2-6.
旅立ちはあっさりしたものだった。王家の方々は別れを惜しんでくださったが、実の娘ではない私には心苦しいものである。
今度の馬車の旅は5日間。宿泊は、各地の領主に泊めていただくようだ。旅の道連れは、お馴染みのヨハンナとノヴァである。
馬車はゆったりと進む。お陰で考える時間は嫌というほどあった。
頭の中で謎を箇条書きにしていく。
・ディアナ様は本当に失踪しているのか。
・失踪しているなら理由は何か。本当に駆け落ちかそうでないのか。
・ディアナ様とノヴァが恋人だという噂は本当か。
・ディディエお兄様は本当にディアナ様を探しているのか。
・ディアナ様は生きているのか。
・ディアナ様が見つかったとして、私はどうやって本物のディアナ様と入れ変わるのか。
・ディディエお兄様は私をこのまま嫁がせようとしているのか。
そういえば、ディアナ様がフィンセント殿下に見初められたというのは本当だろうか。同じ顔でもモテるディアナ様が羨ましい。
今夜の宿は、ゴルト卿の領主館だ。ゴルト卿は人の良さそうな中年男性である。奥方も物静かに寄り添うような方だった。
「この屋敷は、今の季節だと蛍が見頃ですな。池のほとりに集まるようです。ディアナ様にもぜひ御覧いただきたい。」
蛍。楽しみだ。蚕とは違った趣がある。
「夜のお庭を楽しみにしております。」
と伝えると、ゴルト卿は満足そうに頷いた。
闇の中、月明かりを頼りに庭をそぞろ歩く。今夜は満月。星たちも瞬き、夜空は賑やかだ。地上は蛍の光で照らされている。星が足下にも散りばめられているようで、まるで天空を歩いているかのようだ。ゴルト卿が自慢するだけあって、素晴らしい庭である。
ヨハンナは部屋で休憩中のため、ノヴァと二人きりだ。遠乗り以来だが、例の噂の件で私一人が勝手に気まずく思っている。ノヴァは相変わらず無表情で、何を考えているのかわからない。ノヴァは私を、ディアナ様と重ねて見ているのだろうか。
池に月が映っている。目映い天上の月と違い、不安定に揺らめいている。小石でも投げ込めば、すぐに掻き消えてしまうだろう。
「ルナは月という意味ですね。」
ノヴァが言った。
「ディアナは月の女神のことでしょう。あなたは女神に憧れていたの?」
終に聞いてしまった。ノヴァからは答えがない。臆病者の私は、ノヴァの顔を見ることもできない。
「ディアナ様が天上の月の女神なら、私は水に映った月だね。紛い物で、ゆらゆら揺れて、風が吹けば消えてしまう。」
「ルナ、俺は……」
「水に映った月では夜は照らせない。私にはディアナ様の代わりに嫁ぐのは無理だよ。だけどディアナ様が戻った後、用済みになった私はどうなるの?知りすぎたからって殺されるの?」
それはずっと頭の片隅にあって、でも、怖くて考えないようにしてきたことだった。今度こそノヴァは絶句した。呆然とこちらを見ている。
やがてノヴァが口を開いた。
「俺が守ります。今の俺は貴女の騎士だ。」
泣くな。泣くな泣くな。このまま立ち上がれなくなるぞ。
私たちはもと来た道を静かに戻った。
部屋ではヨハンナが寛いだ格好で待っていた。道中は再び同じ部屋で寝ることになったのだ。領主の館に客間が無い訳がないので、多分私の逃亡防止だと思う。
「綺麗な庭だったよ。ヨハンナも来ればよかったね。」
私は上手く笑えているだろうか。ヨハンナは何も聞かなかった。できた侍女だ。
翌朝、私の目の下にはひどい隈ができていた。ヨハンナが何も言わず、上手に化粧で隠してくれる。
居間には既にノヴァが待機していた。今朝も相変わらずの無表情で、何を考えているのかはやっぱりわからなかった。
そこへ、ゴルト卿 が あらわれた。
「ゆうべはおたのしみでしたね。」
やかましいわ!




