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湖面の月  作者: 山田ビリー
湖面の月
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1-2.

派手な馬車が村に入った時点で、近所は騒ぎになっていたようだ。家の周りには野次馬が集まり、両親は玄関前で口をぽかんと開けていた。

殿下がなんだかよくわからない名前を名乗ったが、偽名だろうか。

「家に入れてもらえるかな?」

王子様スマイルに、野次馬達はうっとりと見入った。父がはっとして扉を開けた。

母は目に見えて青ざめていた。


四人掛けの机に両親と私、王子が座る。騎士は私の背後に立った。帯剣している男が背後に立つのは恐ろしい。

騎士が長剣の柄を握ったのか、カチャリと音が響いた。


「私は貴族です。とある事情で地方を巡ることになりましたが、身の回りの世話をする者が足りません。単刀直入に申し上げると、お嬢さんをしばらく雇いたい。お嬢さんからは了解をいただきました。」

この男、私をこのまま連行するつもりか!

私が思わず口を開こうとすると、背中に硬い物が当てられた。長剣の柄。私は口を閉じた。


「そんな突然……。私は貴方を知らないし、年頃の娘に男性の世話をさせるのは……。そもそも娘は何故貴方の物らしき上着を羽織っているのですか?一体何があったんです。」

「お嬢さんの服を、私がうっかり汚してしまったのです。その時お嬢さんとお話して、是非彼女に力を貸してほしいと思い、お願いしました。お父さんの心配もごもっともですが、お嬢さんは必ず無傷でお帰しします。危険はありませんし、私も手は出しませんよ。」


嘘つけ!お前もう服破って胸見ただろうが!という心の叫びを仕舞い込むには、多大な忍耐力を要した。後ろに騎士がいなければ、例え相手が殿下でも殴りかかっていたに違いない。


「ルナ、君は本当に納得しているのかい?」

「……はい。」

ここで頷かなければ、多分彼らは無理矢理私を連れ去るだろう。両親が余計に心配するし、私の扱いも悪化する気がする。どのみち連れていかれるならば、危険はなるべく減らしたい。


ここで私は重要なことを思い出した。

「あっ、蚕!」

殿下が怪訝な顔をするが、構ってはいられない。

「すいません、蚕を連れていってもいいですか?全員は無理でも、せめて1匹だけでも。もうすぐ繭の時期なんです。せっかく大きく育ったのに……」

殿下が一瞬、ものすごく嫌な顔をした。虫が嫌いなのだろうか。でも私の蚕を見れば、可愛いと思うかもしれない。

「残念だけど、蚕は連れていけないよ。沢山連れていけば、今年君の家では絹が採れないし、1匹だけ連れていっても何もできず、却って蚕が可哀想だろう。」

なるほど最もな言い分である。蚕は涙を飲んで諦めるしかない。


このやり取りを聞いて、父は何となく安心したらしく、娘を頼みます、と頭を下げている。引き留めても無駄だと思ったのかもしれない。一方母は、始終青い顔で一言も口をきかなかった。


「いってきます。」

玄関で挨拶すると、駆け寄ってきた母に抱き締められた。多分母は何かを知っている。心配をかけるのはわかっていた。私も母を抱き締めた。殿下が私の肩を叩いて促すまで、私達は抱き合っていた。


私達を乗せた馬車が、村から遠ざかる。私は、必ず帰るという決意を込めて、我が家が見えなくなるまで窓の外を眺め続けた。


「そろそろいいかな?」

殿下に声をかけられる。先ほどと同様私の隣は騎士だが、短剣で脅すのは止めた様でありがたい。まあ私の事など、文字通り一捻りなのだろうけれど。


「では殿下、説明してください。私には何がなんだかわかりません。」

「私のことは、ディディエお兄様って呼んでほしいな。隣の無愛想な騎士のことも、ノヴァって名前で呼んであげて。可愛い女の子に名前で呼んでもらえれば喜ぶと思う。それに彼は、これからしばらく君の護衛になるんだからね。

それじゃあ最初から説明するよ。少し長い話になるかもしれないけれど、時間はたっぷりあるからね。」

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