見つけた大きな湖のそばに建つ巨大な灯台です。大地を覆う炎から逃げるには十分な高さでした。友の決断に神様は安心しました。」
巨大灯台に見立てた台の上でソルゼ役は灯台を模したキャンドルホルダーに入ったろうそくに火をつけて掲げていた。力の限り精一杯。
「ソルゼは人々を見捨てたのではありませんでした。灯台の光で人々を集めていたのです。集まった大勢の人々は船に乗り、巨大湖の上に避難していたのです。これなら大地を覆う炎からも逃げられます。」
地面には巨大湖を模した大きな丸が描かれており、丸の中には数人の子供たちがいた。大勢の人々というにはささやかだが。
「神様は知っていました。ソルゼの優しさを。彼が人々を見捨てるはずがありません。しかし、神様の心が変わることはありませんでした。」
ロレインは木の枝を大きな丸の真ん中に突き刺すと、丸の中にいた子供たちは手をあげて突き刺した部分の周りを回り始めた。
「神様は湖の真ん中に雷で巨大な穴を空けたのです。船に乗った人々はどんどんと湖に空けられた穴に吸い込まれていきました。」
「助けてー。」
どこか可愛らしい子供たちの演技を聞いて、ギャラリーの微笑ましい声が響く。
「そんなどうすれば…。助けてくれ!天使たち!」
ソルゼ役が声を振り絞った後、2人の子供たちは台から降りた。
「天使たちは初めて神様の命に背き、沈みゆく人々とソルゼの願いを聞き届けました。」
虹の天使を演じる子供達は台を持ち上げ、大きな丸の真ん中に置いた。先ほど枝が突き刺された場所の上に。
「虹の天使たちは巨大灯台を持ち上げて湖に沈めて神が空けた穴を塞いだのです。さしもの巨大灯台もほとんどが沈み、てっぺんの篝だけが湖の真ん中に顔を出していました。しかし、神様はもう一度、湖に穴を空けようとしました。」
ロレインが枝を再び、振り上げたその瞬間だった。
「ソルゼ、ソルゼはどこにいるの!?」
女の子の声が響いた。ソルゼの妻に配役された子だ。台の上に乗っかっているのは彼女だけだ。
「ソルゼの姿が見当たりません。ソルゼは天使が灯台を運んでいる最中に灯台から落ちてしまったのです。あまりの高さゆえにソルゼの体はボロボロになり、湖に沈んでいきました。」
ソルゼ役の男の子は円の真ん中で倒れている。
今から奇跡が起こる。世界が救われた奇跡が。
「ソルゼは最期の言葉すら残さずに息絶えました。動物も、人間も、天使様でさえも神様とは対等ではありませんでした。自らに跪く者しかいない世界で唯一、自分に向き合ったのはソルゼだけでした。神様は対等な存在を失い、真の喪失を知ったのです。そして気づきました。自らの創造物が受けていた悲しみを。」
この時に神は知ったのだ。
創造物の想いが既に神の御心さえも凌駕していたことに。
「溺れ死んだソルゼは天使たちによって引き上げられました。彼の死を見てソルゼの妻は泣き叫びました。彼女だけではありません。ソルゼに救われた船上の人々も。虹の天使たちも。そして神も。」
ソルゼ役の子を囲む子供たち全員が目頭を覆った。いつも見てる教会の宗教画を再現するかのように。
「神様は泣きました。その涙は雨となって大地に降り注ぎ、滅びの炎を消しました。」
天使役の子供たちが手をつないでゆっくりと歩き回りだした。これがフィナーレだ。
「7人の天使たちは手をつないで空を飛びました。天使たちは自らの体を虹に変えて雨を晴らしたのです。ソルゼの死と天使の自己犠牲によって神様は罪深い世界、ラザルアを受け入れたのです。そして1200年前、救い主ソルゼに救われた人々が私たちの聖涙教をつくられたのです。」
終わった。ロレイン主催の劇団の公演が。すると割れんばかりの拍手が響いた。気が付けばこのささやかな劇に多くのオーディエンスが集まっていたのだ。
歓声にロレインは丁寧にお辞儀をした。ロレインを真似して戸惑う子供たちもお辞儀をするのだった。
「ありがとうございます。」
礼をするロレインは観衆の中にある人物がいることに気づいた。ずっと会いたかった人だ。
「司祭様。」
※ ※ ※ 都 教会 ※ ※ ※
世界の終わりを宣告されてもなお、命を救うことを決して諦めなかった救い主が照らした灯台の火。
1200年前、彼に救われた湖上の人々はこの話を世界に広めた。
ソルゼの灯台の火は人々の心に瞬く間に信仰として広がった。
やがて人々は救い主をそばに感じるためにソルゼの灯台に模したシンボルを作った。
あるシンボルは持ち運べるほど小さく、あるシンボルは建物の上に飾られた。
その建物とは人々が神と通じ合うための場所、教会だ。
「あなたという子は…、静かに待つこともできませんね。ですが、楽しいものを見せてもらいました。」
司祭マデリーンの精神は極限まで擦り切れていた。
今の都は多くの問題を抱えている。その対処に精一杯だからだ。
光刺さぬ闇である今こそ自らの信仰を神が試されているのだとマデリーンは信じている。だからこそ、先ほどロレイン達が見せてくれた神話の再現はマデリーンの心に久方ぶりの安らぎをもたらしてくれた。
「司祭様!どうか…どうかお願いします、お父様を、父をお救いください!」
「ロレイン。何度言ったら分かるのです。ティモシーの心は既に闇に沈んでいます。たとえ邪悪な力から引き離せたとしても彼はまた別の邪法にのめり込むでしょう。あなたに出来ることはひとつ。父の元を離れる以外にないのです。」
マデリーンは何度もロレインに留学先を薦めた。父に見切りをつけて新しい人生をはじめられるように。
「証拠を…、証拠をお持ちしました!父を惑わせる証拠を!せめてお目にかかるだけでも!」
ロレインが差し出した手の上には丸くて平たいケースが乗っていた。
「これは…!?」
マデリーンは感じ取った、ケースから漏れ出す魔力を。ケースを手に取ったマデリーンはロレインに背を向けて恐る恐るそのケースを開いた。
「いかがでしょうか?」
ケースを開ける音が聞こえてから、10秒ほど経っただろうか。
マデリーンは声も出さず、微動だにせずに固まっている。
「司祭様?」
ロレインの耳にコインが落ちたような音が聞こえた。
視線を落とせば、マデリーンの足元に何かが落ちている。
「これは…?」
欠片だ。
刃が砕けたかのようなただの金属片だった。
ロレインは金属片を拾おうと手を伸ばした。
「いけません!」
ロレインの手が触れる寸前に、マデリーンが絶叫をあげてケースで金属片を抑えつけた。
そして、毒物でも扱うかのように素手では触れないように慎重にケースの中に戻した。
「一体どうしたのですか!?そんなに声を荒げて!」
「はあ、はあ…。すみません。この欠片に魅入られていたのです。」
金属片がケースから姿を現した瞬間、マデリーンは蛇ににらまれた蛙のようにその凄まじい禍々しさに取り込まれそうになったのだ。
ケースから唐突に飛び出した狂気の産物にかき乱されたマデリーンの精神が肉体に反映されるかのように一気に大量の冷汗が流れ、呼吸は乱れてよろめいた。
「そんなに危険なものなんですか!?」
生き物でさえないただの欠片にここまでかき乱されるとは。
どれほどに危険な代物だというのだろう。
「ありがとうございます、ロレイン。これなら、きっと王さえも動いてくれるはずです。」
「では、父は助かるのですね!」
ロレインの希望に満ちた瞳からマデリーンはかすかに目をそらした。マデリーンの瞳は穏やかさで包んだ悲哀に満たされていたからだ。
「一族の心配はありません。あなたは父の罪を暴いたのです。地位も名誉も守られる。そう、これさえあれば…、あら?」
違和感に気づいた。
確かな存在感を放っていたケースが手中にないからだ。
「確かにこれはヤバい代物じゃな。」
マデリーンにとって聞き覚えのある声だった。懐かしく、騒々しく、太々しい声だ。条件反射的に感情が沸き上がり、マデリーンは振り返った。そこにはいた、いつも自分の心をかき乱し続けたうつけ者が。
「バルマン、いったい何の用があってにここに来たのです!?」
「教授!?」
「いやあ、マデリーンにロレイン。久しいのう。」
手を挙げたバルマンの手には大事に持っていたはずのケースが握られている。
ロレインとのやりとりの最中にマデリーンからバルマンがすり取ったようだ。
「返しなさい!」
「おおっと。」
バルマンが持つケースは軽やかかつ滑らかな動きでさらりとマデリーンの奪還を免れた。
「この…、バルマン!」
二人の老人は金属片を巡って、ロレインをそっちのけで追っかけっこを教会の中で始めた。
「待ちなさい!この愚か者!」
「ほっほっほ。」
ロレインは2人の老人の追いかけっこをただ眺めるしかできなかったのであった。
「あの方が件のすごい司祭様か。」
「あなたも来たのね。人に見られなかったでしょうね。」
ロレインに声をかけたのは便利屋であった。
集合完了だ。
「ちょうどいいわ。あの二人はああなったら長いの。教会の案内をしてあげる。」
「お、それは嬉しいな。」
都名物の教会を、伯爵令嬢にガイドしていただけるとは贅沢な体験だ。
二人の老人、ロレイン、便利屋。教会の中の4人はしばしの間、各々の世界に浸るのであった。
今回にて聖涙教の成り立ちの説明が終わりました。
この作品にとって宗教は大きな軸となっており、力が入りましたね。
次回で1章が終わります。
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