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ネーブルから王太子妃にディアナを貰い受けたいという申し込みが来たとき、一番反対したのは意外にもディディエであった。何が意外かといえば、兄のフェビアンが家族に甘いのに対し、弟のディディエは国益を最優先に考える傾向にあるからだ。国益からいけば、願ってもない縁組みである。ディアナ本人もこの結婚に乗り気だ。
「一体何が問題なの?」
「ネーブルの王子兄弟といえば、継承権争いで揉めているのは有名じゃないですか。そんな危険な嫁ぎ先、ディアナが巻き込まれたらどうするんです。」
「王公貴族なんて大なり小なり揉めてるだろ。それでいうならうちだって、お前を押す奴等が結構いる。多分他所からはネーブルと同じように見られてるぞ。」
「すごく迷惑です。」
国のため、冷酷な決断をいとわない弟を見ると、彼の方が国王に相応しいのではないかと思うこともある。だがそもそも弟が私情を殺し国に仕えるのは、自分が妾腹であるために政情を乱していると思っているからだ、とフェビアンは知っていた。
そしてこの一件で、ディディエが優先させているのは国ではなく自分達兄妹だったということに、ようやくフェビアンは気付いた。難儀な弟である。
「大丈夫よディディエお兄さま、セントからはある程度話は聞いてる。その上で、覚悟して行くのよ。それに馬を貰ったの。どこからでも必ずネーブルの国境近い砦に帰るよう躾てあるんですって。何かあればそこへ逃げる手筈になってるの。」
ディアナが口を挟んだ。
いつの間にフィンセントの愛称を呼ぶ仲になったんだ!と兄弟は気になったが、突っ込むのは後回しにした。
「それに、胸元に刻印のある他国の王女を、無下には扱わないでしょう。」
胸元の刻印とは、不思議と王家の一族にのみ顕れる、刺青のような紋様である。貴族の間にすらあまり知られてはいないが、王家の者ならば大抵の国では持っている。各国ごとに紋様は違い、スウォルツ王家はエーデルワイスの花模様だ。
「馬で逃げなければならない事態を想定するほど危険なのは気になるけど。それなら条件を付けよう。私の部下を常時護衛に付ける。それからヨハンナは寝るときも常に控えさせること。婚約を受けた時点から、君はもうネーブルの暫定王太子妃だ。スウォルツにいるからといって油断はするな。いいね。」
ディディエが心配しているのは、国内の自分を推す一派とネーブルのエドゥアルト派が手を結んでディアナに危害を加えることだ。これにはディアナも頷いた。
「護衛には……そうだな、ノヴァ=ヘルツウォークを付けよう。近衛には珍しく庶民出身だし無口だから、ディアナも気を使わずに済むと思うよ。私の信頼する騎士の一人だ。」
こうしてノヴァはディアナに四六時中張り付いて行動するようになった。
「ノヴァ、この服どう思う?」
「よくお似合いです。」
「ノヴァ、明日の予定は?」
「ヨハンナ殿が把握しております。」
「ノヴァ、貴方の主人は?」
「ディディエ殿下です。」
取り付く島も無い。ノヴァが何を考えているのか、ディアナにはさっぱりわからなかった。とはいえ、勤務態度が真面目で腕も立つならディアナに文句は無い。ノヴァのことは、そういうものだと思い、気にしないことにした。
一つ彼らにとって誤算だったのは、ディアナとノヴァが人目を忍び想いを交わす仲だと周囲に誤解されたことである。ディディエが二人に噂を伝えたとき、付き合いの浅い者にはわからぬ程度だが、彼らは微妙に顔をしかめていた。
結果論ではあるが、皆油断していた。皆が気を抜いた頃に、事件は起こったのである。




