「蒼龍」 被弾
米軍の攻撃は二航戦の「蒼龍」にも向けられます。
午前10:35「蒼龍」 被弾
一航戦の「加賀」「赤城」が相次いで「エンタープライズ」のマックラスキー隊の急降下爆撃により被爆した頃、日本機動部隊上空にはもう一隊の米艦上爆撃隊の機影があった。
彼らはマックスウェル・E・レスリー少佐率いる「ヨークタウン」のSBDドーントレス急降下爆撃隊十七機でマックラスキー隊とは別方向の南東方向からの来襲であった。
それまで低空にあった日本機動部隊の見張はマックラスキー隊の攻撃により、今や全艦高空に向けられておりレスリー隊も第三戦隊第二小隊の戦艦「榛名」の見張士により発見された。「榛名」は「右四三度高度六千に敵編隊発見」の発光信号にて艦隊内に警告すると同時に主砲・高角砲を猛然と撃ち出した。
これにより一航艦各艦も対空砲火を撃ち上げ始め、低空からマックラスキー隊の迎撃に上昇を始めていた零戦隊の一部もより近いレスリー隊に進路を変更して母艦への急降下爆撃を妨げるべく風防を反射させながら上昇をしていく。
レスリー少佐は最後の最後で発見され、乗機の周りで高角砲弾が炸裂しだし下方からも迎撃機が上昇して来るのを認めるもここまで無傷で接敵できたことを神に感謝しつつ急降下ポイントへの最後の編隊誘導を行った。
「蒼龍」艦長の柳本大佐はこの編隊がこちらに向かってくると直感的に感じ必ず躱してみせると覚悟を決め、敵編隊の進行方向及び高度、距離を見張士に逐次報告させた。
露天の防空指揮所の測距員に右前方から迫るレスリー隊の距離を「六〇 五五 五〇・・・」と読み上げさせ距離二〇で「面舵四五度!」と大声で転舵を下令した。
この思いきった柳本艦長の操艦は標的艦「摂津」の元艦長で対艦航空攻撃に対する操艦マニュアルである「爆撃回避法」を昨年作成した戦艦「日向」艦長の松田大佐から敵急降下爆撃の回避法を直に聞き興味を持った事がきっかけであった。柳本艦長はその話を持ち帰るとさっそく壱岐航海長や楠本飛行長、艦爆隊長の江草少佐、砲術長の山本少佐らと「蒼龍」艦内で定期的に勉強会を開き急降下爆撃への理解を深めるとともにその対策についても議論と演習を繰り返しある程度の方策を立ていたのだ。
まさか今回実践でそれを試す機会があるとは思っていなかったが、日頃の成果を試す絶好の機会であり、憶する気持ちよりもこの方法で必ず回避して見せるという気持ちの方が強かった。
壱岐航海長も先程から艦橋の窓から顔を突き出し高空のゴマ粒の様な敵編隊を見失わないように凝視している。
そんななか「零戦 敵機一機撃破!」の声に艦橋の内外で歓声があがる。
急上昇していた零戦隊が敵艦爆に取りつき始め敵編隊が崩れていく。
柳本大佐は「いいぞ~もっとかき回せ!」「だいぶバラケたろう」と上空を見上げながら怒鳴っている。
「蒼龍」は緊急回頭による遠心力で艦の傾斜は訓練でも滅多にない程大きくなり何かに掴まっていないと転倒してしまいそうだ。
左舷側スポンソンの兵員達からは海面がどんどん近く大きくなり、このまま艦体が横倒しになって海に引き込まれてしまうのではと不安な顔になるが柳本大佐は薄笑いを浮かべ楽しそうに「もっと回れ回らんか!」と腕組みしてどっしり構えている。
対空機銃を撃ち上げながらも急速に艦速を落とし予想以上の急角度で右への転舵を行う「蒼龍」に敵機も負けじと急降下肉薄し1000ポンド爆弾を次々と投下していく。
レスリー少佐から爆撃指揮を任されたホームバーグ中尉は「蒼龍」飛行甲板前部に描かれた敵味方識別用の日の丸めがけ「赤いミートボールに叩きつけろ!」無線に怒鳴りながら降下角度70度で急降下に入った。前方から対空砲火とゼロが機銃を撃ち上げながら照準を狂わせるべくレスリー編隊真ん中をめがけ体当たりも辞さない勢いで突っ込んでくる。隊内無線が「チクショー!やられた」「爆弾が落下した!」「ゼロをやったぞ!」とがなるが、編隊先頭のホームバーグ中尉は「お前ら!僚機にかまわずこのまま突っ込め!」と激しく揺れる機内で怒鳴りながら「蒼龍」に向け突進していく。
しかしホームバーグ中尉は急降下途中で自機の爆撃失敗を悟った、敵空母は想定を超える急旋回で右への回頭を行っていくではないか。
ベテランである彼の修正限界を超えた敵空母のみごとな回避運動であり、彼は後続の僚機が修正してくれることを祈りつつ彼自信も最大限の修正を行い投弾した。
ホームバーグ中尉の一弾目は「蒼龍」艦首左前方30mの海面に着弾と同時に爆発し巨大な水柱を噴き上げた。後続機の第二から第六弾までは右緊急回頭による「蒼龍」への命中弾にはならず左舷方向への至近弾となった。
しかし第七弾目以降は急降下中に投下角を修正して体当たりする位の勢いで投弾し
機銃を撃ち掛けながら艦橋、飛行甲板ぎりぎりを避けブレイクしていく。
至近弾が炸裂し巨大な水柱が上がる中 「敵機続けて急降下!」と見張り士が絶叫する。「両舷全速!舵戻せ―取り舵五度あてー」と柳本艦長の野太い声が響く。
その数秒後、第七弾目が「蒼龍」への命中第一弾となり後部リフト右側付近に命中し飛行甲板を紙切れの様に貫通すると防御甲板上で遅動信管を作動させ大爆発した。
その凄まじい破壊力を持つ爆風は後部リフトを宙天に100m近くも吹き飛ばした。
後部リフトは空中で逆さまの状態になるとそのまま飛行甲板に落下し轟音を発し飛行甲板をたゆませた。
吹き飛んだ後部リフトの開口部からは炎上する格納庫からの猛烈な爆炎が吹き上がった。
続く第八弾は飛行甲板中央やや右寄りの中部リフト前方10m付近に命中貫通し下部格納庫で爆発した。その猛烈な爆風は駐機してあった第四次攻撃隊第二波の九七式艦上攻撃機五機を機付き整備員、雷爆兵器員共々吹き飛ばし搭載作業中の魚雷を次々に誘爆させ周囲に甚大な被害をもたらした。
また同弾は煙突に通じる排気用の煙路も破壊し、そこを逆流した爆風が艦の心臓部であるロ号艦本式専焼式ボイラー8基のうち4基を一瞬で停止させた。
また主機である艦本式タービンも4基のうち2基が停止する大損害となり、これらにより機関出力が半減し速力も急速に低下した。
さらには機械室も衝撃と爆風により深刻な被害を受け艦内への電力供給が停止し、後に復旧するも非常に不安定な状態で消火用のポンプが稼働せず放水出来ない箇所がでるなど被爆した三艦の中で最大の被害艦となった。
防空指揮所でこの直撃弾の衝撃を受けた柳本大佐は、自分自身が切り刻まれた様な感覚と敵の急降下爆撃を回避しきれなかった思いが交錯するなか我に返ると被害の確認を視認すべく飛行甲板を見下ろした。
そこで目に飛び込んできたのは飛行甲板中央から後部にかけての猛煙とその煙の合間から見える後部リフトが飛行甲板に裏返しになっている衝撃的な光景であった。
柳本大佐はその光景に驚きながらも素早く全艦の状況を確認すべく「各部 損害報告いそげ!」と指示を行うと「応急指揮官は中部後部の被害極限の防御戦を指揮せよ!」と応急指揮所への伝声管に叫んだ。
一航艦は四隻の母艦のうち三隻までもが被弾炎上の憂き目にあい茫然自失となります。
だれがこの様な結果を予測出来たでしょうか。
勝つことがあたり前のなかで、敵に対しての慢心がいつまにか味方にも伝播した結果、
冷静に相手と自分を見ることができず実践部隊が大きな代償を払うことになります。