4-2.
今日の私は久々のルナである。フィンセント殿下付きの侍女なので、早速朝食の配膳をしてみたのだが、何故か微妙な顔をされた。
「お前もそこに座って食え。毒味しろ。」
「侍女が主と共に食事するなど聞いたことがありません。」
「お前、ディアナのふりしてた時もヨハンナとやらと食べてただろ。どうせ後で厨房に行っても食事はないぞ。ディアナとはいつも一緒に食べていたから、コック達が私の食事に二人分乗せている。それに今日は大捕物がある予定だからな。腹ごしらえしておけ。」
「それでは遠慮なく。このクロケットください。熱くて殿下が舌を火傷するといけませんので、私が代わりに消費いたします。」
「おい。」
この殿下は意外と気安い方の様だ。
「失恋したのでやけ食いです。まぁ見逃してください。」
殿下は変な顔をしていた。
食事の後で私を診てくれたのは、白い髭のおじいさん先生だった。患部に打ち身の薬を塗りながら、
「臓腑は問題ないでしょう。とはいえしばらくは胃に負担をかけない方が良いかもしれませんな。」
と言われたが、
「手遅れだな。」
と冷たい目線をこちらに向けながらフィンセント殿下が言った。確かにクロケットを二人前食べてしまった。今は後悔しています。
「先生、これは彼女がディアナの代わりに受けた傷です。お陰でディアナは守られましたが、傷はディアナにあった、ということにしてくれませんか。」
「儂を巻き込まんでください。」
「女性に手をあげる者は、相手が誰であれ罰せられるべきだと思いませんか。」
同感です。
碧玉宮の謁見の間は二度目だ。普通侍女は入れないと思うのだが、フィンセント殿下は私を堂々と中に連れていった。部屋には両陛下と側室様の他、見知らぬ貴族も数人いた。皆の目線が痛い。厚顔なフィンセント殿下が羨ましい。
国王陛下が口を開いた。
「エドゥアルトよ、このように呼び立てて何事か。」
「恐れながら、どうしても見ていただきたいものがございまして。」
エドゥアルト殿下が指を鳴らすと、騎士がローブを被った女性を連行してきた。手首を縄で縛られている。あれはディアナ様!そしてあの騎士にも見覚えがある。確か昨夜ディックなんたらと名乗って私を誘拐した男だ。
ディアナ様がローブの下から顔を現す。周りは一様にぎょっとしてその光景を見やった。
「その女性は、スウォルツの王女だぞ!その様な扱いをして、気でも振れたか!?」
「いいえ父上、この女は偽物です。本物の王女は既に亡くなっているのです!スウォルツではフェビアン王太子がこの婚姻を薦めたと聞いていますが、我が国は彼の王太子に騙されたのです。そこで愛人を侍らすフィンセントが知らなかった筈はない。フィンセント、どういうつもりだ!」
「その女性が偽物だなどと、何故わかるのです。」
フィンセント殿下が初めて口を開いた。エドゥアルト殿下は勝ち誇った顔で叫んだ。
「これを見れば一目瞭然だ!」
エドゥアルト殿下はディアナ様のローブを取り払い、無理やり胸元を寛げた。
そこには、美しい花が咲いていた。
あぁ、だから私が服を脱ぐと偽物だとばれていたのか。
ディアナ様の胸元を彩る花は、恐らくスウォルツの紋章花だ。刺青のようにも見えるが、あのように精巧な模様を現代技術で人の肌の上に再現するのは不可能であろう。
しばらく止まっていた部屋の空気を動かしたのはフィンセント殿下であった。
「確かに本物の王女であることは一目瞭然ですね。ところでいい加減ディアナに上着を着せてあげてくれませんか。私の愛する婚約者の胸元を、余り大勢の目に晒されたくはないのですが。」
「馬鹿な!何故だ、昨夜は刻印など無かったではないか!」
あーあ。これはアウトだと私でもわかる。案の定フィンセント殿下は食い付いてきた。
「ほう、昨夜とはどういう意味ですか。ディアナは昨夜行方不明になったと彼女の侍女から連絡があり、内々に捜していたところなのですが。」
ところで皆さんディアナ様を解放してあげましょうよ。私はディアナ様の側へ行き、ずり落ちていたローブを羽織らせてあげた。流石に手首の縄は切れなかった。
「ありがとう。男の人って気が利かないわよね。やんなっちゃう。」
同感です。




