5・演劇部
主な登場人物
◆此村 彼方(このむら かなた) 2-A。
◆一色 万千子(いっしき まちこ) 2-A。
◆雪村 小春(ゆきむら こはる) 2-A。
【演劇部】
◇福澤 愛一郎(ふくざわ あいいちろう) 3年。部長。
◇三枝 美歩(さえぐさ みほ) 3年。副部長。
◇矢沢 兵一(やざわ ひょういち) 2-C。
◇中寺 大介(なかでら だいすけ) 2-C。
◇江田 泰子(えだ たいこ) 2-A。
◇汐見 音々子(しおみ ねねこ) 2-B。
◇不破 穂乃香(ふわ ほのか) 2-E。
放課後。推理研究会一同はしばらく教室で時間を作ってから演劇部の部室へと向かった。すでに泰子は部へ行っており、先に説明をしているところだ。
「そろそろ行こうか」
彼方の一言で万千子と小春も席を立ち、演劇部部室へと向かった。
「失礼します」
彼方を先頭に演劇部部室へと入っていった。
その彼方たちを演劇部の部員たちが注目した。
「あー、きたきた。部長、来ました」
連絡係であり本来脚本家になるべきであった企画発案者の江田泰子が一番に反応した。
「そうか。皆、集合」
部長と呼ばれた男が鶴の一声で部員を集め、横一列に並ばせた。習って彼方他2名も面するように並んだ。間に泰子が入ってこれから高校野球の試合が行われるかのようだ。
「じゃあ、こっちから紹介するね」
泰子の合図で一番の高身長の男子が口を開けた。
「部長の福澤です。今回の件はうちの江田が迷惑をかけたようで申し訳ないと思っています。だが、せっかくのコラボイベントとしてぜひとも成功したいのは互いに相異ない事実であるとも思っています。共に力を合わせて成功させよう。よろしく」
握手を求める手を出して彼方が応じた。190近い背丈にラグビー部を連想させる張った肩に比例するガッチリとした握力を感じ取れた。
そんな演劇につながりにくい容姿の福澤愛一郎。話し方を含めて全てをまとめるだけのパワーを内から出すほどのオーラ全開だ。
「副部長の三枝です。知っているとは思うけど、3年生はこの2人だけであとは2年生なの。……よろしく」
次に紹介したのは副部長の三枝美歩。大人しいというより大人びているという表現が近い。1年年上でこれだけの印象を与えられるのかとも考えたが部で養われたものなのか冷静沈着という四字熟語が似合っている女性だった。
他4名が紹介され、彼方たちも紹介し、本題へと入ることになった。延長で泰子が仕切る。
「今回の舞台は演劇部と推理研究会のコラボレーションということで『水彩画殺人事件』という雪村さんの作品を脚本としてアレンジをしました。既にキャストは決定していますので、まず確認します」
「ひとついい?」
泰子が役とその担当を読み上げようとする直前に副部長の三枝が挙手をした。
「何ですか?」
「そちらの雪村さんが出演するようだけど、演技の方は大丈夫なの? 本人は理解しているの?」
どこまで真剣な質問だったのかは不明だが、冷静沈着と上級生であるがゆえにどことなく「脚本家だからといってお前に演技なんかができるのか」とも聞き取れた。そんな意地悪のように感じる事に怯むことなく小春はしっかりと答えた。
「確かに私には演技の経験はありません。舞台の上手や下手とかもこの作業で知ったくらいです。ですけど、原作者で脚本家であることにイメージは私の中でできています。決してそんなに簡単にはいかないと思いますけど、自分の作品に責任をもって演じてみたいと思います」
そんな強い意志の言葉が返ってきたのが意外だったのか三枝は少しして「そう」とだけ言うと下がった。
やや妙な空気になりかけたが、泰子は持ち前の明るさでカバーし、役割を発表していった。
「まず、ナレーターは一色万千子さん」
「はい」
「落ち着いて滑舌よく話せばOKだから」
「う、うん」
「次。黒岩峰子役の三枝美歩さん」
「はい。頑張って死ぬわ」
平然とネタバレ(といっても台本を読めばわかるが)を言ってのける三枝に苦笑いの泰子。
「美歩先輩、ちゃんと盛り上げる所がありますから……」
「知ってるわよ。冗談に決まっているでしょ」
本当に冗談なのか、ただの先ほどのあてつけのように感じたのは泰子だけではないはずだ。
「次は容疑者役の4人です。まず白百合清美役は私、江田泰子です。次に藤宮彩音役、汐見音々子さん」
「はい」
隣のB組の汐見。割とクラスでも活動的で目立っていた。体育会系の部活動に所属していると思っていたが、まさか演劇部だとは思いもしなかった。
「赤井楓役は不破穂乃香さん」
「はい」
逆に不破はめったに顔を合わせる機会がないので、確かいたかもしれない程度だった。それだけ見た目は地味で大人しそうだった。そんな彼女が演劇部にいたということに少なからず驚いた。汐見共に驚きっぱなしだが、2人は対照的だ。
「黄田緑役は雪村小春さん」
「はい。がんばります」
小春にとって今まであだ名で呼ばれていた相手に急にフルネームで呼ばれるとお遊びではないことが身に染みて感じてとれた。先輩後輩はあっても舞台の上に立てばそういったのが関係のない世界であるが故のことなのだろう。
「では次に男子に移ります。虹野警部役の福澤愛一郎さん」
「はい」
やはり部長。女子がメインの舞台で、唯一自然に男性が出られる役が警察官役だ。
「朝井警部役に矢沢兵一さん」
「はい」
「鑑識役に中寺大介さん」
「はい」
C組の矢沢と中寺。160程の矢沢と180オーバーの中寺の凸凹コンビは学年でも目立っていた。彼方でもこのコンビの存在を知っていたし、彼方でも演劇部だということを誰かの漏れた会話で知っていた。
「で、最後。表にはでませんが美術担当で参加となります。此村彼方さん」
「どうも」
軽く会釈だけの彼方に福澤が聞いた。
「此村くんは出なくていいの?」
「俺なんかが演じられるような役はないので。裏方で十分です」
「そうか。江田さんから少し聞いた話だと、推理クイズが得意みたいじゃないか。刑事役ならぴったりそうだね」
「えぇ、いやぁ、決して得意ってわけじゃ……それに演技が苦手なもんで」
「初心者なら雪村さんだって同じことだ。一色さんはナレーションをしているし、部長である此村くんがやらないのも不自然ではないか?」
ここで「部長ではなく会長です」と空気を読めない返事をする彼方ではない。また「誰かさんの案による、客寄せパンダ的に雪村さんを出演させてコラボという言葉で大義名分を勝ち取った名残りのいわば残念賞の景品で参加しています」とも言うような彼方ではない。ここはウソではないギリギリのラインで正直に言った方が良さそうだった。
「その……あまり人前に出るのが好きではないので。今回は裏方で活躍させていただきます」
「……そうか。残念だが、頑張ろう」
結果的に福澤が折れる形で終わったが、敗者は彼方であるのは明らかだった。
普段はやや考えながらもはっきりと答える彼方がこんな姿を見せるのは小春はもちろんだが、万千子も記憶にないことだった。
今日は自己紹介を終え、その他必要な衣装や美術の確認などを行って解散となり、3人は教室へ戻ってきた。部活動が終わるには中途半端な時間であって誰もいなかった。
「演劇部も結構身長差があるんだね」
「そうだね。ここだけだと思ってた」
推理研究会は何気に180近くある高身長の彼方と140と少しの小春の40cm差だ。そして演劇部もおそらく文化系の部活動で一番背が高い部長の福澤が190ほどであり、他の女子生徒と変わらない凸凹の凹担当の矢沢は160ということで30cm差。目立つ数字だ。
「そういえば小春ちゃん、大丈夫だった? 向こうの先輩に目をつけられていたみたいだけど」
「え、あ、うん。心配してくれてありがとう。でもそう思われるのは仕方のない事だと思うから」
「ほら、あの先輩が挨拶で2・3年しかいないって言っていたでしょ? あの時は何を言いたかったのかわからなかったんだけど、後で考えてみると全員1年間は演劇を経験しているけど私たちが未経験者だから1年生みたいに思われているように感じて……確かに演劇は素人なんだけど」
「確かにそうなんだけどね。でも私は三枝先輩が舞台に立つということは妥協や言い訳は一切通用しないって教えてくれたと思ったよ」
「え、そう? ……でも小春ちゃんがそう言うならそうなのかもね。なんだか今日は小春ちゃんがとても大きく見えるね」
「身長何cmくらいに?」
「身長? ……は……変わらないかな。影というかオーラが」
「何だ、急に背が伸びたのかと思った」
笑いながらじゃれあう2人を見て安堵の彼方。彼方自身も三枝の言葉が気になっていたが杞憂だったようだ。
これまで台本の煮詰め作業に没頭しており、帰る頃には暗くなっていた空がまだ薄紅色だった。
推理研究会としては今後のスケジュールはほとんどが舞台練習。今日は解散だ。
「こんな時間に帰るのは久しぶりだね」
「そうだね。ずっと閉門ギリギリだったからね」
明日からアウェーで活動することになる。一字一句まで考え抜いた台本制作作業の場にいた3人はストーリーから展開からすべてを把握している。それでも特別な空気に飲み込まれそうになるのではないかという思いは消えなかった。
それは小春が一番強く思っていたに違いない。背負っているものが他2人とは違う。
「ねえ、もしよかったらさ」
だからこんな誘いがあったのだ。
「読み合わせに付き合ってもらってもいいかな?」
今回は推理クイズ抜きです。
まだ着陸場所が見えませんが、方向はだいぶ決まってきました。
何気に長くなるか、短く切り上げるか……飛行時間と燃料の問題になりそうです。
とりあえず、最後までご乗車をお願いします。