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セイクリッド・カース  作者: 気高虚郎
第3章:禍ツ島
21/106

第18話:観光ツアー:地下

※ ※ ※ 都  教会  ※ ※ ※


教会。

人々の心の支えとなる場所。

非業な運命に打ちひしがれた者が救いを求めて、神の意志と通じる家。

しかし、それでも救われなかった者はどうすれば良いのか。

ロレインはその疑問に悩みながら、教会の床を掃いていた。


「いいのよ、お嬢様。そこまで綺麗にしてもらわなくても。」


壮年の修道女がロレインに声をかけた。

彼女のその悲痛な表情に耐え兼ねたのかもしれない。


「いいえ。せっかく私の依頼に協力してもらっているんです。これぐらいは…。」


「お嬢様、依頼のことなんだけどよく聞いて。」


修道女は覚悟を決めた。

誰かがロレインにこの事を伝えなければならないのだ。


「領主様は素晴らしい統治者だったわ。この地を大いに繁栄させてくれた。そのことに領民はみんな感謝してる。でもね、奥様を失ってしまってあの方は変わってしまわれたの。」


「ですが…。」


ロレインの表情が曇った。

大貴族の令嬢という大任を負ってはいるが、彼女はただの不安な少女だということを思い出させる。


「この依頼がどんな結末を迎えるにせよ、もう元の日々は戻ってこない。だけど忘れないで。アリアンナ家にあなたがいるなら、私たちは安心して日常を送れるわ。」


「は、はい。」


修道女は一人の領民として、ロレインへの信頼を伝えた。

だが忘れているようだ。ロレインはただの父を救いたい少女であることに。

その信頼は悪口以上にロレインの心を大きく打ち砕くのであった。


「そうそう。あの便利屋さん、すっごく綺麗な人よね。教会でも極秘情報だから、たくさんの人に教えてあげられないのが残念で…。」


修道女は話題を変えようとしたが、その必要はなかった。外から喧噪が聞こえてきた。

なにやら大所帯が道を通っているようだ。


「あら、騎士団の方々が帰ってきたようね。」




ロレインや修道士たちが表に出れば、そこには馬が引く檻に入れられたギャングたちが列をなして護送されていた。

悪ガキに棒でつつかれ、石を投げられ、無様な姿だ。


「すごい数ですね。」


今回は大捕り物だったようだ。

騎士たちも大物たちを捕まえたようで意気揚々の帰還だ。

すると騎士ロスーが馬に乗って、教会に向かって来た。


「修道士さん!負傷者の治療を頼む!一人は切創と出血多量、1人は打撲と骨折だ!」


「分かったわ!お嬢様、ここは私たちに任せて!」


修道士たちはすぐさま列に向かっていった。

そして走りながら、ロスーが乗る馬の背中で寝てる騎士について話し合うのであった。


「トランさんじゃない。この方は大丈夫なの?」


「いえ。こいつは疲れて寝ているだけで…。」


その姿を見送るロレインの心はかつてないほど乱れていた。

いっそ治療に加わって、忙しさに身をゆだねたい。

父のことを考えるだけで、不安でどうにかなってしまいそうだ。


「私はどうすれば…、きゃっ!?」


ロレインの頭で止めどなく溢れる不安を、背後から響いた馬の嘶きがかき消した。

後ろを振り向けば、荷物を積んだ馬を静める助祭の姿がそこにあった。


「助祭様、どうされたんですか?」


「司祭様に頼まれて追加の聖水と装備の用意をしたのです。修道士の方々に届けていただこうと思ったのですが、出払ってしまわれたようですね。」


渡りに船だ。

今のロレインにとって、馬に乗ることは良い気分転換になるだろう。


「では私が司祭様に届けてまいります。」


「申し訳ありません、ではロレイン様。橋へとこの馬を届けてください。」


ロレインは颯爽と馬に乗って、走り出すのであった。



※ ※ ※ 都  中州の下水道 ※ ※ ※



便利屋とバルマンは下水道を歩いていた。悪臭の漂う不快な場所だ。

バルマンは便利屋に先行して、霊感をとがらせて警戒している。2人とも静かに、そして着実に移動している。


「よいか。体に微弱な電流が流れるような痺れ、それが霊感じゃ。流れる部位や、痺れの強弱が霊の接近を教えてくれる。早く慣れろ。」


バルマンは迷いなく、下水道を進んでいた。彼はこの島に住んでいた。

危険地帯となった後もこの島を調査していた。

それゆえに道は熟知している。問題は今の住人だけだ。バルマンが歩みを止めた。


「1体おる。おぬしが対処せい。」


バルマンは杖からささやかな光を放って下水道の曲がり角の壁を丸く照らした。

便利屋は照らされた壁に素早く近づき、ダガーを構え、五感を研ぎ澄ます。

頭の一部のみに感じた軽い痺れ、それが強力になって背筋を走り、全身に伝わっていく。

近い。約5メートル、4メートル、3,2…のところでそれは曲がり角から現れた。

この中州の住人、悪霊だ。先ほど戦ったおかげで、もう悪霊の姿に動揺はしない。

便利屋は冷静に、ダガーで悪霊の腹を突き刺す。


「詰めが甘いぞ。」


これは成功ではないと分からせるために、バルマンはフォローした。

まだ消滅していない悪霊の頭に杖を振り下ろし、浄化の光を輝かせて即座に消し去る。


「よいな。やつらに先制も反撃も断末魔も許してはならんぞ。聖水は非常手段じゃ。使ってしまえば、奴らは悲鳴をあげる。そのダガーで即死させるんじゃ。」


普段の彼からは想像できないほど厳しい表情だ。

今のバルマンは剽軽なムードメーカーではない。


「よし、行くぞ。」


悪霊を相手に侵入するときのメリットは死体の処理に困らないことだろう。時間を節約できる。






「昔を思い出すわい。」


バルマンは警戒を続けながら、雑談を始めることにした。

そうでもしなければ、持ちそうにない。


「マデリーンは昔からあの性格で、孤立しがちじゃった。そのせいで無茶な仕事をよく押し付けられたマデリーンに付き合ったもんじゃ。幽霊屋敷の除霊とかな。」


マデリーンが司祭まで上り詰められたのもバルマンの協力あってゆえだ。彼女は賄賂といった汚い真似を決してすることはなく、危険な仕事を引き受け続けることで地位をあげていった。


「他にも遺跡の調査をしてたら古代の悪霊が…、曲がり角から2体。さっきと同じようにやれ。2体目はわしがやる。」


便利屋は再び、曲がり角の壁に移動した。先ほどの失敗を加味して今度こそ。4メートル、3メートル、2,1、ぴったりだ。便利屋のダガーは素早く悪霊の首を切り落とす。

直後にバルマンは曲がり角から飛び出し、2体目の悪霊の頭を杖から放った光の筋で射貫き、倒した。

悪霊の位置を完璧に把握した淀みないベテランの動きだ。バルマンの霊感は便利屋よりも遥かに優れている。


「見事。じゃが、まだまだわしの領域には及ばんな。」


「新人相手に大人げないことをおっしゃらないでください。」


最初に悪霊を祓ったときのしんみりした気持ちはどこへやら。今の便利屋は悪霊の首を薪割りの薪のように切断している。だが、そのような心持ちでなければこの先へは進めない。





「凄いじゃろ、ここの悪霊は。霊感の乏しいギャングにさえ、その姿が透けることもなく確認できる。」


幽霊。

大抵は闇夜に浮かぶ半透明な姿をイメージするだろう。

だがその先入観は容易く破壊された。


「それほどこの中州が強烈な禍ツ地であるということじゃ。この島は情念と魔力が蓄えられた影響で真っ昼間にくっきりとした姿の悪霊が徘徊しておる。観光地として売り出せるかもしれんな。」


「是非ともガイドを務めてください。」


ジョークを言い合うほどにまだ余裕はあるということだ。

バルマンは霊感を常に研ぎ澄まし、悪霊の位置を把握している。

下水道の構造、悪霊の位置と数、便利屋の身体能力、己の魔術と体力、いかにして悪霊を倒すか、目的地への最短距離。

それらを全て計算して最良のルートを割り出し、進んでいる。


「戻るぞ。この先は無理じゃ。」


この先にいる悪霊の数を察知した。気づかれることなく、全てを倒すのは無理だろう。同じフロアに6体もいるのだから。





2つの悪霊の頭は同時につぶれた。1つは便利屋が銀のダガーを突き刺し、もう1つはバルマンが光る杖で叩き潰した。

2体の悪霊が雲散霧消するよりも早く、数メートル先にいる悪霊へと跳躍した。

ダガーは便利屋の跳躍の勢いをのせて悪霊の胸に突き立てられた。しかし、まだ危機は去っていない。

さらに数メートル先の悪霊が声を張り上げようとしている。

だがその開けられた悪霊の口を光線が貫いた。


「さすがですね、教授。」


見事なコンビネーションで4体の悪霊はほぼ同時にこの世を去っていった。

これが2人の対応できる限界ということだろう。


「当り前じゃ。とはいえ、ここはしんどいのう。」


余裕を見せてはいるがバルマンは汗だくで、息も荒い。

それでもこの見事な魔術、さすがはベテランといったところか。


「少し休みましょう。」


下水道に入ってからどれだけの時間が経っただろう。ほんのわずかの距離を進むだけで途方もない時間がかかるように感じられる。

常に緊張状態を強いられるからだ。


「そうしよう、霊感を張り続けるのは疲れるんじゃ。」


バルマンと便利屋は下水の流れてない場所に腰を据えた。


「この暑さ、魔術師狩りの火刑の残り火のような気がしてくるわい。」


目的地に近くなればなるほど、暑さが増している。下水道の中だから湿度も上がり、その不快感は極致だ。それだけで肉体のパフォーマンスは落ちる。


「それは突然じゃった。先々代は急死しよった。ティモシーの父親が家督を継ぎ、彼にフィリップとマデリーンとわしで懸命に説得したんじゃ。魔術師狩りの廃止をな。」


不謹慎ではあったが先々代の死は逃してはいけないチャンスであった。

もはや正気に戻る日が来ることはないと皆が知っていたからだ。


「先代は名君だったころの父親を慕っておったからの。正気を失った暴君など見捨てていた。あっさり魔術師狩りをやめてくれて、ようやくわしは表舞台に立てた。」


「そこから栄光ある考古学者の道がスタートした、というわけですね。」


便利屋の称賛に心が痛む。

では今の自分は何だというのか。


「そう。そして仕事も家庭も失敗した惨めな老人じゃ。おぬしの言う通り、観光ガイドに転職しようかの。こんな危険な場所で、お客さんを導けとるんじゃからな。」


この場ではバルマンの霊感だけが頼りだ。そうでなければ、とっくの昔に悪霊に気づかれている。

だが次の観光ルートを考案しようとした時、老いたガイドは頭を抱えた。


「そんな…バカな。想定外じゃ…。」


「どうしたんですか?」


バルマンの顔は絶望に染まっていった。大切な玩具を目の前で壊された子供のようだ。


「悪霊の数が多すぎる…。これではとても目的地にはたどりつけん。」


バルマンのような卓越した霊感を持たない便利屋には悪霊の数はわからない。しかし、さっきまで空元気を披露していた彼が激しく動揺している。状況は絶望的だ。


「これも、これも、これも…。どれもダメじゃ…。」


バルマンは頭の中で目的地までのあらゆるルートを築き上げたが、そのどれもが確実な失敗につながっていた。

そしてバルマンは随分あっさり次の言葉を口にした。


「しょうがない、諦めよう。」


「残念ですね。一旦、戻って作戦を…。」


悔しがる便利屋に、バルマンはきょとんとした顔で答えた。


「違うわい。下水道から行くのを諦めて、地上に上がるんじゃ。」


再び勇ましい表情に戻ったバルマンに、便利屋はにこりと笑った。

そう来なくては。


「今度は地上を観光ですね。」

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