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セイクリッド・カース  作者: 気高虚郎
第5章:作戦準備
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第51話:最後の仕上げ

※ ※ ※  都 修練場  ※ ※ ※




アリアンナ邸に衝撃が走ったその日の夕方。

打って変わって修練場。本日はアウェイクニング作戦準備開始から7日目である。


「はあっ!」


便利屋とロスーは試合をしていた。

ロスーが木剣を振るい、丸腰の便利屋が反撃せずに躱す。

だが便利屋はただ躱してるのではない。ロスーの動きを注意深く、観察していた。


「よしっ…。」


ロスーの体力が尽きてきた。好機は近い。

豪快な大ぶりだ。振るう木剣を躱し、便利屋は懐を潜り込んだ。

そしてロスーに針を突き出した。


「いてっ!ストップ、ストップ!」


ストップの言葉で試合は中断した。

ロスーは目尻に涙を滲ませて、胸の辺りを擦る。

針による刺し傷がいくつもあって痛々しい。


「やっぱり無理だ。戦って動き回る相手の経絡を突くなんて。」


「敵は立ち止まって経絡を探る余裕なんてくれない。基礎が終わったなら、後は戦うだけさ。さっきも成功したじゃないか。」


便利屋の得物は針一本、対するロスーは木剣。

これはただの稽古ではない。付け焼き刃の統身道を実戦で使えるようにするための荒療治だ。


「だけどあれはトランさんがニヤニヤしながらボケーっとしてたからで…。」


「それだよ。司祭様みたいになんて出来るはずないさ。だから相手が呆気に取られたりして固まってる時を狙えばいいんだ。」


「なるほど…。」


針のように小さな経絡を突くのは至難の業。相手が動き回るなら尚更だ。

マデリーンのような熟達者の領域へ到達するには時間がどれほどあっても足りない。

ならば敵に止まってもらえばいいわけだ。


「便利屋様、ロスー様。お疲れ様です。」


2人に労いの言葉をかけたのはフィリップだった。

この時間にここにいるとは。


「執事さん?こんな時間に都ですか?」


「この後に例の手続きがあるんですが銀行にはお客様が押しかけているようでして、この時間しかなかったのです。まだ時間はあるので、皆さんの様子を見に参りました。」


フィリップには任務がいっぱいある。

魔王の監視も大事だが、それぐらいこの手続きは重要だ。


「見ててください。まだ数か所ですが動きを止める経絡とかなら突けるようになりました。時間がどれだけ残されているか分かりませんが、その時までにもっと磨き上げて見せます。」


投げられる修行を終えた彼は、マデリーンの見立て通りたった一日で経絡を捉えられるようになった。後はこれを戦闘に活かせるまで昇華させるのみ。


「素晴らしい才能ですね。頼もしい限りです。」


「へへ…。なんでかすぐ出来ちゃって…。」


お世辞の無いフィリップの言葉に便利屋の顔がにやける。

アウェイクニング作戦の成功率は限りなく低い。

しかし、この便利屋が関わっていると思うとなぜかうまくいくと思ってしまうのだ。


「そう言えばトラン様があそこで固まっておられるのですが、あれも修行の一環でしょうか?」


フィリップの視線の先にはまるで石像のように固まっているトランの姿があった。

ニヤニヤした気持ち悪い表情で微動だにしていない。


「成功パターンです。」




※ ※ ※ 都 銀行 ※ ※ ※




銀行の執務室の机では、3名の人物によって重要な手続きが行われていた。

あまりにも重要なのでわざわざ銀行の頭取自らが対応するほどだ。


「今日は随分と人が多いですね。」


執務室にいても聞こえてくる銀行に集まる人々の喧噪。

銀行の警備が総出で抑えてなければ暴動に発展しそうだ。


「迷惑な話ですよ。ただの避難訓練だというのに危惧した人々が、皆一斉に財産を卸しに来られているのです。おかげで対応が大変でして、そのせいでこの相続もこんな時間になってしまいました。」


「そうなのですね。」


どうやら作戦は順調に進んでいるようだ。

これほど人々に浸透しているのだから。


「ではこちらの書類にサインをお願いします。」


長くて複雑で大量の手続きを経て、ようやくお目見えした書類を頭取はペンと共に机に置いた。


「ではお嬢様。サインをお願いしま…、おや?」


フィリップは横に座る少女が船を漕いでいることに気づいた。

ほとんど夢の中にいるようだ。


「お嬢様。後はこの書類にサインをしていただくだけです。そうすれば終わりですよ。」


重要な手続きなので、頭取の前で本人の直筆を頂かなければ意味はない。

返事はしていないが理解してくれたようだ。

ロレインは虚ろな目のままでペンを握ると書類にペンを走らせた。


「ああ、お嬢様…。この字では少々判別が…。」


ロレインが寝ぼけ眼で書いたサインはミミズが這ったようなひどい字だ。

普段は達筆だというのに。


「いえいえ。十分、判別可能です。それでは手続きは完了しました。お疲れ様です。」


頭取の前で本人の直筆というのは確かなのだから問題ない。

これで何日もかかった手続きは終わった。


「執事さんの手際よい手続きのおかげで速やかに終わってなによりです。お母さまの遺産を相続とは、急な話で私も驚きましたが良い傾向です。お嬢様なりに現実を受け入れているのでしょう。」


「お嬢様は既に前に向かっておられますとも。」


眠りこける少女について2人の意見は一致した。

なんて立派な娘だ。この歳で母を失おうとも、父を救おうとしているのだから。



「それに比べて父君と言ったら職務を放り出して、遊び惚けて…。この先どうなる事やら…。あ…、申し訳ありません。つい…。」


ジョークのつもりだった伯爵への苦言。

もし執事と娘を怒らせたとあっては今後の進退に関わる。しかしフィリップの顔には慈悲がにじみ出ていた。


「旦那様にしばし猶予をください。あの人にとって奥方は全てだったのですから。」


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