第43話:面接
今回で第4章が終了となります。
それではどうぞ。
※ ※ ※ ??? ※ ※ ※
「先生、起きてください!」
「師匠、授業中に寝ないで!」
2つの声が青年をまどろみから引き上げた。
目を開ければ、そこにいたのは幼い子供2人だった。
「AA、ティモシー?」
愛弟子アビゲイル、そしてアリアンナ家の跡継ぎのティモシー。
2人とも自分の可愛い教え子。ここはアリアンナ家の授業用の部屋だ。
「師匠。AAなんてまだ早いわ。先代からは反対されてるのに…。」
AA。
この子がティモシーと結婚したらそう呼ぼうと話した。
その日はきっと必ず来るはずだ。
「大丈夫。言っただろ。粘り強く、時間をかけて交渉するんだ。あのお仕置き部屋に2人で住むなら結婚を許す、みたいな感じで話を持っていくんだ。後は俺が発掘した封印の小像に任せればいい。」
「そんな必要ありません、先生!必ずアビーとの結婚を父上に説得させてみせます!」
力強いティモシーの主張だ。
しかし、彼は知らない。バルマンが発掘への出資にどれだけ苦労してきたかを。
人は理想などでは動かない。
「それにやっぱり怖いわ。あの怨霊は一族の子を魔物に変えて屋敷の人を…。そんな凶悪な霊がいる部屋なんて嫌よ。」
「違うよ。サムソン・アリアンナは『民を守る力が欲しい』って言うから叶えてあげたんだ。それなのに力を御せず化け物になって屋敷の人を殺したんだ。僕のせいじゃない!」
「ティモシー。なんでそんなことを知ってるんだ?」
結婚の話題で興奮しているようだ。
誰も知らないはずの“アリアンナ家の惨劇”の真実をまるで知ってるかのように。
「すみません、先生。授業を再開しましょう。“混沌の時代”の終盤です。」
「そ、そうだったな。多くの人々が苦しみ続けた“混沌の時代”。それもついに終わりを迎えた。その理由だが、もちろん知ってるよな。」
当たり前である。
2人の生徒は腕をピンと伸ばし、回答権を争った。
「じゃあ、アビー!」
「天使様が地上に降りて来られたの!天使様はその身を犠牲にしてルシファーやアスタロス、バルべリスをやっつけて地に平和をもたらしたの!」
天使の降臨は今の世界に至る大きな転換点だ。
ゆえに教会はヒーローとして天使を奉る。
「その通り。魔王との激しい戦いによって天使は全員死んだ。特にミカエル、ガブリエル、ラファエルの3大天使の最期だが…、これはティモシーが答えてくれ。」
「はい。ラファエル様はアスタロトが毒で穢した海にその身を投げ込んで浄化されました。ミカエル様はルシファーとの決戦で刺し違えました。そしてガブリエル様は残った6柱の天使様と共にその身を虹に変えて、神様の涙雨を晴らしたのです。」
常識だ。
これにより地上には天使も魔王もいなくなった。
「俺もそうだが聖涙教を嫌う異教徒でも天使は好きって奴は多い。神の命に背いてでも天使は人間を救う事を選んだからだ。天使に背かれ、救い主に死なれて神は号泣した。そして痛みを受け入れて、世界をありのままにした。涙とは天使と救い主からの、神への聖なる試練でもある。涙によって神、そして世界は完成された。ゆえに聖涙教ってわけだ。」
我ながら素晴らしい口上だ。2人の生徒から拍手が贈られる。
何度も練習した甲斐があった、とバルマンは悦に浸るのであった。
「素晴らしかったです、先生。その知性、僕の儀式を再現する技術、僕の支配に抗う精神。あなたは十分な資格をお持ちです。」
「そうね。師匠はあのお方に仕えるに相応しいわ。光栄に思ってちょうだい。」
またしても不可解な発言だ。
奇怪な事を言う少年少女だ。変な本に影響されたのだろうか。
「あのお方って…、誰の事だ?」
「それでは考古学者バルマン。面接を始めましょう。」
部屋の床にどす黒い穴が開いた。覗き込めばこの世のどこにも存在しないような異様な空間が広がっている。穴はドンドンとその面積を広げて、部屋の床を飲み込んでいく。
「な、な、な…!?」
バルマンは訳も分からず、部屋の隅っこに逃げ込んだ。
ティモシーとアビーの方を見ると、2人は穴の上で浮きながらバルマンを笑顔で見ている。
「まずは自己紹介といこう。」
ついに穴は床全てを飲み込み、バルマンは穴へと落ちていった。
「うわああああああああ!」
ひたすら暗闇を落ちていく。いつまでも、どこまでも。
気が付けば自分の悲鳴も聞こえなくなり、落ちてるという感触すら無くなっていた。
何も見えず、声も出せず、手足はおろか全身の感覚も消えた。
「私は数万年以上前、塵芥よりも小さな精霊として生まれた。一陣の風に吹かれるだけの弱くて儚い存在だった。意識も知恵も無かったが、同族を喰らって生き延びた。」
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。
全ての感覚が完全に存在しない。
“あのお方”の声だけがバルマンの魂に届いていた。
ようやく視覚が戻ると、奇妙な世界が広がっていた。
「私が最初に憑りついたのは蝶だった。訳もわからず動き回り、本能にかられて蜜をすすった。」
幾千もの小さな視界が蜂の巣のように敷き詰められ、己の視界を形成している。
かつて論文で読んだ虫の複眼だ。
再び視界が暗転した。
「蝶だった私はさらなる強者である蛙に食われた。ひたすら動く物に舌を伸ばして喰らい、肥え太ったカエルになったな。」
真っ暗な視界に動くものだけが浮かび上がる。これが蛙の世界。
そして肥えたカエルは羽ばたくものによって、空に連れ去られた。
「次はフクロウの餌になった。そしてこれが大きな出会いに繋がった。」
空を飛んでいる。暗闇の中で森の木々がはっきりと見える。
やがてフクロウはある動物に興味を抱いた。
二本足で歩き、大柄な体格、恵まれた筋肉、毛深い体毛、そして動物の皮を簡素に体に纏っている。
「彼らは太古の人類だ。フクロウだった私に神秘を見出し、崇めたのだ。私は洪水や山火事の際には彼らを安全な場所へと連れて行った。」
奇跡のフクロウの元にいれば、災いから免れる。そう聞きつけた古代人たちは集まり、集落が出来ていった。だが奇跡のフクロウにもついに寿命が迫った。
「彼らを束ねる祈祷師に看取られ、彼が初めての人間の依代となった。こうしてわたしは知ったのだ。人間の知性と心を。」
“彼”が人と成るまでが終わるとバルマンに呼吸が戻り、指や手足を動かす感覚が復活した。原初の“彼”の体験ツアーは終了したようだ。
「ここは…!?」
目を開ければ真っ白な空間が視界いっぱいに、世界の果てまで広がっている。
そして本来の姿である老いた自分を見て悟った。
さっきの授業風景は夢や記憶ではない。
何者かに幻を見せられ、そして今もまだ見ていることに。
「まさかあなただったとはな、先生。」
その言葉の直後に風が吹き抜けた。
風が吹き終わると一匹の蝶がバルマンの周りを飛び回った。
蝶は足元でカエルに変わって跳びはね、今度はフクロウとなって飛んでいく。
そして先ほどの祈祷師となって地面に降り立った。
「貴様は何者だ!?」
「呼び名ならたくさんある。“羽ばたく奇跡”、“甘き夢”、“潜みし者”。だがこの時代で最も有名なのは魔王バルべリスか。」
“彼”が一歩近づくごとに姿が変わった。
老若男女。人間、エルフ、ドワーフ。王、聖職者、戦士、学者、農民、物乞い。
あらゆる姿に変えていき、最後はティモシー・アリアンナの姿に落ち着いた。
「今すぐその姿を止めろ!反吐が出そうじゃ!」
「姿に意味などない。私は数多の姿を経験し、歴史を太古から見守った。だがどれも同じだった。信頼で文明が築かれ、裏切りが滅ぼす。私はこの虚しい世界で確かなものを築きたかった。何度も挑み、ついに自分の帝国を得た。そして“混沌の時代”に突入した。」
歴史に多少明るい者なら、全員の意見が一致するだろう。
生きとし生ける全てが最も苦しんだのは“混沌の時代”だと。
「世界各地を治める魔王と呼ばれた者たちが世界統一をめぐって争った群雄割拠の時代。空は毒と煙で満ち、疫病や災害が武器として使われ、大地は骸であふれた。」
魔王たちの激しい戦いがまき散らしたものは憎悪や焼野原だけではない。
彼らの戦いで穢された大地は歩く死者を吐き出し、得体の知れない怪物を生み出した。
この狂気が何百年も続いた。それが”混沌の時代”。
「しかし、その時代も天使たちによって終焉を迎えた。新たな王が据えられ、現代の地図が出来た。だがどうだ、天使の犠牲によって救われたこの世界は?相も変わらず同じことの繰り返しではないか。愚かな歴史の螺旋に終止符を打つ時が来た。些末な情を捨て、私が築く帝国の一翼を担え。」
あまりに偉大な存在からのスカウト。
この誘いに乗らねば損だ。だが答えなど決まっている。
「来世で歴史の授業を受けた時に、前世で魔王に跪いた屈辱を思い出すなどごめんじゃ!頷くと思っておるのか!?」
「思うさ。答えはすでに受け取っているからな。」
「それは…!?」
魔王が指に抓まれた物を見て、バルマンは愕然とした。
所在不明になっていた邪悪な魔力に満ちた金属片だ。
「私は編み出した儀式には招待状を忍ばせている。あのダルザスのように、私の儀式を再現した時点でお前は下僕となっている。憶えているだろう、お前はこの欠片を私の使い魔に渡したのだ。」
「違う、嘘じゃ!わしはあれを川に…!」
ダルザスが持ち出した禁術とはバルベリスの儀式。それに手を出したために支配された。
儀式を再現してしまったバルマンも支配されたが抗い、欠片を渡さぬようにネズミの魔物に食わせた。しかし欠片は吐き出され、今度こそとばかりに川に捨てた。
だがその行いすらも彼の掌の上だったのだ。
「止めろ、この空間から出せ!貴様はAAやマデリーンやティモシーを傷つけた!誰が手を貸すものか…、ぐぅ!?」
呼吸が出来ない。
息を吸えず、吐くこともできない。
バルマンは胸を抑え、真っ白な地面にのたうつ事も出来ずに倒れた。
「快く承諾してくれることが最良だが、別の手法は幾らでもある。例えば命の掌握だ。お前の命は私の手の上にある。」
バルベリスが握った拳を開けば、バルマンの呼吸は再開された。
バルマンの心臓が動くか動かないかはバルベリスの機嫌ひとつ。
彼は横たわりながら激しく呼吸をするバルマンを見下ろした。
「そのわだかまりもある質問に答えれば、些末なものだったと分かるだろう。それだけで無限の知恵と、永遠の栄光が約束される。」
バルベリスは言い逃れが出来ないように、それをバルマンの目に近づけた。
「この欠片を、どうやって、手に入れた?」
言葉よりも雄弁な答えをくれてやる。
バルマンほどの達人であれば、杖は必要ない。
「地獄に堕ちようが答えるものか!」
バルベリスの目に手をかざし、ありったけの浄化の光を放つ。
バルマンが放つ強烈な光は、幻の空間の隅々まで届いた。
※ ※ ※ 都 教会の病室 ※ ※ ※
「司祭様、教授の具合は!?」
「心拍は戻りましたが呼吸が乱れて…!」
バルマンの病室内で動揺が広がっていた。
ベッドの横で作戦会議をしていると、寝ているバルマンが苦しみだして心停止寸前にまで脈拍が弱まった。鼓動は戻ったが、それでも安心はできない。
「他の方々を呼びに…、うわ!」
更なる混乱が起こった。
部屋の窓から病室内に大量のカラスが飛び込んだ。
「この!」
マデリーンはバルマンを守る事に徹し、便利屋はカラスの内の一羽を蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされたカラスは壁に叩きつけられると粘土のように潰れた。
あろうことかその黒い残骸はカラスの姿に戻り、攻撃を再開した。
「魔物なのか!?」
便利屋はシーツを振り回し、カラス共へ叩きつける。
こんなことをしても意味はない。銀か聖水がなければ。
このままではバルマンを守り切れない。
「退魔の光よ!悪しき幻を消し去れ!」
ある者がバルマンの杖を掲げて呪文を唱えた。
杖から照らされた激しい光は病室内を満たし、カラス共は悲鳴を上げて消滅した。
突然の魔術に驚いた便利屋は、その使い手の姿に言葉を失った。
「ロレイン!君は魔術が使えたのか!?」
「詳しい話は後よ!教授をもっと安全な場所に移さなきゃ!これ以上の被害をだすわけにはいかないわ!」
ロレインの気迫に便利屋もマデリーンも圧倒されていた。
彼女はもう幼気な少女ではない。
「教授が倒れても、私が代わりを務めてみせる!」
※ ※ ※ アリアンナ邸 ※ ※ ※
もう朝だ。
都で目いっぱい楽しんだチンピラ達、そしてフィリップは暴君に再び仕えるためにアリアンナ邸の前まで戻っていた。
「どうなされたのですか、バズラ様。随分と引き締まった表情ですね。」
「爺さんこそ希望に満ちた表情じゃないか。いい事でもあったのか?」
フィリップとバズラ。
どちらも昨晩は一睡もしていなかったというのに調子が良さそうだ。
「ええ。とても良いことがありましてね。光明が見えてきました。」
「俺もついに覚悟が決まったんだ。さあ、地獄に戻るぜ。」
このアリアンナ邸は地獄だ。
すぐに暴れ出す手の付けられない暴君がいる。
屋敷の扉が開くと“彼”は姿を現した。
「ボス。今戻って…、うおおおおお!」
「一体何があったのですか!?」
現れた伯爵の姿に全員が仰天した。
その双眸から滝のような血の涙を流していたのだから。
「交渉が難航したんだ。」
第4章終了です。お疲れさまでした。
次回はインターバルの状況説明回となります。
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