最終話
最終話です。
日常が戻ってきた。
家に帰ると父は喜び、母は涙を流して私を抱き締めた。
「お給金貰ってくるの忘れちゃった。お婿さんも貰い損ねたなぁ。」
などと茶化す私に、二人とも何も聞かなかった。
今私は、日中は絹糸から布を織ったり畑を耕したりしながら、夕方からは学校の様なことをしている。読み書き計算や簡単なスウォルツの地理歴史など、子供達が家の手伝いを終えた頃に、ヨハンナ達に教えてもらった知識を少しずつ伝えているのだ。学校というシステム自体も王都で学んだ物である。紅糸紬村は、特産品である紅絹のお陰で比較的余裕のある田舎なので、子供達が勉強する時間を作ることができる。正に蚕様々である。
風の噂では、ディアナ様とフィンセント殿下が結婚式を挙げられたそうだ。さぞや美しい花嫁姿であろう。もうすぐ紅絹を買い取りに、村にデュナン公爵家の御用商人達が来るはずなので、絵姿を買うのを楽しみにしている。
いつの間にか、秋の終わりが近づいていた。
今日は久し振りに紅の森に来ている。この森の秋は、葉という葉が紅葉して、正に紅の森の名に相応しい圧巻の見応えである。炎の中を歩くように、野生の赤林檎や紅栗、朱茸を収穫しては篭に入れていく。
最近不思議なことに、村の男性に求婚されることが度々あった。都会に行って垢抜けたのかしら、唐突にモテ期到来!と思いながらも、どなたも丁重にお断りさせていただいている。我ながら未練がましいと思いながらも、ついノヴァと比べてしまうのだ。このような状態で嫁に行くのは互いに不幸にしかなるまい。
太陽が中天に差し掛かる頃、湧き水のほとりで昼食にすることにした。今日のサンドイッチは卵とチーズだ。デザートには早速収穫した林檎をかじろう。赤林檎はお尻が赤いほど蜜が詰まって美味しいのだ。
ガサリと物音がした後動物の気配がした。紅の森に猛獣はいないが、猪などの獣に危険がない訳ではない。警戒しながら振り向くと、白い顔の馬と目が合った。流石に森には野生の馬はいない。しばらく思考停止し固まっていると、馬がスンスンと篭の匂いを嗅ぎ始めた。この馬見覚えがあるような……
顔を上げると、そこにはノヴァがいた。
夢?
「忘れ物を届けに来ました。貴女、ディディエ殿下から報酬を受け取っていないでしょう。」
うん、この無表情と冷たい物言いは本物のノヴァだ。しかし久し振りの再会なんだし、もう少し情緒というものがあってもいいと思うんだけど。
「それで、報酬ってどこにあるの?手ぶらに見えるんだけど。」
するとノヴァは馬から降りて、私の手を取り跪いた。
「報酬は俺です。ルナ、俺と結婚してくれませんか。」
そのまま私の手に口付け、こちらを見つめて言う。
「返品は不可です。貴女、フィンセント殿下に『素敵なお婿さんが欲しい』って言ってたんでしょう。俺はもともと庶民の出だし、畑仕事も蚕も平気です。今なら白も付いてお買い得ですよ。」
「でも、騎士はどうするの?せっかくなれたのに。それにディアナ様の代わりなんて、私は……」
「貴女は勘違いしている。そもそも私とディアナ様は恋仲でもなんでもないし、貴女の隣にいられるなら騎士なんて辞めたっていいんです。現にもう辞めてきました。だからルナ、どうか俺を受け入れてくれませんか。」
涙で視界が歪む。嫌な訳がない。
「私も、ノヴァとずっと一緒にいたいと思ってた!」
思い余ってノヴァに抱き付く。ノヴァは私を受け止めて、微笑んだ。
「そうだと思ってました。」
ノヴァが笑った!な、なんという破壊力……
こうして我が家の入り婿となったノヴァは、もと騎士だけあって力仕事や警備に大活躍し、家族に大変歓迎された。私は子供が生まれても、相変わらず糸紡ぎと教師のようなことをして暮らしている。
先日、ディアナ様が第二子をお産みになったと風の噂で聞いた。待望のお世継ぎだそうだ。ディディエ殿下も結婚するとかなんとか……
「ルナ。」
ノヴァが優しく私を呼ぶ。私は身重の身体で夫のもとに駆け寄る。
幸せは、この先も続いていく。
空には昼間の月が、白く霞んで見えた。




