4・脚本家・水彩画殺人事件
主な登場人物
◆此村 彼方(このむら かなた)
◆一色 万千子(いっしき まちこ)
◆雪村 小春(ゆきむら こはる)
◇江田 泰子(えだ たいこ)
「ちょっと残念」
泰子がそう漏らした。
「ごめんね、泰ちゃん」
「ああ、気にしないで。ただの独り言だから」
謝る小春に泰子がひどく慌てながら、冗談でしたという感じで濁した。
昨日の泰子からの1週間デートの申し出があって、今日から小春と2人で台本を書き進める作業になるはずだった。しかし小春側から推理研究会の他2名も含めて進めたいという提案があった。ということなので、結果として昨日と同じく4名で進めていった。最初の残念というのは泰子のある程度の本音という所なのだろう。
いつもの丸型テーブルに既に昨日作成してプリントアウトされた『水彩画殺人事件』の小説版とプロットが置かれている。椅子も泰子が加わったおかげで4名満席だ。
「基本のストーリーはこれでいいと思うの。あとはキャストの調節とかまずはそっちを確定しないと台本を進められないから考えようか」
「うん」
泰子が仕切りながら小春が調節していく形で話しは進められた。
「まず、演劇部は部員が7名。3年生が男女1名ずつの計2名・2年生は女3・男2の計5名なのね。現状だと女性メインの作品になるから、男性も登場させたいのよ」
「男性だと刑事役では1人いるけどそれ以外の登場シーンがないからな……」
「鑑識とかは? ほら、最近の刑事ドラマだと活躍するシーンがあるからいかにも本格ミステリーっぽくてよさそうじゃないかな?」
「うん、いいかも。いかにも殺人事件って感じで」
「ただ、当然劇をやるから常に背景の移動とか美術スタッフ的な人が欲しいんだけどな……」
チラッと泰子が彼方へと視線を向けて戻した。そして急に何かを思い出したように手をパンと叩いて妙案を出した。
「逆転ホームラン! せっかくのコラボなんだから推理研究会も舞台に出ちゃえば?」
何が逆転でホームランなのか一切不明だったが、言葉のキャッチボールの球を突然どこかとてつもない方向へ放りこんだのは間違いない。
「コラボとしては話題作間違いないし、なんてったって……ココハルが出演してくれたら会場は満席確定ね」
値踏みをするかのように上へ下へとじっくりと小春を観察する泰子。あまりの目力に身体に穴が開きそうで小春は怖くなった。
「泰ちゃん、怖い……」
「ああ、ごめんね。でも悪い話ではないと思うんだけど、どうかな?」
小春から万千子、彼方へと視線を写して許しを得ようとする泰子。3人とも彼方に注目した。その彼方が先ほど図書室に着いてからようやく初めて口を開けた。
「会長の言葉とするなら『必要性があれば』だな。話題性だけで演じられるほど楽なものではないだろう? こっちは演劇素人なんだから。で、個人的に言うなら断固拒否したい。そして最終的には2人の意見に任せるよ」
彼方の言葉を聞いて再び主導権を得た泰子が2人に確認した。
「そう。じゃあ、まずココハルは参加という事で、まちちゃんは?」
「え、まだ私参加するなんて言ってないよ?」
小春が割って入った。
「え、ココハル入ってくれないの? そうか……私てっきり自分の作品を演じられる素晴らしさが得られる最初で最後のチャンスだと思ったから参加すると思ったんだけど……。そうだよね、みんなとコラボができて1人だけ浮かれていた私がバカだったんだよね。ごめんね」
「あぅ……別に泰ちゃんが悪いわけじゃないよ。……それにやらないとも言ってないし。ただ初心者だから上手く演技できるか不安だったから……」
「ココハルなら大丈夫よ。このままでいいから。逆に変な設定を入れた方が……それはそれでアリかもしれないけど、とにかくココハルなら今のままやってもらえばいいから。私の目に間違いはないから!」
「そうかな……じゃあ、やってみる」
手をがっちり握られて選挙演説のように力説され泰子の舞台仕込みの演技に丸め込まれた感じであったが、小春はOKを出した。
「じゃあ、まちちゃんはどうする?」
「私は……小春ちゃんが出るなら出てみようかな……? でも、でもね、演技とか本当にそういうの苦手だから舞台裏とかそんなのでかまわないから! 本当に裏方でいいから!」
さらに『本当に』を5回ほど、『裏方で』を2回付け加えた万千子を泰子は優しく制した。
「OK。うん、私がその辺はしっかり考えるから。ありがとう。……で、会長さんは2人の意見を聞いたうえでどうするの?」
そう聞かれたものの回避するコマンドはないみたいだった。彼方はぶっきらぼうに言い放った。
「……下っ端1名追加で」
「りょーかい」
こうして本格的な演劇部と推理研究会のコラボ企画となった。
毎日のように閉門時間ギリギリまで4人は論議した。小春は手を、泰子は口を動かし続け、万千子は何か祈るように手を握り締め、彼方は悠然と足を組んでそれぞれ対照的に参加していた。
台本の案は小春であるが、演劇について当然ながら一番理解している泰子の存在はかなり重要であったため、時に強引で時に頼りがいのある指導のおかげで、その後の台本作成の作業は想像以上の速さで順調に進められていった。
「うん、脚本は概ねこれでいいんじゃないかな。あとは明日実際に演劇部のメンバーと会ってまずは顔合わせだね」
「ねえ、脚本と台本ってどう違うの?」
今まで泰子も含めて台本という言葉を使っていたが、今回初めて脚本という言葉が出てきた。それが引っかかって万千子が聞いた。
「んー、基本的には同じだと考えていいよ。一般に台本というと台詞が入っている部分を連想すると思うけど、脚本にもそういうのはもちろんあるし、あえていうならあらすじを含めて総合的な進行手順が書いてあるって感じかな。ただ、作成者は脚本家になるけどね。そうそう、今回の脚本はココハルになるから」
「え、私?」
「だって、作ったのはココハルでしょ? 私はただ書き方とかのアドバイスをしただけで、メインとなるストーリーは100%ココハルのものだから」
「すごーい、小春ちゃん。脚本家だって!」
「やだ、そんなこと言われても困るよ」
恥ずかしがって指しか見えない長い袖丈で顔を隠す姿・キューティーチャンスを見られたのは3名、そのうち男子は彼方だけだった。
いつものように彼方の後ろに小春が乗っていた。
小春は不思議だった。彼方は自ら発言することは少ない。聞かれれば答えるが聞かれなければ常に聞き役だ。しかしその聞かれた時の答えが一体どれだけ練りこんでいたんだというくらいまとめられたものであることが多い。
推理クイズの答えもしかり。些細なヒントを聞き逃すことなく、問題を文章に語句に文字に噛み砕いて適度な意味を成す塊を作り繋げていく。そんな作業をいつ行っているのだろうか。
ふと水彩画殺人事件を書いていた時に思いついた問題を出してみることにした。
「彼方くん」
「何?」
「問題出すよ」
また唐突だな、そんな事を考える間もなく小春はクイズを出した。
ある学校の美術室で殺人事件が起きました。
被害者は美術部員の生徒で死因は刃物で胸を刺されたことによる失血死。
しかし犯人が逃げた後まだ息があったようでダイイングメッセージを残していました。
真新しい絵の具の入れ物からいくつかの絵の具がとられていたのです。
絵の具は左から『白・朱・赤・茶・黄土・黄・黄緑・緑・藍・青・紫・黒』が入っていた12色入りの入れ物に、被害者がそこからいくつか選んで投げ飛ばしていました。最終的に入れ物に手つかずで残っていたものが『白・朱・茶・黄土・黄緑・黒』の6色でした。
Q.ダイイングメッセージの意図は何か?
「…………」
珍しく彼方が少し考えていた。これはもしかしたら、そう小春が思った束の間、彼方の声が聞こえた。
「もしかして、意図的に難易度を易しくしなかったでしょ」
「え、何が?」
「容疑者を4人くらい出すと俺がすぐに答えると思ってあえて言わなかったでしょ」
「え……どうだろう」
実はそのものずばりだったのだが、苦し紛れに小春は逃げた。
「まあいいや。確信はないけど、この傾向からすると犯人の名前に『虹』があるんじゃないかな。どう?」
「……正解です」
心底つまらなそうに小春が答えた。
「そんなに不貞腐れないでよ。えーと、被害者は――」
「はい。正解だから解説しなくていいです」
本当につまらなそうに言う小春に苦笑した。
「はいはい。わかりました」
「今馬鹿にしたでしょ。どうせつまらない問題ですよ」
「そんな事はないよ。とてもよく考えられていると思うよ。最初の部活の時の問題もそうだし、臨機応変に考えられた問題だと思うよ。それに俺は解いても問題を出すのは苦手だからね。こうしてミステリーの話ができるのは楽しいし」
まさか彼方に褒められるとは思わなかったので、小春は少し照れくさくなった。
そんな嬉しさを素直に顔に出した小春を、万千子は離れた後ろから見ているのだった。
以下、小春のせいで言えなかった解説です。
被害者は残った6色を伝えたかったのではなく、投げ飛ばした6色を伝えたかったのです。きちんと茶や黄緑など間の色を外して選んでいるから必ず意味があるはず。そこで投げ選んだ色をみると赤・黄・緑・藍・青・紫の6色。
彼方がその色に共通するものを考えた時に出てきたのが虹でした。(実際にはあと『橙』が不足していましたが)
絵の具を握るには多すぎるのと見つかった場合のリスクを考えると、投げ飛ばした方が犯人を示しつつもリスク回避ができます。
ついでに、『祝・再開』。