3・呼び名・キミはダレ?
10月31日に問題のヒントとなる部分の致命的なミスを訂正しました。
これ以降に読んでいただく方にはなんら影響はありません。
主な登場人物
◆此村 彼方(このむら かなた)
◆一色 万千子(いっしき まちこ)
◆雪村 小春(ゆきむら こはる)
◇江田 泰子(えだ たいこ)
「どうしたの? 寝てないの?」
小春が教室に入ってきてすぐにクラスメイトに指摘された。その声に呼ばれるように何事だと振り向く万千子と彼方。
うっすらとではあるが、確かに眼の下の隈が確認できた。
「うん? ちょっとね…夜更かししちゃった」
誤魔化すように鞄片手に目を擦る姿にまたもやクラスの男どもの表情がとろけた。
席に着くなり振り返る万千子から質問された。
「ホントだ。台本だよね。そんなに大変だったの?」
「うん。ベースはだいたい出来ていたからプロットは完成したんだけどね。ちょっと気持ちが入りすぎて11時まで起きていちゃった」
「ふーん。って、11時? 普段いつ寝てるの?」
「だいたい10時になったら眠くなるかな」
だだ漏れの会話を周囲は聞いてさぞかし驚いたに違いない。
これだとあの番組を見たことないのではないか、あのネタでは盛り上がれない、振れない、あの芸人も……いや待てよ。知らないからあのネタは使えるのではないか。あの事だって知らないはず。ちょっとは博識な部分が見せられるかも。頭いいんだね~とか。
そこまで考えている男子学生がどこまでいるだろうか。
しばしの間の後、昨日の昼にクラスに響いたような声が再びこだました。
「おはよう、小春っち! 風の噂で聞いたよ。徹夜して書いてくれたって。もうお姉さん、感動の涙でいっぱいよ」
おいおい、何だこいつは。
小春の肩にポンと手を置くのは昨日まぎれもなく彼女を拾う神ありと称えた演劇部所属の江田泰子。それが今日になってこの軽さは何なのだろうか。それに会話の節々に引っかかる言葉がいくつか。
「ちょっと、泰ちゃん。全然感謝している感じゼロよ。それに小春っちって、そのネーミングセンスもないわ」
「えー、こんな普通なら引き受けない頼み事を快諾してくれる人が友達以外の何なの? そもそも同じ部員同士で苗字とか私から言わせればないわよ。私たちタメなのよ?」
そのタメ相手にお姉ちゃん発言をしたのは何処のどいつだか。
そんなツッコミをしようとした万千子もさすがにまだ苗字で呼び合っているのはおかしいと思ってしまった。自分のことを棚に上げては言えない。
ここは素直に、万千子は小春に確認をとった。
「前の学校では何て呼ばれていたの?」
「えーと、前は『小春』だったり『小春ちゃん』だったり。あと同じ学年に小春が2人いたから『ココハル』だったり」
「ここはる?」
「小さい小春で『小・小春』」
「じゃあ『ココハル』に決定ね」
泰子の野次だ。
「ってうちの学年に『小春』なんていなかったでしょ! 小春ちゃんで十分だよ」
「私は泰子だから泰ちゃんでいいよ。よろしくね、ココハル」
「もう、強引なんだから……。私は呼びやすい名前でいいよ」
「うん。じゃあ、泰ちゃんと……マチちゃんと――」
泰子と万千子と……? 他に誰がいるのだろうと2人は小春の目線に注目した。小春は2人の横へとやり、彼方へと向けた。
「彼方くんでいいかな?」
部外者だと思っていたのに。いきなり話しかけられて戸惑う彼方。
「……別に、かまわないよ」
ぶっきらぼうにそれだけを言うと、再びタブレットパソコンに目を落とした。
キーンコーンカーンコーン
「もう時間か。じゃあ、放課後に一緒に確認しようね、ココハル」
「うん。わかった」
早速言ってみたぞ、そんな得意げな顔の泰子。万千子は少し呆れ、彼方は聞き流し、小春は優しく微笑むのであった。
「これがプロット。これでよければあとは文章にするだけかな」
放課後。いつもの図書室。いつもの席。少しだけ違うのはプラス1人。
「すごい。1日でこんなに書いたの?」
「ううん。小説の部分はほとんど出来ていたから簡略化して、あとは色々な考えを提案として書いただけだよ。実際文化祭の様子とかや演劇部の部員とかよく知らないから具体的じゃないんだけど」
プロットに目を通す泰子に説明する小春。
小春は彼方と万千子にも内容を説明した。
「中々面白いと思うよ。推理研究会と演劇部、小説と舞台のコラボ。私は気に入った」
「本当? よかったー」
泰子のOKを貰えてホッとする小春。
「そうと決まれば台本を決めないといけないね。……ねえ、お願いがあるんだけど」
泰子が改まって3人に向き合った。代表して答えたのが万千子。
「何よ、急に改まって」
「推理研究会のみんなもそうだし、特にココハルになんだけど、1週間私と付き合って!」
当然、付き合うと言っても百合な関係というわけではない。台本を書きあげるために可能な限り時間が欲しいという事だ。
「……俺の言葉よりは、直接雪村さんの答えを聞いた方が早いと思うよ……と言っても、答えは決まっていそうだけど」
彼方が言い終わると他の2人は小春を見た。ワクワクを隠しきれない顔だった。
「うん。一生懸命頑張ろうね!」
「あ~、ココハルは私の何なの? 友達以上の家族? 神様? 天使? あ~、もう素敵すぎる」
「んやー、やめてよー」
頭を胸元に抱えて髪をわしゃわしゃする泰子にされる小春が嫌がりながらも笑顔なのはこれからの楽しさが勝ったか。
それからは2人を中心に煮詰める作業となった。
そんな2人を彼方と万千子は隣で見守るのだった。
日が暮れ始めていた。
「また明日ね!」
途中で泰子と別れ、彼方と万千子は帰路についていた。彼方は小春を後ろに乗せて。
図書室の閉室ギリギリまで4人はいて、とりあえず今日は帰ることにした。小春だけが電車だったが、昇降口でさようならはしづらい。家が彼方たち方面なので後ろに乗せて帰る事5分、途中で泰子と別れた。
3人だけとなって、小春が前の彼方にだけ聞こえるような声で話しかけてきた。
「彼方くん」
「ん?」
「問題出すよ」
今ここで? そんな返事をしようという間に小春は問題を話し始めた。返事は関係なかったらしい。
鈴木勇気くんと佐藤愛さんのクラスにある日、転入生が来ました。
その男の子は言いました。
「僕には友達と呼べる人がいません。ここで頑張って探したいと思います」
そんなネガティブな言葉に誰もが憐れむような目で見る中、席が前後になった鈴木くんと佐藤さんは自己紹介をしました。
その男の子は少しだけホッとしました。
「よろしく。……よかった。ここでは友達作れそうだ」
Q.男の子の正体は?
「どうかな?」
「……これって、一種のなぞなぞだったりする?」
言い終わったとほぼ同時に彼方は解けたようだ。
「あーあ、また解かれちゃった。すごいね、彼方くんは」
「そう……かな。自分ではすごさがわからないけど。基準となるものがないからさ」
「すごいと思うよ、私は。……マチちゃん、問題出すよ!」
小春は少し離れたところにいる万千子を呼んで、同じ問題を出した。そしてやはり万千子は答えられなかった。
「万千子は基準にならないんじゃないか?」
「んー、でもマチちゃんは常に彼方くんと一緒にいるから、普通じゃないと思うんだよね」
「そうかな。特にミステリーとか読んでもないし、特別推理脳ってわけでもない気がするけど」
「んー、推理脳とかではなくて……違った意味で」
「違った意味って?」
「わからない? あ、これを問題に出そうかな」
「え、これってれっきとした推理クイズなの?」
「……じゃないか。ううん、ごめん。やっぱり忘れて」
「とても気になるけど、そう言うなら」
「ありがとう。あ、もうすぐ見えてくるよ」
「俺の家もそろそろだけど……」
小春は引っ越してきたばかりだからまだ土地勘はないが、近所のスーパーやコンビニなどから結構彼方たちの家に近いことがわかった。
小春の指示する通りに曲がっていくとお目当ての建物が見えてきた。
「ほら、あのアパート。あれがウチ」
「え、本当に? 2つ隣が俺の家だよ」
「うそ!」
見事なまでの近さだった。2階建て2棟の白壁のアパート。そこから見える距離にクラスメイト、しかも同じ部活動で今自転車をこいでいる本人が住む家があるとは。
「私もあの角を曲がった所なんだよ」
「え、そうなの?」
さらに万千子の家も彼方の家から徒歩1分の距離。半径50mの円に3人ものクラスメイト、しかも同じ部活動の3人が住む家があるとは。
「ありがとうね」
自転車から降りて礼を言う小春。
「じゃあ、また」
「そういえばさっきの問題の答えを聞いてないけど」
確かに今回は彼方による解答発表を行ってなかった。
「そうだったね。……明日の夕方に4チャンを見ればわかるよ! じゃあ、また明日ね!」
それだけ言うと小春はいたずらっ子のように笑いながら階段を駆け上って家に入ってしまった。呆然とする万千子。
「ねえ、彼方。答えは何なの?」
「……明日の夕方に4チャンを見ればわかるよ」
万千子の問いに自転車を押しながらそのまま答えるのだった。
「ちょっと待ってよ。何それ。ねえ、彼方!」
万千子の声だけがその場に響く木曜の夜。
静かな住宅街の空に消えていくのだった。
遅ればせながら、という言葉を使いたくないのですが確かに事実なので。
遅ればせながら3話目です。
思いのほか話が進まなかったり、家というプライベートも出せたり何が何だか。
ケセラセラ。なるようになれ。そんな精神で書いております。
……というのは今思いつきながら書いております。
あ、問題の答えはわからなければ聞いてください。皆さんならわかると信じて。って、ただのなぞなぞのくせして偉そうですが。