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私はディアナ様達の挙式を待たず、故郷に帰ることになった。フィンセント殿下は最初、金貨でポンと路銀を工面して下さったが、そんなものを持ち歩いていたら、盗賊に襲って下さいと言っているようなものだ。女の一人旅なので、と全て銀貨銅貨にしてもらった。
「それだけでいいのか?本当に路銀だけではないか。契約相手はディディエ殿とはいえ、お前の働きに対する報酬としては安すぎるだろう。」
フィンセント殿下の気持ちは有難いが、故郷の村では金銭など大して使い道はない。
「どうせなら、報酬は素敵なお婿さんが良かったですけど。」
「ならノヴァを持っていきなさいよ。」
ディアナ様が仰った。
そうできたらどんなに良いか。しかし前途あるエリート騎士様に田舎暮らしを強いるほど、厚顔でも愛されてもいない。丁重にお断りさせていただいた。
今日は、髪の短いディアナ様のための鬘作りだ。私は今やディアナ様付きの侍女である。
例の一件でのディアナ様の鬘は取り敢えずの粗悪品らしく、結婚式用の鬘の材料はなんと私の切られた髪だ。地毛が同じ色なので馴染みやすいとのこと。
「全てを覆う型の鬘は大変ですが、結んだ先だけの鬘なら手早く作れます。」
だそうで、スーパー侍女ヨハンナと共に、下地にチクチクと己の毛を縫い付けている。
「寂しくなります。」
と言いながらポケットに沢山高価そうなお菓子を入れてくれるので、つい茶化して
「近所のおばちゃんみたい。」
と言ったら、3時間ほど口をきいてくれなくなった。ディアナ様は腹を抱えて笑っていた。その様子は『ディディエお兄様』によく似ており、彼を思い出しては益々しんみりした。
ディアナ様の婚礼衣装を見せて頂いて驚いた。白い生地の下に重ねた生地は、紅絹であったのだ。ドレスは一見淡いピンク色に見える。
「予めスウォルツから生地とデザインを送っておいたのよ。紅絹はスウォルツの特産品だし、いい宣伝になるでしょう。この絹も、貴女が紡いでくれた物かもしれないわね。」
「結婚式の絵姿が出回ったら絶対買います!しまった、絵姿代を余分にせびるんだった。」
ドレスの裾に、チクチクと刺繍を縫い付ける。刺繍なら得意分野だ。なんせ糸紡ぎが本業である。紅糸紬村の村人は皆、針と糸の達人だ。
婚礼衣装だけに、一針一針お祈りしながら丁寧に縫う。ディアナ様がフィンセント殿下と末永く幸せに暮らせますように。あと私がもう巻き込まれませんように。私にも素敵なお婿さんが現れますように。
あれからノヴァとは会っていない。彼がディアナ様の護衛としてネーブルに残るのか、スウォルツに帰るのかはわからない。あの日助けてくれたことのお礼を言いたいが、会えば未練が残るだろう思い、強いては所在を聞かないでいた。それで会わないということは、ノヴァにも会う気が無いということなのだろう。
いよいよ旅立つ日がやって来た。来るときと異なり、地道に馬車を乗り継ぐ気楽な一人旅だ。国境を渡るための手形は、フィンセント殿下のお墨付きの物を頂いた。ディアナ様達が見送ってくれる。
「ありがとう、もう一人の私。貴女のことを忘れないわ。会えて良かった。」
私も、月を見るたび思い出すだろう。ディアナ様のことも、他の人達のことも。
帰り道は、ゆっくりと2週間ほどかけて帰った。ネーブルでは海沿いの道を選んだ。海魚も食べ納めである。黄金宮には寄らなかった。今の私が行っても、門前払いが関の山だ。
故郷の村では、私のことはなんと噂されているだろうか。随分長いこと留守にしていたような気もするが、実際は半年も経っていない。
やがて、懐かしい森が見えてきた。両親は元気だろうか。顔を見たら何と言おう。
私の旅は終わったのだ。




