2-4.
本日ハ晴天ナリ。絶好の遠乗り日和である。お弁当よし!水筒よし!チーズはおやつに入りません!
久しぶりの外出に気分が高揚する。今日は約束の遠乗りの日である。
この日のために厩舎には何度か通い、馬とのふれあいを重ねてきた。ノヴァがいつも乗るという白い雄馬に乗せてもらう予定なので、彼にナデナデしたりブラッシングしたりしたところ、そこそこ良好な関係を築けた様に思う。村の牛もそうだったが、動物は結構賢いのだ。
ちなみに彼には白というそのまんまな名前がついている。近所の牛は鳴き声から皆モっさんと呼んでいたため、彼のこともヒーさんと呼び掛けたら後ろ足で蹴られかけたのは記憶に新しい。馬丁は怪訝な顔をし、様子を見に来ていたディディエお兄様は腹を抱えて笑っていた。
ディアナ様にもアルテミスという格好いい名前の愛馬がいたらしいが、逃亡時に乗っていってしまったので、離宮に置いてきたことにしてあるとかなんとか。おかげで警備の面からも、ノヴァと相乗りする事にしても怪しまれないとのこと。
鐙に足をかける段になって初めて気が付いたことがある。馬がでかくて乗れない!しかも怖い……今更どうしたら。
片足を上げた状態で固まっていると、ノヴァがひらりと鞍にまたがり、こちらに手を差し伸べてきた。一瞬ポカンとした後慌てて自分の手を差し出すと、体がぐいっと引っ張られ、次の瞬間にはすっぽりと馬上のノヴァの腕の中にいた。
こ、これは恥ずかしい……しまった、そこまで考えが及ばなかったが、これはかなり親密な体制なのではなかろうか。ノヴァが無表情なのがかえっていたたまれない。馬上で受け取ったバスケットを思わず握りしめる。
もっとも、桃色タイムはすぐに終了した。馬が走り出した途端、内臓を全て後方に置いてきたかのような体感が襲ってきたのだ。速い、高い、怖い!
「スピードを上げるので、荷物を落とさない様に気を付けて下さい。」
何故スピードを上げる!
ノヴァも私を落とさない様に気を付けて下さい!と心の中で叫びながら、ひたすら荷物ごとノヴァにしがみついた。
しばらく記憶がない。
気が付いたら湖畔に座っていた。どうやら気を失っている間に森に到着していたようだ。
視界が緑に包まれる。鳥の囀ずりも聞こえる。蜜蜂が花の蜜を集めている。私は思わず靴を脱いで走り出した。湖に足を浸す。冷たい。ほとりに白い可憐な花が揺れている。
知らない花。紅の森とは違う。でも懐かしい。胸がいっぱいになる。
「その花はエーデルワイスです。」
名前は聞いたことがある。確か王家の紋章花だ。
「本来この花は高山にしか咲かないいわゆる高嶺の花なのですが、この湖畔には何故か毎年咲きます。専門家は変異種かよく似た全く別の植物かもしれないと言っていますが。」
まるで私だ。高嶺の花によく似た全くの別人。
水に足を浸しながら、バスケットの中身のローストチキンサンドを行儀悪く頬張る。この食べ方は、夏場の私の楽しみなのだ。隣で同じくレタスサンドを頬張る草食系男子がぽつりと呟いた。
「貴女は初めて出会った時も、こうして水辺で食事をしていましたね。」
それからは大した会話もなく、静かに過ごした。ゆったり流れる時間。お馬さんは草を食み食みしている。
角砂糖をあげると、手をべろんと舐められた。生々しい感触。生きている事を実感する。
「来てよかった。連れてきてくれてありがとう。」
帰りの移動も余り記憶が無い。内臓は1つくらい森に落としてきたかもしれない。ディアナ様はとても快活な方だったのだろうと実感した。




