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セイクリッド・カース  作者: 気高虚郎
第5章:作戦準備
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第44話:敗北の成果

今回から第5章に入ります。

これからもよろしくお願いします。

※ ※ ※  都 修練場  ※ ※ ※


ここは修練場。見上げれば青空が見えるだだっ広い原っぱだ。

剣や槍といった武器の練習。弓の的当て。取っ組み合い。

騎士達があらゆる戦法を学ぶ場所。

そこに騎士一同が集まっていた。


「全員揃ったな!」


「はっ!」


団長の掛け声に団員たちは一斉に答えた。

規律、戦意。共に十分である。


「これより都の、いやこの国の運命が掛かったアウェイクニング作戦の準備に取り掛かる!我らの命に代えてでもやり遂げるぞ!」


「おおおおおおお!」


命に代えてでも。

その言葉の意味が彼らは分かってるのかは不明だが景気づけには良い口上だ。


「本作戦は教会との共同だ。そして便利屋さんも加わる。」


騎士たちからの歓声を浴びながら、唯一の部外者である便利屋は皆の前に現れた。

本作戦に共に命を懸ける身なのだから挨拶は大事だ。


「みんな集まってくれてありがとう。このアウェイクニング作戦は魔王討伐ではなく、ティモシー伯爵の救出を優先目標としている。ゆえに他に協力を得ることはできない。だが俺はこの作戦の遂行に全てを懸ける所存だ。どうか協力してほしい。」


「任せてくれ!」


トランの第一声を皮切りに雄叫びがあがる。

彼は都の中州を救ってみせた英雄だ。英雄が助けを求めるならば答えるのが騎士というもの。


「血気盛んですね。皆さん。」


猛る戦士たちの前に穏やかな老人が現れた。

この作戦を取り仕切るマデリーン司祭だ。


「その意気やよし。しかし、今回ばかりは気合だけではどうにもなりません。指で剣を折り、多彩な魔術を扱い、無数の使い魔を従える魔王。この場にいる全員が一斉にかかろうとも勝負にすらならないでしょう。」


戦意の沸き上がった騎士たちが一斉に押し黙った。

現実を突き付けねば犠牲者が増えるだけだ。


「便利屋殿、私と手合わせをお願いします。何度でもかかってきてください。あなたに必要なものを授けましょう。」


「手合わせ?俺が司祭様と?」


マデリーンは便利屋に向かって構えた。

いきなりなんの話かと混乱する便利屋だが、目の前で構える老人の目が冗談ではないことを物語っている。


「賭けようぜ。おれは司祭様の全勝に銀貨5枚。さすがの便利屋さんでも相手が悪すぎる。」


「しょぼい賭け方だな。おれも便利屋さんが一本もとれないに小金貨3枚。」


「俺も司祭様に小金貨5枚。ていうかみんな司祭様ばっかりじゃ賭けになんねーだろ。」


騎士達は次々と掛け金を口にする。

便利屋は圧倒的不人気のようだ。


「俺は便利屋さんが一本とるに大金貨5枚。」


トランの掛け金に騎士たちが言葉を失った。

正気とは思えない大金だ。


「参ります。」


「全力でどうぞ。あなたには一本も取らせはしません。」


こうして勝負は始まった。




※ ※ ※ 実験部屋 ※ ※ ※



バルマンが儀式の再現をしてみせた実験部屋。

ここに集まったのは10名ほどのアウェイクニング作戦の旨について知る助祭や修道士たちだ。作戦は極秘作戦ゆえに限られた者にしか知らされていない。


「助祭さまは作戦についてご存知ですか?本当に上手くいくのでしょうか?」


「その可能性を上げる為に我々がいるのです。静かに。ロレイン様がお見えになります。」


助祭と修道士は黙って、部屋に入った人物を注視した。

この作戦、もとい全ての始まりとなった依頼をしたロレイン・アリアンナに。


「皆様。この度はお集まりいただきありがとうございます。まずは見ていただきたいものがあります。」


そういうとロレインは持っていた杖を掲げた。

倒れてしまったバルマンの杖だ。杖のその先端からは眩い光を放ち始めた。


「これは魔術?」


「お嬢様は魔術を使えたの!?」


部屋にどよめきが広がった。

初めて知らされた事実に人々は冷静ではいられない。


「はい。私は母から魔術を教わっていました。貴族の一員としてふさわしくない事であるゆえに秘していたのです。」


混沌の時代に大地を穢し、神の怒りを招いた魔術。

その魔術を貴族が使うなどとんでもないからだ。


「しかし今はその秘密を暴露してでも成さねばならない事があります。この作戦を成功させ、父を救うためには皆さんの協力が不可欠なのです。そしてこの子にも。」


ロレインは部屋内へあるカートを押してきた。

そのカートには謎の怪物が寝ている檻が乗っていた。


「なんなのこの化け物!?」


「ネズミみたい!」


どよめきの次は悲鳴だ。

この化け物を見て声を荒げない者はいないだろう。

ついこの間、生まれたばかりの新種だ。


「この子は父を救う過程で作られた哀れな怪物です。そして作戦遂行のためにはこの子にさらに哀れな事をする必要があります。皆さんにもそれを担っていただかなければなりません。」


この怪物は被害者でもある。

生み出すためにどれだけのネズミが犠牲になったことか。


「これから我々がすることでこの子は苦痛を感じて悲鳴をあげるでしょう。それによって私も、皆さんも罪の意識を感じるでしょう。しかし私は父を救うためにはこの手が罪に塗れることを厭いません。無理だと思われる方はこの場で退室されてください。」


最初は戸惑っていたが、誰も部屋を出ようとするものはいない。

それどころか笑顔でロレインを見返した。


「心配無用よ。私は血だらけの患者を何度も救ってきたわ。悲鳴に関してはあなたより遥かに聞き慣れてるの。」


「伯爵殿を救うというあなたの覚悟、この助祭がしかと見届けましょう。お付き合いします。」


この部屋にいるのは場数を踏んできたベテラン達。

悲鳴も修羅場もお任せあれだ。


「ありがとうございます…。」


ロレインはこの者たちの決意に涙を流しながら謝意を述べるのであった。



※ ※ ※  修練場  ※ ※ ※



便利屋は宙を舞い、地面に落ちて転がった。


「26本目。」


地面に寝転ぶ便利屋を見下ろしながら、マデリーンは戦績を静かに語る。

これで彼女の26連勝だ。


「くっ!」


便利屋はすぐさま立ち上がり、マデリーンへと跳躍して跳び蹴りを放った。

しかしマデリーンはその突き出された足を、軽く手の甲で払った。

それだけで飛び蹴りの向きは明後日の方向へと変えられ、便利屋は不安定な体勢で地面に不時着した。


「27本目。」


今度は前蹴りだ。

マデリーンは彼の足に手を添えて、ひょいっと持ち上げる。

便利屋の体はふわりと浮き上がって一回転を行い、背中から地面に落ちる。


「28本目。」


ヘロヘロになりながらも立ち上がって構える便利屋。

一方、マデリーンは息一つ切らしていない。


「負けず嫌いですね、あなたも。」


便利屋が動こうとした直後、マデリーンは彼の眉間を人差し指で優しく押した。

その一押しは彼の重心を大きく後ろに押し出し、後方へと転がるのであった。


「29本目。」


 



一方的な試合を騎士達は見守っていた。


「勝てっこねえよ。司祭様に勝てる人なんてこの世に何人いるか。」


「俺らも散々のされたからな。」


これこそが司祭マデリーンの統身道。身体を統べる道。

身体を支配し、力の流れを捉えて敵の攻撃すらも利用する。

便利屋が宙を舞うのは彼の蹴りがそれだけ強力だからだ。

マデリーンは僅かな動きで攻撃をいなし、思わぬ方向に逸らしてしまう。

攻撃という最大動作の瞬間を乱された者は、重心や姿勢が崩れて転倒してしまうのだ。


「いいのか、トラン?大金貨5枚だろ。一ヶ月分の給料じゃねえか。しかも中州奪還のボーナス入りだろ。一か月間、お湯だけで生きてく気か?」


「黙って観てろ。」


トランは動じていない。

まるで何かを確信してるかのようだ。


「はっ。塩ぐらいは分けてやるよ。」






「便利屋殿、分かっていただけたでしょうか?あなたに必要なものが。」


「地面に叩きつけられることが、そんなに必要なんですか…?」


まだまだ余裕のマデリーンと、限界が近い便利屋。

これ以上の勝負は敗北の上積みでしかない。


「私はあなたのように速くは走れません。高く跳べません。重い物を持つ腕力もありません。しかし、あなたは勝てない。」


「まだ分かりませんよ。」


便利屋は握手をするかのように手を差し出した。


「良いでしょう。たまにはこちらから攻めてみましょうか。」


先ほど5メートルは吹っ飛ばしたのだから近づかなくては。

マデリーンはゆっくりと歩を進めた、散歩するかのように平然と。


「来る…。」


普段は穏やかな聖職者とは思えない

老人ででありながら凄まじい圧力に後ろに退いてしまいそうだ。

だが便利屋は踏みとどまり、向かってくる達人の動きを眺めた。

間合いに入るまであと僅かだ。


「なにっ!?」


間合いの外からマデリーンは鋭い踏み込みで一気に詰め寄った。

熟達者ゆえの挙動で、察知を鈍らせたのだ。

しかし察知こそ遅れたものの、便利屋はその反射神経で迅速に膝蹴りを放った。


「見事な反応です。」


しかしその膝蹴りも彼女は半身ずらしによって紙一重で躱し、歩み寄った目的である握手を果たした。


「ぐっ…!」


マデリーンが手を回すと便利屋の腕が捻じれていく。その握りは優しいが全く逆らう事が出来ない。

腕を少し捻られるだけで全身の力の伝達を乱され、動きを封じられてしまった。

筋肉や関節の仕組みを熟知した彼女だからこそ出来る芸当だ。相手を制すのに腕力など不要。


「あなたはその機転と勇気、強さで多くの苦難に打ち勝ってきたのでしょう。だから先日の中州も浄化できた。しかしそれほどの才を以てしても打ち払えぬ困難は存在します。例えば魔王です。」


腕をさらに捩じられ、体勢も崩れていく。

このまま地面に倒されて、30連敗はほぼ確定だろう。


「あなたに必要なものとは敗北。どうか魂の底まで敗北を知ってください。逃げ出すことをためらわず選べるように。魔王は私よりも強いのですから。」


プライドは人間の判断を曇らせる。

生きる事が出来る瞬間に、人を死に導くのだから。だから今のうちにプライドを砕かねば。


「勘違いをしておられます…。おれは敗北など幾度も味わっている…。」


勝利を確信した時に人は油断する。

ほんの一瞬、マデリーンの握りが甘くなった時だった。


「そして!」


便利屋はその瞬間を見逃さず、握手したまま横宙返りを行った。

腕を捩じられたまま動かせないなら、体の方を回転させればいい。

捩じられた腕も崩れた姿勢もこれで元通り。


「俺はあなたに勝てる…。1本です…。」


突然の行動に呆気に取られたマデリーンの側頭部のすぐそばまで靴が迫っていた。

宙返りの直後に放ったハイキック、寸止めをしなければ確実に当たっていただろう。


「やりやがった!司祭様から一本取っちまった!」


「やっぱすげえよ!あの人は!」


騎士達の大喝采だ。

この便利屋は何度、奇跡を見せてくれるのか。

賭けで負けた者さえ興奮の渦に巻き込まれていた。


「信じてた!おれはあんたの勝ちに賭けてたぜ!」


賭けはトランの大勝ちだ。

トランはひたすらに跳びはねて喜びを表現していた。


「もう手合わせは十分でしょう。そろそろ本題に…、司祭様?」


敗北のショックだろうか。一本取られた直後からマデリーンは握手したまま動かなかった。

便利屋が声をかけても固まっている。


「便利屋殿…。」


ようやく動いたかと思ったら、次の言葉にこの場の一同が耳を疑った。


「あなたに統身道を伝授します。」


「え?」


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