第32話:惨劇(挿絵あり)
注意:今回は残虐描写があります。
苦手な人はご注意ください
l※ ※ ※ アリアンナ邸 ※ ※ ※
「おお、これはこれは我が元ボス。がっかりだぜ。賊の1人にこんなにかき回されちゃって。」
「部下が無能なのさ。」
ベンズにとって待ちに待った時がついに来た。
このお高く留まったお貴族様にどれほどの恨みがあることか。
「あの人はおれにとっちゃ幸運の天使さ。おかげで俺はギャングのボスになれそうなんだからな。」
素っ裸の賊に救われ、ギャングに逃げ込んだら、その頭と幹部が捕まって残ったのは命令に従うしか脳の無い下っ端だけ。路頭に迷った連中に屋敷の襲撃の件を持ち掛ければ簡単に手懐けられた。
ギャングを乗っ取るには、後はこの襲撃を成功させるだけ。
「靴を舐めて命を乞いな。そしたらお宝だけで勘弁してやるよ。」
ベンズは素早く剣を抜いて、伯爵の喉に突き付ける。
ビッグドリームを掴むまであと少し。
「命を乞う?」
生殺与奪を握られたこの状況。
なのに伯爵はまるで動じていない。
「おいおい、自分の命の危機もわからねぇほどにイカれちまったのか?詰んでんだよ、お前は。」
「誰が、誰にだ?」
伯爵はベンズの剣を指2本で抓んだ。
まるで蟻を捕まえるかのように優しく。
「な、なにを…!?ん…!?」
ベンズは抓まれた剣を動かせなかった。
力自慢や、猛獣相手に引っ張り合うとかそんな問題ではない。
2本の指で抓まれただけの剣が、まるで岩に深々と刺さっているかのように押せども引けども全く動かない。
「誰が、誰に命を乞うって?」
「へっ!?」
ベンズは言葉を失った。
剣を抓んだまま、手首を捻った。伯爵がやったのはただそれだけ。
そしてその行為は鍛えられた剣を、あっさりと真っ二つに折ってしまった。
「かつての部下よ。掟を憶えているか?こうなった時はどうする?」
「はっ…、はっ…!」
剣と共に折られたベンズの心。
すると彼はすぐさま散々教えられた掟を口にした。
「過ちを認めて、謝罪をする…。」
人から奪わず、傷つけず、犯さず。
これらを破ったものの末路はベンズ自身が最もよく知っている。
「どいつもこいつもそれができずにああなった。それでだ。お前はこれからどうする?」
もはや取り繕う必要はないだろう。
伯爵は大量の骨に向かって指をさし、ベンズをねめつけた。
「すみませんでした…。許し、許してください…!」
ベンズは謝罪した。
惨めで、無様な命乞いだ。
「よかろう。その態度に免じてお宝よりももっと貴重なものをやろう。お前がどうしても得られなかったものだ。」
突き出された伯爵の右腕。
ベンズは視線を下げて、右腕の所在を確認して固まった。
伯爵の手が、自分の胸に突き刺さっているのだから。
「あぁ、ああ、あああああああ!」
自分の体内に伯爵の腕が入っている。初めての感覚だ、臓腑を鷲掴みにされるなど。
ベンズはこれまでの人生で上げたことの無い声を絞り出していた。
「あ、ああぁ…。返して…!」
ゆっくりと引き抜かれた伯爵の手に握られていたのは心臓。
肉体から引き離されてもなお、その機能を果たそうと脈打っている。
ベンズは己の心臓を乞うのであった。物乞いのように地べたを這いずって。
「そうだ、ベンズ。お前はようやく得たんだ。跪いて物を乞うその姿。”謙虚さ”を。」
手に握られた心臓は握りつぶされた。
潰された心臓はその圧力で鮮血をまき散らし、血飛沫をまき散らす。
血の雨が周囲に降り注ぎ、自分の血をかぶりながらベンズは息を引き取った。
「懐かしい…。臓腑を握りしめるこの手触り、温かい雨。」
血にまみれながら伯爵は恍惚とした表情を浮かべた。
どれだけの美酒を飲んでも見せなかった満ち足りた表情を。
恩知らずな裏切り者の処刑に、ブレゴ達は戦慄していた。
「こ、こんなパフォーマンスやってなんだってんだ!数はこっちが上だ!ぶっ殺して、全部分捕ってやる!」
恩知らずのドリームが命と共に絶たれたが、まだ騒ぎは終わりではない。
司令塔を失ったギャングの下っ端どもがまだ健在だ。
「ボス、逃げ…!」
「引っ込んでいろ。」
伯爵はチンピラたちを押しのけてギャングたちの集団の前にいち早く躍り出た。
お楽しみを独り占めしたいかのようだ。
「まずは大将首だ!切り落として、領地中の晒しものにしてやるぜ!」
「やれやれ、贄に出来ぬのが実にもったいない。だが大いに役立ってもらうぞ。」
馬にまたがったギャング20人以上、対するは伯爵1人。
だが伯爵は悠然とした表情で立ち向かう。
「私の憂さ晴らしにな。」
「どうなっとるんじゃ?」
ブレゴに助けられた長老はただただうずくまり、耳を抑え、目を閉じていた。
ギャングに殺されかけ、襟を引きずられ、もはやどうすればいいのか分からない。
「もう…、大丈夫かの…?」
そろそろ何がどうなっているかを知りたい頃だ。
長老は世界の現状を確認するために目を開けようとした。
「ジジイ、こっちに来い!」
「ひいいいい!」
その直後、ブレゴが再び長老の襟を掴んで引っ張った。
長老はまたしても悲鳴を上げるのであった。
「一体、何が…!」
「何も見るな、何も聞くな、ついてこい!」
ブレゴは長老を裏口まで引っ張っていった。
今この場で行われている光景を見れば、悲鳴を聞けば、この長老は死ぬまで正気に戻ることはないだろう。
「ぎゃああああああああああああ!」
※ ※ ※ 街道 ※ ※ ※
「すっかり遅くなりましたね。」
フィリップは馬に揺られながら帰路についていた。
言ってはなんだが、主のふりをした誰かから解放されたのは楽だった。
その分、バズラやブレゴにその責任を押し付けてしまった。
屋敷まであと少し。着いたら、あの怪物の様子を観察してロレインに知らせなければ。
魔王という推察、それはきっと深夜のテンションで生まれた仮説にすぎない。きっとそうだ。
「あれは…。」
ふと見上げると屋敷の方から何かが飛んでくる。
鳥が飛ぶほどの高さを舞うそれは放物線を描きながら、地面に着地するとフィリップの目前を転がった。
「なっ…!?」
フィリップは絶句しながら、目を逸らした。
転がって来たそれはあらんかぎりの苦痛を与えられた苦悶の表情を浮かべた生首だった。
たとえ一瞬でも目を合わせてしまったがその表情を忘れることはないだろう。
「屋敷で一体、なにが…?」
屋敷の門の前には大きな血だまりが出来ていた。ギャングの手足や臓物、生首、人間を構成するためのあらゆる物が転がっていた。数十人分もの人間の部品によって作られた血と肉片と臓物の海が殺風景な正門を彩っていた。
「ふうぅぅ~…。」
この海を作った本人は血にまみれ、とても気持ちよさそうに充足感に満ちた顔をして落ち着いていた。
「こ、これは…一体…?」
屋敷に着いたフィリップは惨劇を見て納得した。
先ほど飛んできた首はお楽しみの後の残り物だということに。
「おお、我が忠実な家臣よ。お前がいない間に、この屋敷は襲撃を受けたのだぞ。忠実な下僕たるお前が、この危機にいったいどこにいたんだ?」
目前に立つ血塗れの主。フィリップは暴れ狂う心臓を抑えた。
過去の悪夢が蘇ったのだ。かつてあらゆる者を炭クズに変えた先先代、だが今の伯爵はその先先代を凌駕する何かを発している。
「申し訳ありません、旦那様…。どうかお赦しを…。」
震えながら馬から降りて跪き、謝罪した。これまでいくらでも恐怖や危機に接してきた。しかし、今フィリップの目前の存在は人生で出会ったことのない脅威だ。
「今はご機嫌だ。この土産で勘弁してやろう。」
伯爵の興味は別の物に移った。馬の鞍に乗せていたお土産の高級シャンパンだ。伯爵はシャンパンを手に取ると意気揚々に屋敷へと歩いて行った。
「爺さん!」
伯爵が立ち去ると、フィリップは地面へと崩れ落ちる。地面に突っ伏した彼の元へブレゴたちは急いだ。
「大丈夫か、爺さん!しっかりしろ!」
ブレゴはフィリップに肩を貸して、立ち上がらせる。
今まで自分たちを支えてくれた執事が余りにも弱弱しくなり、ショックを隠し切れない。
「お願いします、皆さま…。」
フィリップは意識が途切れそうになりながらも、最もすべき行動を彼らに託した。
便利屋やロレインからの頼み事だ。
「この屋敷のネズミを…、捕まえてください…。」
「ネズミ!ネズミを捕まえればいいんだな!」
その言葉を伝えるとフィリップは全神経を歩くことに集中させた。
もし、他のことに意識を注げば二度と立ち上がれないかもしれない。




