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セイクリッド・カース  作者: 気高虚郎
第1章:その便利屋、お尋ね者につき
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第4話:司祭と考古学者(挿絵あり)

今回から回想が入ります。

過去に場面が移る際は《回想》となり、現在に戻る際は《現在》と表記されます。

ではそれを踏まえた上で第4話をどうぞ!

※ ※ ※ 都  教会 ※ ※ ※


「イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ!」


「もっとしっかり抑えて!」


教会の病室。

暴れる少女を修道女が2人がかりで机に抑えつける。

少女とは思えない凄まじい力だ。


「もう少しであの方が来るからそれまで耐えて!あなたはあの技が使えるんでしょ!やってよ!」


「無理よ!練習通りになんて…、きゃああっ!」


ほんの少しの会話が命とりとなった。修道女の1人がついに吹き飛ばされる。

これで狂える少女は自由の身だ。


「イヤダ、イヤダ!」


修道女を睨みつける少女の目。

そこには純粋な殺意と憎悪が宿っていた。


「神よ、御使いよ、救い主よ!どうか我々をお救い下さい!」


修道女は首にかけたロザリオを少女に突き出す。

救い主が人々を導いた灯台、それを万人が持てるように小さく象ったものを。


「神よ、御使いよ、救い主よ!どうか我々をお救い下さい!」


修道女の必死の祈りは、少女には通じない。

少女は修道女の首に両手で締め上げる。


「神よ、御使いよ、救い主よ…!どうか我々を…!」


気道を狭められてもなお修道女は祈るのを止めない。

当たり前だ、それが彼女の仕事なのだから。

修道女の意識が薄れていく。脳に酸素が届かない。

だがその時は来た。


「彼女たちから離れなさい。」


現れたのは1人の老いた聖職者。

そして聖職者は少女をネズミでもつまむかのようにあっさりと修道女から引き離した。


「マデリーン司祭!」


修道女は祈りによって遣わされた救い手の名を叫んだ。

彼女は都の司祭マデリーン。

救い手は猿のように暴れる少女を床に抑えつけた。


「イヤダ、イヤダ、イヤダ!」


少女は猿のように奇声をあげて、暴れようとしたが微動だにできない。

司祭は親指一本を少女の腹に押し込んでいるだけだ。だが彼女の親指は蜘蛛に刺したピンのように少女の体を完全に封じている。

少女が唯一出来る抵抗は激しい痙攣のみである。


「その子の体を去り、風に流れなさい。その子の人生はその子のもの。あなたは自らの生を全うするのです。」


「イヤダ!」


司祭の申し出を(それ)は断った。

少女を通して、(それ)は知ったのだ。

お菓子がもたらす幸せを、聖歌隊の歌がもたらす安らぎを、友達と遊ぶ興奮を。

そして嫌なときはイヤダと叫ぶことも。


「わかりました。せめて速やかな最期を。」


マデリーンはもう片方の手を、少女の首筋に添えた。

そして彼女の首に指を押し込む。


「神と、天使と、救い主よ。この者の生を、あるべき元にお返しください。」


「イヤダ、イヤ…ダ、イ…ヤ…。」


少女の痙攣が弱まり、体からは力が抜けていった。

彼女に巣食っていた(それ)と共に。





「ありがとうございます。司祭様。」


救われた修道女はマデリーンに深々と礼をした。


「どういたしまして。少女の具合は?」


「良好のようです。体力の消耗が激しいので、数日は安静が必要かと。ご両親が迎えに来られたようです。」


教会の入り口で娘を抱きしめる両親の姿をマデリーンは確認した。

両親の抱擁に、弱々しくも答える少女の姿。

この時こそマデリーンが神の導きを感じる瞬間だ。


「本当にすみませんでした。私が未熟であの技を使いこなせないばかりに…。」


「全ては神の思し召しです。神は私にあの少女だけじゃなく、あなたを救う機会まで与えてくださったのです。それに私の勇姿をご覧になったでしょ。あの技を修行する熱意につなげてください。若さの秘訣にもなりますからね。」


マデリーンは厳格なだけじゃなくて、お茶目さも持ち合わせている。

60代とは思えないほどに若々しい司祭のユーモアに、修道女は苦難の直後だというのに笑ってしまった。


「そういえば司祭様。先ほどお嬢様が来られました。司祭様に大事な用事があると…。その…、領主様のことだそうで…。」


「ロレインが?」


マデリーンは教会の信者席に座っているロレインの姿を見た。

大事そうに何かを握りしめているようだ。


「夕方まで待つように伝えなさい。その時に直接、話をします。」


「わかりました。」


マデリーンは覚悟を決めた。

今度こそロレインを諦めさせることを。




 

※ ※ ※都 考古学者の家 ※ ※ ※




汚い部屋である。

書類は散乱したままでほったらかし。食器も洗わずに床に転がり、ゴミも捨ててない。


「ふーむ…。」


散らばったゴミを無理矢理押しのけて、床に描かれた魔法陣の上に立って1人の老人が唸っている。

これまた小汚い爺さんだ。髭もボウボウである。


「大丈夫ですか、教授?」


床で胡坐をかいた便利屋は教授に声をかけた。

それにしても部屋が汚い分、便利屋の美しさが際立つというものだ。


「なんじゃい、おぬし。わしを疑っとるのか?言うてみい、わしが誰かを。」


「現代考古学の最先端で活躍し、さらに一流の魔術師、そして執事さんの旧友、バルマン教授でしょ。何度も言わせないでください。」


自己紹介の時に言わされ、事あるごとに言わされる。

自己主張の激しい学者だ。


「その通り。天才のわしに解けないものなんて存在しないというわけじゃ。」


「ですが、儀式の詠唱に関してはちんぷんかんぷんではございませんでしたか?天才であられる教授殿。」


アリアンナ邸の一室で行われていた儀式で唱えていた伯爵の詠唱。

便利屋は先ほどバルマンに聞かせたが、自称天才の教授はお手上げだったのである。

不安にもなる。


「かすれ声で唱えていることぐらいしか分からんかったが…、まあ大丈夫じゃ。この魔法陣を解き明かすことが出来れば、詠唱の方も理解が進む。順序が逆だっただけの事じゃ。」


バルマンはそう言って魔法陣を踏みつける。

詠唱の音、魔法陣の紋様、使う素材。魔術というのはあらゆる要素で構成されている。

一つでも解き明かせれば、連鎖的に解けていくというわけだ。


「というわけで便利屋よ。おぬしにも助力してもらうぞ。これを見よ。現代考古学の最先端がここに集うておる。」


バルマンが指差すは天井にも届きそうなほどに積み上げられた書類の山。

考古学界の最新の論文や資料である。貴重だというのに随分と雑な扱いだ。


「これで魔法陣は簡単に解ける。さあ、まずは書類の整理じゃ。はじめるぞ!」


「まさに人類の英知ですね。これならいけるかも。」


便利屋の胸に希望が湧いてきた。

これだけあれば大丈夫だろう。


「ぐわあああああああ!」


バルマンの悲鳴だ。

現代考古学の最先端の山はバルマンが触れた途端に崩れ出し、現代考古学の最先端にバルマンは埋もれたのである。

現代考古学の最先端が雑な扱いに怒って、仕返ししたのだろう。


「大変そうだな…。」


「何を言っておるんじゃ!早く助けてくれ!」


便利屋は早速、現代考古学の最先端の整理を始めた。

機嫌を直してくれるように心を込めて、丁寧に。


「早くせんか、バカ者!」




※ ※ ※ 《回想》 10年前 アリアンナ邸 ※ ※ ※




「ロレイン、機嫌を直しておくれ。」


「パパとママが悪かったわ。」


高潔なるアリアンナ家の伯爵夫妻は謝罪などそうはしない。

だが今の2人は父と母として、娘に謝罪をした。


「どうして、喧嘩してたの?」


真っ暗な部屋の中でシーツにくるまり、人形を抱きしめながらロレインは訊ねた。

両親はさっきまで激しい喧嘩をしていた。

父も母も大好きなロレインは耐えられず、部屋に閉じこもってしまったのだ。


「お友達を助けるか話し合っていたの。」


母、アビゲイルはロレインを背中から抱きしめた。

父、ティモシーも妻子の傍らに腰を落とした。


「お酒を飲まずにはいられない病気なんだ。」


酒浸りの友人からの金の無心。

正しい答えなどあるはずがなく、夫婦は対立した。


「ロレイン、部屋から出ましょう。爺やにお菓子を用意してもらいましょう。」


「いや!」


すっかりいじけてしまった。

お菓子作戦さえ失敗するとはどうしたものか。


「そうだ、ロレイン。お話をしてあげよう。ハッピーエンドだから安心しなさい。」


ついにこの話をするときが来たのだとティモシーは確信した。

ロレインも7歳になったのだ。この世界に生きる者にとって、このお話を知ることは義務だ。


挿絵(By みてみん)


「昔々、ある王国にソルゼという名の奴隷がいました。ある日、ソルゼはお腹を空かした人がたくさんいることに気づきました。すると彼は主人であった金持ちのごはんを人々に配ったのです。すると金持ちは怒って、ソルゼを捨ててしまいました。」


アビゲイルも夫の思惑に気づいた。

我が娘にこの世界の根幹となるお話を教えてあげる時が今なのだと。


「ソルゼは今度はエルフの主人に拾われました。ある日、ソルゼは病気の人がいっぱいいることに気づきました。主人は薬を独り占めにしていたのです。すると彼は病気の薬を人々に配ったのです。するとエルフの主人は怒って、ソルゼを捨ててしまいました。」


「お父様、お母様。ソルゼは良いことをしているのに、どうして捨てられちゃうの?」


無垢な娘の質問に父の心は痛み、お話が中断された。

この世界は我が子が信じているほど単純ではない。

そのことをいつかロレインが知る日が来ると思うと心が抉られるのだ。


「言ったでしょ、ハッピーエンドだって。ソルゼは新たな主人に拾われては捨てられました。そして最後に王様に拾われます。」


妻のフォローにより、お話は続く。

さあ、もう少しだ。


「ソルゼが牢屋番を命じられると、ある囚人に出会いました。ソルゼは友達に『なぜ牢屋に入ってるんだい?』と尋ねました。囚人は『王様の愛を貧しい人々にも分けてくれと言ったからさ』と答えました。するとソルゼは囚人を逃がそうとするではありませんか。囚人は『よせ。王様に捨てられたら、君を拾ってくれる人はもういないぞ。』と言います。ソルゼは『私には生まれた時から家族はいない。私には出会う誰か全てが大事なんだ。』と答えて、囚人を逃がしました。」


「彼はどうなったの!?」


ロレインが続きをせがむ。

母は嬉しそうだ。ようやくこの娘に最高のサプライズをしてあげられる。


「ソルゼは囚人を逃がした罰として死刑を宣告されました。たくさんの人々がソルゼの死刑に集まり、処刑人が彼に刃を振り下ろそうとするその瞬間、天から舞い降りたのです。御使いたちが。」


「虹の天使様たちね!」


ロレインはたまらず叫んだ。

天使。その名を聞いて喜ばない子供たちはいない。

この世のあらゆる悪を裁き、苦しむ人たちを救う存在。

子供たちに善き心を灯すヒーロー。


「王様と兵隊は一斉に剣を抜きました。すると天使様は一息、吹きました。天使様の吐息はみんなが持ってる剣を吹き飛ばし、丸腰にしました。王様たちはたちまち降参して、ソルゼを解放したのでした。」


ロレインはすっかり上機嫌だ。

父と母は天使に感謝した。我が娘の晴れやかな笑顔を見せてくれたのだから。


「ソルゼのもとに助けられた囚人が来ました。『祈りが通じて、天使たちが降りてきてくれた。ソルゼよ、私と共に来てくれ。天使たちには君のような天と地上の橋渡しが必要なのだ。』囚人がお願いすると、ソルゼはうなずきました。『ああ、行こう。この悲しい世界を救いに。』こうしてソルゼ達の世直しの旅が始まったのです。」


これでお話は終わりだ。

正確に言えば壮大なお話の始まりが終わった。


「それじゃロレイン、爺やにお菓子を用意してもらいましょうか。」


「やった!クッキー10枚食べたい!」


「食べすぎだぞ。ロレインはお母さんのような美人になるんだから3枚にしなさい。父さんが見張っておくからな。」


こうして真っ暗な部屋から親子3人は脱出したのだった。




※ ※ ※ 《現在》 教会 ※ ※ ※




「ん…。」


ロレインは目を覚ました。

疲れていたのだろう。思えば、昨晩からほとんど寝ていない。

教会の信者席に安息の場を見出し、ぐっすりと寝てしまっていたようだ。

人生で最も幸せだったときの記憶を夢に見て、涙がこぼれた。


「綺麗…。」


今のロレインには教会の絵画はより一層、美しく見えた。

救い主と御使いの出会いを両親が教えてくれたあの夜は今でも輝いて、記憶に残っている。


「お父様…。」


ロレインは平たくて丸いケースを握りしめた。

昨晩、便利屋から渡された大事なものだ。

後はこれを司祭に渡せばいい。

ついでに便利屋を領地から逃がす。

それで全て解決する。


「お嬢様だ!」


「ほんとだ!お嬢様、遊びましょ!」


教会で面倒を見ている子供たち。

普段は行儀が良くて静かな子たちだが、今は別だ。

ロレインを見つけたのだから。


「みんな、なにして遊ぼうか。そうだ、お芝居しましょう。天使様たちのお芝居。」


両親がくれた天使の想い出。

今はロレインが子供たちにあげる番だ。


「僕、ミカエル様がやりたい!」


「私、ガブリエル様!」


天使役の熱烈な立候補者たちが一斉に手を挙げた。

オーディションが大変だ。

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