水と気絶と焼きそばパンと
久々に水瀬の日常が書けました。
●昼食時 明光学園 屋上
「……だから」
屋上のベンチに座り、あんパンの包みを開きながら、ルシフェルが言った。
「水道が止まったのは私のせいじゃないでしょう?」
早朝、水瀬の家の近所で水道管が破裂した影響で断水になったのは、確かにルシフェルの責任ではない。
それで今日のお弁当作りの当番だったのにと、水瀬に文句を言われても困る。
「しかも、お腹すいたからって、授業中に途中でコンビニで買ったパンとおにぎり食べちゃうし」
「……ううっ」
水瀬は物欲しそうに指をくわえながらルシフェルを見つめるだけ。
「それをかなめ先生に見つかったからって、私にごはんもらえなかったなんて涙ながらに語る?私、先生に水瀬君を虐待してるって思われたじゃない」
「よくやってる。もっとやれってけしかけられたクセに……」
「餓死するまで許してやるって怒られたじゃない」
「それ、怒られたっていわない」
「食いしん坊の水瀬君を万年欠食児童にするのに私がどれ程苦労するかを考えると、気が遠くなるわ……私、可哀想」
「ワケ分かんないよぉ……ルシフェ……弟がお腹すいたって泣いてるよ?」
「―――お小遣い、あげたばかりでしょう?」
不意に、ルシフェルの目がギロリと水瀬を睨み付けた。
「おんなちょっと、お小遣いじゃないもん!」
「何に使ったの?私、渡す時に今月のお昼代込みって、封筒に書いておいたよね?」
「……忘れてた」
「それで?」
「欲しかった調理道具セット買って、包丁をまとめて研ぎに出したら全部無くなった」
「……自業自得」
ルシフェルはパンをかじりながらそっぽをむいた。
「必要性を感じない」
「けちっ!」
「けちじゃないでしょう?水瀬君が非常識なの、わかる?」
「わかんないけど、せめてお昼食べるお金貸して。桜井さんも綾乃ちゃんも今日はいないから、お弁当分けてもらえる人がいないんだよぉ……」
「水道水でも飲んだら?一応、タダだし」
「それがカワイイ弟に対するお姉ちゃんの言葉!?」
「カワイイとは思ってないし、それに、姉って、どう書くか知ってる?支えて、いろいろ配る者と書くの。勉強になったわね」
「……それ支配者って読まない?普通」
「立って木の上から見るだけの親より、私の方が直接的に生死に関わってるの……ごちそうさま」
「ああっ!」
水瀬が愕然とする間に、あんパンを平らげたルシフェルが、そっと手を合わせた。
「あーっ。おいしかった♪」
「あ……あっ!」
滝のような涙を流し、身を震わせる水瀬だったが、その目はルシフェルの脇に置かれたコンビニ袋に希望の灯を見いだした。
「る、ルシフェ!その中に入ってるその赤い包みは!」
「これ?本日のメインディッシュ、麺屋コロスケのやきそばパン」
「微妙なソースの味付けで発売と同時に業界を震撼させた、い、一日10食限定、葉月市内では伝説とまで呼ばれる麺屋コロスケのやきそばパンを、ルシフェが!?」
「……それ、一々、そんなに驚くこと?」
怪訝そうな顔をして、包みを開く手を止めたルシフェルの前で、水瀬が愕然とした表情のまま続けた。
「味の基本が米軍のレーションのルシフェが!?ハギスを世界一おいしい食べ物と豪語して、あれにマーマイトかけて食べるのが生き甲斐だと言い切った、あの狂気の味覚を持つルシフェ―――がっ!」
水瀬の最後の言葉は、ルシフェルの拳で止められた。
「……言いがかりはよして」
「戦争まで、魔法騎士としてよりその狂った味覚で知られてたのは本当でしょ?」
「うるさい……あれ?」
「へっ?」
ルシフェルがぽかん。として自分の膝の上を眺めている。
「どうしたの?」
「私のやきそばパンが……ない」
「へ?」
「盗んだ?」
「食べてないよ」
「じゃぁ、今すぐ見つけなさい。時間三分……二分、一分。時間」
「早いよ!」
殴られたくない一心で水瀬が辺りを見回すと、そこにはスキップしながら遠ざかろうとしている、褐色の肌を持つ長身の男がいた。
「ま、まさか!」
「ははっ」
やきそばパンをほおばりながら振り返ったのは、この学園では番長として知られる草薙だった。
「ルシフェちゃん、ごっそさん♪」
「……」
草薙は、凍り付いたままのルシフェルにウィンクどころか投げキッスまでして屋上から姿を消した。
「……ま、まぁ」
慰めるかのように水瀬は、ぽんっ。とルシフェルの肩を叩いた。
「味音痴のルシフェルに食べられるより、草薙君に食べられる方が幸せかもね。意外と食通なんだよ?彼」
「……何してるの」
「へ?」
わなわなと怒りに震えるルシフェルが静かな怒りを込めて水瀬に言った。
「支配者様のご飯を盗まれて、それで何、奴隷が指くわえてるの」
「支配者どころか、支配者様になって、しかも僕、奴隷?」
そんなのあり?と、水瀬はくってかかったが、
ガッ!
ルシフェルの手が水瀬の意見を握りつぶすようにその喉をわしづかみにした。
「問答無用―――取り返してきて」
「草薙君のゲロ、食べるつもり?」
「……使えないね」
「無茶苦茶だよ!」
「……無能」
「ひどいっ!」
「……とりあえず」
ルシフェルはビニール袋からもう一個の焼きそばパンを取りだした。
「もう一個を食べるとするからいい。明日、絶対に弁償してね」
「そっち頂戴っ!」
「私が食べるの」
膝にすがりつく水瀬に、ルシフェルはそっけなかった。
「水瀬君は水道に行きなさい」
「……そんなに水が欲しかったら、死に水飲ませてやるんだからっ!」
制服のブレザーの懐に手を突っ込んだ水瀬が取りだし―――
グキッ!
いや、鈍い音と共に、ルシフェルによって手首をへし折られた水瀬の手から落ちたのは、その辺の駄菓子屋の店先で売っていそうな、水色の水鉄砲だった。
「……ひ、ひどい」
腕を押さえながら、その場にうずくまった水瀬が泣きながら抗議した。
「マンガでもあるまいし、学校に銃なんて持ち込むはずがないって、ちょっと常識があればわかることなのに……」
「……学校に水鉄砲なんて持ってくる?常識的に考えて。それに」
ぐいっ。
ルシフェルは焼きそばパンをベンチに置くと、水瀬のブレザーを背中からまくりあげ、その腰に手を突っ込んだ。
「……ほら」
その手に握られているのは拳銃だった。
「どこにどう隠していたかは聞かないけど、これはどう見ても本物だよね」
「り、リアルでしょう?それもオモチャ」
バンッ!
破裂音がして、水瀬の髪の毛が数本まとめて宙を舞い、その頬に傷が走った。
「水瀬君が遊ぶには危険過ぎ。だから没収」
ルシフェルは、硝煙をあげたままの拳銃をパンの入っていたビニール袋に放り込んだ。
「ダメっ!放課後、取引があるんだからっ!僕の生活と命がかかってるの!」
「どういう仕事始めたらそういうセリフが出てくるかな。高校生で」
「ううっ……」
泣きながら、水瀬の手が床に転がっていた水鉄砲に伸び―――そして
「隙ありっ!」
照準もロクにあわさず、ルシフェルめがけて水鉄砲のトリガーが引かれた。
「……」
ひょいっ。
ルシフェルはちょっと水鉄砲の筒先を指で軽く押しやって水の直撃をあっさり回避した。
「無駄っていうか、何考えてるの?」
「……目的達成」
「?」
ルシフェルは、手にしかけたモノの異質感に、動きを止めた。
はっ!となったその視線の先にあるのは、ベンチに置かれたままの焼きそばパン。
それは水鉄砲の水を浴びてグチャグチャになっていた。
「あ……あ……」
「へへんっ。いい気味だよ」
「食べ物粗末にしていいの!?お百姓さん達に失礼だと思わないの!?」
「ここで真面目に返してくるとは……な、何だよ!パンは少し濡れたくらいで食べられるもんっ!」
「そんなに言うならっ!」
ガンッ!
血と肉片がついたままの水瀬の前歯が華麗に宙を舞う中、ルシフェルの掴んだ焼きそばパンがその口の中へと押し込まれた。
「自分で食べなさいっ!」
モガッ!?
モガァァッ!!
モグモグモグ
泣きながら、水瀬の口元には笑みが浮かんだ。
「……ごちそうさま」
ワナにはまったとルシフェルが気付いた時には遅かった。
「私を騙していいと思ってるの!?」
「パン一個くらいでケチケチしないでよ!ケチっ!」
逃げる水瀬とルシフェルの追いかけっこが始まった。
「左翼大隊筆頭騎士のクセに!世界最強騎士とか言われてるクセに!」
飛んでくる魔法攻撃を回避しつつ、水瀬は挑発するように言った。
「焼きそばパン盗まれてやんの!あーっ!カッコ悪い!みんなに言いふらしてやるんだからっ!」
「このぉっ!」
怒りに我を忘れたルシフェルは、とっさに床に転がっていたバレーボールをわしづかみにすると、水瀬めがけて投げつけた。
距離としては数メートルと離れていない。
その距離で彼女が渾身の力を込めて投げつけた、そのボールは―――
バンッ!
階段の壁に命中するなり、まるでお手本の如く綺麗に跳ね返って、そしてルシフェルの顔面を直撃した。
後ろにぶっ倒れ、目を回したルシフェルの姿をちらっと見るなり、水瀬は水瀬でガッツポーズをとり、そして歓声と共に不思議な踊りを始めた。
「やった!はじめて、はじめてルシフェに勝ったぁぁっ!こんな嬉しいことはないっ!今日のカレンダーに花丸しておこうっ!ぶっ倒れたルシフェを携帯で……どう使うかわかんないけど、とにかく写真に収めて―――」
そこまで舞い上がった水瀬は、床に転がってきたバレーボールを見事に踏んづけ、
「んぎゃっ!」
後頭部をイヤと言うくらい、床にたたきつけて昏倒した。
「……で」
職員室の席に座り、前に並んだ二人を前に南雲はため息をついた。
「二人とも、飯の後、何してたか覚えていないだと?」
「……はい」
「……そうです」
「魔法攻撃で建物壊した理由が二人ともわからないなら、とにかくに水瀬の責任だな」
「へっ?」
「そうですね」
「あ、あの?」
意味がわからないが、とにかく嫌な予感しかしない水瀬がオロオロする中、南雲とルシフェルは予め打ち合わせでもしていたかのように頷き合った。
「屋上で連続爆発があった後、授業に出てこないから覗きに行ったら二人ともぶっ倒れていた理由……か……なんだろうなぁ」
「私も興味があります」
ルシフェルは真顔で頷いた。
「もしも、私達を瞬時に気絶させる程の実力者がこの学園にいたとしたら」
「……うむ」
「……あの、お二人とも?僕は一体」
「ああ、水瀬。まだいたのか?校舎の修理費は親父さんに請求書送ってやる。親父さんにはすでに電話済みだ。そういう話になっている。俺は反省文百枚で落とし前をつけてやる。温情に感謝しろ」
「ルシフェは!?」
「被害者確定だからな。無罪に決まっているだろうが」
「いえ、先生。私達を昏倒させた犯人を確保する方が」
「そう……だな。水瀬も心当たりはないんだな?」
「知らないよ!とっ捕まえて僕の代わりに請求書回してやるぅっ!」
まさか自分達を気絶させたのが単なるバレーボールであることを、この二人が卒業した後まで知ることがなかったのは、ある意味幸せかもしれない。
ただ、この件が他に漏れて、明光学園の上にはルシフェルを倒した騎士がいるとか何とか、七不思議に近い伝説が生まれたのはまた別なお話となるわけで……。
次は美奈子を出したいです。