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湖面の月  作者: 山田ビリー
月に狼
24/38

1.

ムッツリ騎士ノヴァ視点で話が進みます。

彼女が水に映った月ならば、俺はその月を欲して吠える狼だ。

欲しい欲しいと手を伸ばしても、月はたちまち掻き消える。


********



ディアナ様の、表の護衛に抜擢されたことは、庶民出身の俺にとっては大変名誉な事だった。同期で裏の護衛に選ばれたマルセルは、

「お前はいいよな、四六時中堂々と美人の顔見て喋れるんだもん。」

などと言っていたが、身分のせいで近衛で辛酸を舐めた俺にとっては、王公貴族は苦手な相手でしかない。俺を引き立ててくれたディディエ殿下の命令でなければ、拒否して左遷されていたかもしれない。

ちなみに、マルセルの存在はディアナ様には秘密だ。裏から守るのが彼に課せられた任務である。こいつが女に軽いから裏なんだ、と俺は思っている。


与えられた任務は責任を持ってこなす。

ディアナ様に始終べったり張り付いていたせいで、余計な噂が流れてしまったが、虫除けにはいいかと思い放置した。俺の容姿は女性受けするらしく、近づいてくる物好きな女性もいるが、俺に爵位が無いとわかると大抵は去っていく。勝手に期待され、勝手に失望されるのにはうんざりだ。

幸い、ディアナ様は身分高い方にしてはさっぱりとした気立ての良い方だったので、任務は気楽だった。侍女のヨハンナ殿が少し怖いが、彼女もまた仕事熱心だけなのだろう。身辺が騒がしくなり、ピリピリするのは仕方がない。

「ノヴァは彼女いないの?噂は放っておいても大丈夫?」

「ディアナ様のご命令とあれば、即刻打ち消してきます。」

「いや私はどっちでもいいわよ。むしろ変に言い寄ってくる奴の牽制になるし助かってるわ。」

姫君ともなれば、婚約者がいても不埒な輩が現れるのか。ご苦労なことである。

「ちなみにノヴァはどんな子が好み?」

「私に過剰な期待をしない控えめな方が良いです。」

あと胸が大きいと、なお良いと思う。俺も男なので仕方がない。しかしこれは、口には出さないことにした。密かに胸を気にしている(らしい)ディアナ様に殺されかねない。

「ディアナ様は何故フィンセント殿下とご結婚を?」

「あの方、私のこと身分とか関係なくすごく好きなんだなって思ったからよ。」

ご馳走様でした。


俺とマルセルはディアナ様の隣の部屋に、二人で一部屋与えられている。いざというとき、すぐにディアナ様を助け出せるようにだ。

とはいえ、まさか本当に緊急の笛が鳴るとは、俺もマルセルも思っていなかった。騎士にあるまじき油断だ。

結果、ディアナ様は命からがら城を脱出した。アルテミス号は信頼の置ける馬だが、ディアナ様が無事だという確証は無い。俺達の失態だ。

深く項垂れる俺とマルセルに、ディディエ殿下は言った。

「良い。充分な働きだった。お前達だけに超過勤務を強いた私の失態でもある。ディアナが生きていれば、いずれ伝令の鳩が来る手筈だ。鳩が来れば次の任務を下すから、それまでゆっくり休養しなさい。」


「ディアナ様、生きてると思うか?」

マルセルに問われ、答える。

「そうでないと困る。」

でないと俺達の首がとぶ。

それに、ディアナ様の亡くなる姿が失礼ながら想像できない。あの方は妙に悪運が強いので、路銀も無いのに何故か旅の衣食住を手に入れ、昼夜馬をかっ飛ばしているとしか思えないのだ。

「あの姫様、美人だけど殺しても死ななそうだよな。」

マルセル、お前もか。


数日後、ディディエ殿下から呼び出しがあった。

「ディアナが無事ネーブルに着いたそうだよ。密かにフィンセント殿下に匿われている。そこでお前達に、次の任務を命じる。紅の森の麓にある、紅糸紬村(べにいとつむぎむら)に同行せよ。」

そこで俺の人生を大きく変える出会いがあるとも知らず、俺とマルセルは無邪気に尋ねた。

「そんな田舎、何しにいくんです?」

殿下は答えた。


「人を迎えにいくんだ。田舎に引きこもりの我が従妹(いとこ)殿にお出まし願おう。」

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