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湖面の月  作者: 山田ビリー
湖面の月
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陛下の独白、或いは後始末について

スゥォルツ国王視点です。

「それでは行って参ります。」

シモーネは言った。先のネーブルでの政変の煽りを受け、彼女は離宮に居を移すことになったのだ。

いや、煽りを受け、というのは誤りだ。不穏分子を燻し出そうとディディエ達が動いていたのは知っていた。結果スウォルツでも幾人かの貴族らが都を追われていった。シモーネは、関与が疑われるが証拠も無い、という立場上自ら離宮行きを決めたのだ。

思えば彼女は愛に生きる女であった。



候爵令嬢であったシモーネと私は所謂幼なじみというやつだ。私にとっての彼女は、女だてらに頭の回る悪友といったところだが、彼女の熱のこもった視線には気付いていた。私にではない、弟にだ。弟の方も彼女を意識しており、二人が上手くいけばよいと私は秘かに応援していた。二人は順調に愛を育み、やがて婚約した。


二人の仲を引き裂いたのは政変だった。弟を持ち上げる一派が暴走し、責任を取る形で弟は教会に入った。生涯神に仕える身となったのだ。

私は弟を救えなかった。弟が、愛する者との平和な暮らしのみを望む、優しい男だと知っていたのに。

せめてシモーネには別の良い縁に恵まれてほしいと思っていた。だから彼女が私のもとにやって来てこう言ったときには驚いた。

「貴方の後宮に入れてちょうだい。幼なじみのよしみで私を助けて。」

聞けば、弟との婚約が破断になった途端、親から新たな婚約者を用意されたそうだ。

「このまますぐに別の誰かに嫁がされるのは嫌。貴方の後宮なら誰も捕まえに来ないでしょう。どうか匿って。」

彼女は自分の恋心を弔いながら、一生を過ごすのだろうか。それはあまりに哀しい。だが、私も彼女を救いたかった。それが弟への贖罪だった。


私達の間に男女の関係は無かった。やがて私は正妃を迎えたが、正妃もそれに気付いているようだった。

シモーネには、孤児院の慰問や教会への祈祷を頼んでいた。今や司祭となった弟を遠目にでも見ることが、彼女の望みであった。


フェビアンが生まれて二年後、シモーネに

「子供ができたの。」

と言われた時には腰を抜かすほど驚いた。私はやってないし、後宮住まいで誰が彼女に手を付けたんだ。

「その子の父親に下賜するか?」

「いいえ、ここで産むわ。王位をくれとは言わないから安心して。そんな顔をしないで、無理矢理じゃないわ、合意の上よ。私はこの子が欲しかった。でも、貴方にはまた迷惑をかけるわね。」

私は相当悲壮な表情をしていたらしい。後で正妃にかなり心配された。


産まれてきた赤ん坊の胸には、刻印があった。私の子ではないし、父は既に鬼籍だ。だとすれば、父親は一人しかいない。

「司祭に祝福を貰おう。この子が愛されて、健やかに育つように。」

私の頬に涙が伝った。

「貴女が泣いてどうするの。」

彼女の目にも涙があった。


ディディエを次代の王に、という動きは、彼女にとって寝耳に水であったに違いない。そもそも現王の子ではないのだ。彼女にその手の野心は無い。

その中に、愚かにも隣国の反乱分子と手を組む輩が現れた。その筆頭は、彼女の実家である。これは、彼女と弟の仲を引き裂いた(くだん)の政変を否が応でも思い出させ、彼女の逆鱗に触れた。息子が父親と同じ憂き目に合うのを、むざむざと見過ごす女ではない。

彼女はじっと獲物がかかるのを待った。女郎蜘蛛のように、静かに罠を仕掛けて。目的の遂行のため、最愛の息子すら利用して。



「離宮では健やかに過ごせ。教会の近くだ、時々は国家の安泰でも司祭に祈りに行きなさい。」

「お心遣いに感謝を。図々しいお願いではありますが、どうか息子を頼みます。あの子は意外と抜けているから。未だに自分の父親が誰か、気付いていないのよ。」

最後の一言は、声を潜めて耳許で囁かれた。思わず笑ってしまう。確かにディディエは詰めが甘い。自分の母親が一連の黒幕だなどと、考えもしていないのだろう。

「正妃様もどうかお元気で。人の良いオーギュストが、私みたいなのにつけこまれないように気をつけて下さい。」

オーギュストとは私の名だ。今やその名を呼ぶ者は、彼女と正妃しかいない。正妃は苦笑していた。

シモーネは緩くうねった金の髪を翻し、颯爽と馬車に乗り込んで去っていった。


「シモーネさんに頼まれたのですもの、ディディエ殿には素敵なお嫁さんを探しませんとね。」

正妃が言った。

頼まれたのは私のはずなのだが。ディディエの受難はまだしばらく続きそうだ。


夜明けの月を見上げて願う。どうか弟と義妹(いもうと)が、今度こそ幸せに過ごせるようにと。上を向いていないと、涙が零れそうだった。


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