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夜話ユガミズム

作者: 西

あるユガミの断片。


 となりの家の青年は、神隠しにあったともっぱらの噂だった。

 なんでも、十数年前に行方不明になり、数日前にひょっこり戻ってきたらしい。

 姿を消した当時、警察はもちろん、町内や学校の友人知人家族まで総出であたりを捜索したが、見つからなかった。

 誘拐されたのでは、との噂もたったが、それにしてはどこからも、なんの要求もない。

 事故に巻きこまれたのでは、との噂もたったが、それらしき痕跡はどこにも見当たらず。

 家出したのでは、とも噂されたが、こどもの足跡や目撃情報はある場所でこつぜんと消えており、文字通り『神業によって隠された』と判ずるよりほかになかった。

 七歳で姿を消し、戻ってきた時には三十前の成人となっていたそうだ。

 二十年を経て祖父母は亡くなったが、両親は存命。

 幼いころに負った脚の傷痕をみてとり、消えた当人と判断したらしい。

「――という設定でいこうと思うんだが、どう思う」

「凡庸」

 うすら笑いを浮かべる無精ひげの男の言葉を、一蹴。

 扇風機の風を受け、風鈴がちりりと揺れる。

 畳敷きの縁側。

 眼前には荒れ放題の中庭。

 草ぼうぼうの荒地は蟲たちには楽園のようで、蚊取り線香なんざ効きやしない。

 だから昼間っから蚊帳をつりさげ、ふたり、その中にいる。

「きつねちゃんは手厳しいなァ」

 ぬるくなった麦茶を飲みほし、男がわらう。

「女子中学生をたぶらかす暇があったら、あれ、なんとかしてよ」

 指さした先には、頭でっかちな子鬼がよたよたと歩いている。

 一体や二体ではない。

 蚊帳をぐるりと囲むように、部屋のそこらじゅうに蠢いているのだ。

「そいつは無理だね」

「なんでよ」

「おれ、弱ェからな。こいつら全部追っ払うとか、ムリムリ」

 「まあ、気長に待つこった」と、大あくび。

 大の字に寝転がっていびきをかきはじめた男をよそに子鬼たちをみやれば、男の言葉通り、数時間後にはそのすべてが姿を消した。

 中庭の隅にあった、『穴』へと消えていったのだ。

 男を叩き起こし、蚊帳をくぐり、庭に飛びだす。

 羽虫が一斉に舞い、耳元に不快な羽音が飛び交った。

 ――ない。どこにもない。

 子鬼の通り抜けられそうな『穴』など、どこにも見当たらない。

「あったの。本当よ。みんな、ここに消えていったんだから」

 そうでなければ、あいつらはどこへ消えたというのか。

 拗ねたように、怒ったように、泣きそうな顔で私は言った。

 男は「わかってる」と頷き、穏やかに笑む。

「きつねちゃん」

 黄昏に呼びかける声が、怪しく響く。

 荒れ庭のなか、裸足で立つ男の背は思いのほか高く、気がつけば私は、男を上目で睨みつけていた。

「『それ』が視えることは、だれにも言っちゃいけないよ」

「どうして」

「連れていかれるからさ」

 問い返す私に、男は眼を細めた。

「おれみたいにね」




(つづかない)

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